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「4年3組 目指せ、優勝!」

「3年3組 忘れ物はつらいよ」の続編です。

まだ暑さが残る、10月のことです。若葉台小学校では、毎年恒例のクラス対抗リレー大会が開かれることになりました。
「田口君、リレーの練習は体育係のあなたに任せましたよ」
担任の今野先生ことコンばぁにそう言われて、田口瞬は胸を張って答えました。
「先生、うちのクラスは今年も優勝ですよ!」
 
昨年、3組はぶっちぎりの優勝でした。なぜなら、クラスに学年一足の速い新井勇太がいるからです。
(勇太さえいれば、今年も優勝は間違いなし!)
瞬はそんなことを考えていたのでした。

ところが、次の日。
「勇太!どうしたんだよ、その足!」
珍しく学校に遅刻してきた勇太の右足首に包帯が巻かれていたのです。
「昨日、サッカーでねん挫しちゃってさぁ」
「リレー大会まであと2週間だぞ。それまでに治るのか?」
「お医者さんは2週間ぐらいで治るって言ってたけどな」
「ぎりぎりじゃないか…」
(もし勇太が出られなかったら、優勝どころか、ビリだってありうるぞ。だってうちのクラスには…)
瞬はちらっと教室の隅に目をやりました。そこには窓際に飾ってある花に水をあげている中村ゆきの姿がありました。
ゆきは体育が大の苦手でした。走るのはクラスで一番遅いし、逆上がりもできないし、とび箱も全く飛べません。
瞬はしばらく考え込んだ後、ゆきに声をかけました。
「中村さん、今日の中休みに校庭に来てくれる?」
「え?どうして?」
ゆきはキョトンとしています。
「ほら、もうすぐリレー大会だろ?それで、走る練習をしようと思うんだ」
「う…ん。わかった」
ゆきは少し嫌そうな顔をしていましたが、瞬は気づかないふりをしました。

中休み、少し緊張した顔つきでゆきが校庭に現れました。
「瞬君、他の子は?なんで私だけ練習するの?」
ゆきはまわりを見渡しました。
「中村さんは走るのが苦手かなと思ってさ。だから毎日二人で練習しようと」
「えええ、毎日練習⁉」
ゆきは悲鳴に近い声をあげました。
「勇太がリレー大会にでられるかわからない今、中村さんにもっと速くなってもらいたいんだよ。うちのクラスの優勝は中村さんにかかってるんだ」
「そんなこと言われても、私困る…」
「大丈夫、ぼくが教えるから。ぼくはクラスで勇太の次に足が速いし、真似すれば中村さんも速く走れるようになると思うんだ」
「そうかなぁ…」
「とりあえず、ちょっと走ってみてよ。走り方をチェックするから」
「わかった」
ゆきは瞬の前で、全力で走って見せました。
「瞬君、どお?」
走り終わったゆきは肩を上下に動かし、ゼーハーと苦しそうに息をしています。瞬はその様子を見て不安を募らせました。
(今のが全力の走り?思っていたよりずっと遅い。どうしたらこんなに遅く走れるんだろう)
でもそれを言ったら、ゆきのやる気がなくなってしまいます。瞬は慎重に言葉を選びながら言いました。
「うーん。走るときはまっすぐ前を見たほうがいいな。あと、もっとこう腕を振って。もっと足を上げて」
「そんなに一度に言われてもわからないよ」
「あ、ごめん。まずは腕を振る練習をしよう」
この日から二人の特訓が始まりました。
ゆきは、瞬に言われたとおり毎日中休みに校庭にやって来ました。
「もっと、足を上げて!違う、違う。そうじゃない。こうだよ」
ゆきは瞬の期待にこたえようと何度も何度も走りました。
「もっとちゃんと前を見て!そう、まっすぐ!」
「もっと腕を振らなきゃ。昨日教えただろ」
瞬の指導にも熱が入ります。 
でも、いくら練習を重ねても、ゆきは一向に速く走れるようになりません。瞬の言葉は日に日に強くなっていきました。

そんなある日のことです。
「何度言えばわかるんだよ。もっとちゃんとやって!」
ゆきが速く走れないことに焦りを感じた瞬は、いつも以上に大きな声で怒鳴ってしまったのです。
しかし、ゆきはもう限界でした。
「ちゃんとやってるよ。前だって見てるし、腕だって振ってる。足だってあげてる!そんなすぐに瞬君みたいに速く走れないよ!」
ゆきはしゃがみこんで、泣き出してしまいました。瞬はだまって、それを見ているしかありませんでした。

次の日、ゆきは練習に来ませんでした。
「瞬君、今日は練習しないの?」
瞬がぼーっと校庭の花壇の前に座っていると、保健室の早乙女先生がやってきました。早乙女先生は若い女の先生で、誰にも優しく、みんなの人気者です。もちろん、瞬も早乙女先生のことが大好きでした。
「先生、知ってたんですか?ぼくたちが練習してたの」
瞬は目を丸くしました。
「保健室からいつも見てたわよ。二人が練習してるのを」        先生は瞬の横にゆっくり腰掛けました。
「ぼく、中村さんに速く走れるようになってもらいたかったんです。でも、言いすぎちゃったみたい」
瞬はうつむきました。そんな瞬に先生はやさしく話しかけました。
「ねぇ、瞬君。リレーって、足の速い子も、そうでない子もみんなでバトンをつないで走るから楽しいんじゃないかしら」
「みんなでバトンをつなぐ?」
その時、中休みの終了をつげるチャイムが鳴りました。
「さぁ、教室に戻りましょう」
そういって先生は保健室に帰っていきました。
先生の言葉が瞬の頭の中で呪文のようにぐるぐるぐるぐる回ります。
(バトンをつなぐ。足の速い子もそうでない子も。バトン、バトン、バトン…)

次の日の朝の会。瞬はクラス全員に向けて言いました。
「今日からみんなでバトンをつなぐ練習をしたいと思います。来られる人は中休みに校庭に集まってください」
瞬はゆきのほうを見ました。ゆきは少し驚いた顔をしています。
「うん!みんなで練習しようよ」
学級委員の西山光助が立ち上がりました。
「まだ治ってねぇけど、おれも行くぜ!」
勇太が言いました。
「みんな、やろうよ」
「優勝目指して、がんばろう!」
教室が盛り上がってきました。
「先生も行きますよ~!みんなで練習しましょう!」
コンばぁがガッツポーズを決めました。

この日から3組の練習が始まりました。早くバトンをつなげるように、みんなは何度も何度も練習をしました。もちろん、ゆきも一緒です。
 
そして、リレー大会当日。
勇太のねん挫も治り、クラス全員が校庭にそろいました。
瞬は一人で黙々と準備体操をしているゆきを見つけて言いました。
「中村さん、ごめん。ぼく、まちがってた。中村さんが速く走れれば優勝に近づけると思ってたんだ。でも違うんだ。リレーはみんなで走るんだから、みんなで練習しなきゃいけなかったんだ」
すると、ゆきは腕まくりをしながら言いました。
「私、頑張るね。だって、あんなに練習したんだもん!」
「うん!前見て、腕振って、足をあげるんだよ」
「もう、わかってるってば。耳にタコができるぐらい聞いたもん」 
ゆきが大笑いしました。瞬はそんなゆきの姿を見て頼もしく思うのでした。
「よーし、4年3組、優勝目指して頑張るぞ!」
「おぉ!」
青空の下、瞬たちの元気な声が響き渡りました。(おしまい)

☆3組シリーズ 「3年3組 忘れ物はつらいよ」


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石森のぶ
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