ニューヨーク駐在記録「一筋の光」
私と夫はこの問題について担任の先生に相談することにした。まず、夫から夫婦名義で先生にメールを送ってもらった。なぜかというと、夫婦連名にしたことにより家族一丸となってこの問題に取り組んでいるのが伝わるし、メールにしたのは証拠を残したかったからだ。
先生からはすぐに返事がきた。遠足ではクラスで大きな輪になって食事をし、決して一人にしていないこと。クラスメイトが息子と話すときは、ゆっくりはっきり話すようにさせること。クラスでペアを作るときは息子に相手を選ばせるようにすること。息子が楽しく過ごせるように努力をし、状況が改善しなければ遠慮なく言ってほしいことなどが書かれてあった。
息子は「学校に行きたくない」と泣いた翌日からも、淡々と学校に通っていのだが、早速先生は行動に移してくれた。先生は息子がクラスメイトの名前を憶えていないのではないかと思ったらしく、ランチの時間に息子に「クラスメイトの名前わかる?」と聞いたらしいのだ。すると、息子はその場で全員の名前を答えたそうだ。これには私も驚いた。他の国の子の名前に馴染みがないから、自分ですら覚えるのは大変なのに、英語のわからない息子が全員の名前を記憶していたのだから。
また、直後の個人面談では、先生はプレイデートを薦めてくれた。プレイデートとは要するに友達と遊ぶことなのだが、子供は遊びの中で言葉を覚えていくらしく、英語の上達への近道のようだった。息子はプレイデートを一度もしたことがなかった。私は息子に「誰か、学校が終わったあとに遊んでみたい子はいる?」と聞いてみた。すると息子は小さな声で「ジェイク」と答えた。ジェイクは息子とロッカーを共有している子だった。私は母親の顔は知っていた。家の方向が同じのようで、朝、息子を学校に連れて行くときに、一緒になることがあったから。でも、挨拶程度でほとんど会話をしたことはなかった。
私は事前にネットでプレイデートの誘い方を調べ、ジェイクに迎えに来ていたジェイクママにドキドキしながら話しかけた。彼女は欧米人のわりには小柄で、私と同じぐらいの背丈だった。カジュアルな服装をしているが、品がある。しかし、決して話しかけにくい雰囲気はなく、気さくな感じだった。彼女は私の話を聞くと、その場で快諾してくれた。そして、詳細はメールでやり取りすることになった。私は帰宅後、またしてもネットで入念に調べて、日時などを決めるためのメールを送った。とにかく失礼に当たらないように、変な英語を書いて嫌悪感を持たれないように、細心の注意を払った。
プレイデートは翌週、公園で遊ぶことになった。しかし、プレイデート前日になって「翌日は天気が悪そうだから、(ジェイクの)家で遊ぶのはどうか?」と打診があった。自分としてはよその家に行くより、公園のほうが気楽だったけど、先方がそういうので、それに従うこととなった。
当日、私たちはジェイクたちと一緒に家へ向かった。その時に、私は「どれくらいNYに住んでいるの?」と聞いてみた。すると、彼女は「子供の時からずっとアッパーイーストに住んでいる」と教えてくれた。アッパーイーストはNYCの中でも屈指の高級住宅街だ。そういえば、時々ジェイクの祖母らしき人が彼女の代わりに迎えに来ているのを見たことがあった。ずっとアッパーイーストに住んでいるのか…。もしや、リアルゴシップガール?そんなことを考えていると、ジェイクのアパートに着いた。アパートは我が家から徒歩5分もかからない場所にあった。高級ホテルのようなロビーに、明るい壁紙の内廊下。うちのアパートとは大違いだ。
我々は部屋の入り口で靴を脱ぐと、手を洗うため、すぐに洗面所へ向かった。
アメリカの家はシャワールームとトイレが一緒になっているのだが、通された洗面所のシャワールームにバスタブはなく、物置状態になっていて使われていないようだった。要するに、バスタブ付きにシャワールームが別にあることを表していた。洗面所はきれいに掃除され、イニシャル付きの真っ白なタオルが用意されていた。もう清潔感しかない。
リビングには5、6人は座れそうな大きなソファー、チェストには結婚式のモノクロ写真、壁には立派な絵画が飾られていた。
ジェイクの部屋はリビングの隣にあった。部屋にはベッドと棚、クローゼットが置いてあった。ベッドのシーツや枕はすべて柄がそろっていて、棚には写真や完成されたレゴが置かれ、おもちゃはクローゼットの中にきっちり収納されていた。とても子供部屋とは思えないくらい整理整頓されていた。
ジェイクの家はどこもかしこも、まるで生活感がなかった。すべてのインテリアが統一され、センスは日本のモデルルーム以上だ。あまりに立派すぎて、私はちっとも落ち着かなった。
しかし、そんな私をよそに、息子は楽しそうにジェイクと遊んでいた。会話らしい会話はしてなかったけど、ジェイクママが気を使ってあれこれ新しいおもちゃを出してくれた。娘にもジェイクが小さいときに使っていたおもちゃを出してくれた。
プレイデートは最初から2時間と決めていて、あらかじめそれはジェイクママにも伝えてあった。いつまでもダラダラと家にいては相手も困るだろうと思ったからだ。
でも、息子は時間になってもなかなか帰ろうとしなかった。結局、予定を30分オーバーして、なんとかジェイクからひっぺがして帰路についた。
息子は大変満足そうだった。
そして、このプレイデートをきっかけに、息子に笑顔が戻ってきた。