異世界二回転第二話 投げキャラVSオーガ、そして投げ間合い

 ロザリオマスク、そしてオーガ。両者の間には、人一人分以上の距離が未だある。たとえ長身のレスラーと言えども、手を伸ばして投げ技が届くような距離ではないのだ。
 ところがその間合いを無視してロザリオマスクが、オーガをつかんでしまう!!

 繰り返すが、物理的には手を伸ばして投げ技が届くような距離では、決してないのだが!
 走って距離を縮めたのでも、もう一度ジャンプして近づいたのでもない。ロザリオマスクとオーガはともに地上にいたにも関わらず、ドロップキックから流れるような動きで、気づけばオーガは覆面レスラーにつかまれていた。
 それを横で見ていたシスターには、まるでオーガがロザリオマスクの投げの間合いに、一瞬で吸い込まれたように見えたという。

「お前は大きく、強く、小賢しかったが、俺よりも投げ間合いが狭かった。それが敗因だ、オーガ! 俺より大きいファイターを投げるのは、久方ぶりだぞ……!!」

 さあ、異世界転移してからこれを見るのは、三度目! スクリュー・プリースト・ドライバーの開始だ。
 自分よりも大きなオーガの両腕に、左右の手をかけたロザリオマスク。今回は相手の腕をつかむのではなく、肘を極めるような格好となった。
 つかんだらもうこの男の握力は、投げ終わるまで対象を離さない。オーガの豪腕を無理やりに横に伸ばし、特注サイズの十字を巨漢ダブルスで作り上げる。
 大男二人分の重量を無視するかのようなスピン、重力をあざ笑うかのような上昇。太陽に近づく姿はまるで、そのまま天にも昇るようではあったのだが――。
 当然落下するのである! 身動きを封じられたオーガが下でロザリオマスクが上になって、地面にビターン! オーガの牙ボキィー!
 焼かれた野にはひしゃげたオーガとともに、十字の形の落下跡(大)が残った。
 まるでレバー一回転+Pプリースト

「スクリュー一発で勝負が決まったな。自重でダメージが倍加したか……。オーガよ、お前も受け身を覚えればもっといい試合が出来るようになるだろう!」
「すさまじい絶技チートスキルでしたロザリオマスク! 飛び道具を、無敵時間……? とかですり抜けて、手も届かぬ相手を強引に投げて……」
「異世界の君には、俺の力がチートに見えるかね? いいや、これは仕様だ! 俺は俺に与えられた、投げキャラの力で勝つ。嫌われようがお構いなし! 異世界のモンスターも恐るるに足らずと言ったところかな。はははははははは!!」

 知らぬ世界に呼び出されたかと思えば、未知のモンスターと連戦し、しかし疲労も迷いも一切見せることなく。
 男は勝利し、野太い声で笑った。
 マスクで素顔は見えないが、それでもシスターに安心感を与えるには、充分だった。
 思わず彼女も、笑みがこぼれてしまう。

「なあ、シスター。我々は互いにわからないことだらけだ。まずは腰を落ち着けて話をしよう! そう思わないか?」
「まったく同感です! 今のところわたしは、あなたがとても頼りになる人だということしかわかっていません……」
「それだけわかっていれば充分とも言えるがな。だが俺としても知りたいことはいくつかある。中でも、真っ先に知りたいことと言えばだ」

 神妙な面持ちでシスターを見やったあと、再び口元に笑みを戻して、ロザリオマスクは問いかける。

「シスター、君は名前はなんと言う?」
「ああ、そういえば……名乗る暇もありませんでした。申し遅れましたロザリオマスク。わたしの名はコイン」
「コイン?」
「フルネームはワン・C・コインですが、皆さんわたしのことはラストネームで、コインと呼びます。これはわたしの一族が、聖貨教せいかきょうという教えを受け継いでいるからで――」

 コインと名乗る娘は、炭と瓦礫と化した祠の残骸から、一枚の銀貨を取り出す。

聖貨教せいかきょうの聖遺物、『聖貨コイン』です。火竜に燃やされてしまったかと思いましたが、祈りが通じてくれたようですね。この銀貨からあなたが呼び出されたのです、ロザリオマスク」
「ははは……! はははははは!! そうか、そうなのか! はははは!」
「どうされましたロザリオマスク? 何かおかしいことでも……?」
「ははははははは! これはな、シスター・コイン。出来すぎた偶然に笑いが止まらんのだよ。そうか、俺はコインでこの世界に呼ばれたのだな? くっくっく……はっはっはっは……!」

 ロザリオマスクは、超犯罪都市アシッドシティの懺悔室での、最後の風景を思い返していた。
 だくだくと血の流れる胸を押さえ、車椅子の修道女に祈りを捧げられる、ロザリオマスク。
 暴力組織バッドビルとの長き戦いは、終わった。選ばれし戦士プレイアブルキャラクターとして世界各地を回ったこともある。ライバルたちと異種格闘のしのぎを削ったこともある。
 しかしその戦いも、全て終わりを告げるのだ。致命傷を受けた覆面神父の死によって。
 唯一の心残りは、片脚の修道女である。ロザリオマスク亡き後は、彼女が一人でこの教会を、孤児院を、支えていかなければならないのだ。
 疲れた戦士にようやく訪れる休息のはずだった。そんな折、ロザリオマスクの口から出た言葉は、ただ、一言。

「コンティ……ニュー……」

 その直後だった。ロザリオマスクが銀の聖貨コインで異世界に呼び出され、傷もふさがり体力ゲージマックスにて、復活したのは!
 偶然なのか、必然なのか、神の意志か、悪ふざけか。真理はわからぬままである。とは言え彼は召喚早々、ゴブリンとオーガに勝利した。まずは勝利を噛み締めて、笑っていたロザリオマスクだったが――。
 ふとひとつの可能性に行き当たり、見知らぬ異世界のシスターに向けて、彼は疑問を発する。

「待てよ……? コインによって蘇り、致命傷が塞がった、だと……? シスター・コイン、まさかこの召喚は、人の傷を癒やすのか?」
「え、ええ。わたしも詳しくは知りませんが、おそらくは……。生死の境をさまよう方が召喚され、こちらの世界でゲンダイチシキなどで無双するケースは、言い伝えにも聞きます」
「であれば、シスター! ぜひともこの世界に呼んで欲しい人物がいるのだ!! 俺の胸の穴が跡形もなくふさがったんだ、彼女の脚も元に戻るんじゃないのか!? 再び両脚で、地を駆けることが……!」

 つかみかからんばかりの勢いでロザリオマスクがシスター・コインに懇願するが、残念そうに彼女は、首を横に振ることしか出来ない。

「すみません、それは不可能です……! 聖遺物が呼び出せる戦士は、一人だけなのです。聖貨教の銀のコインはあなたを選び、この世界に呼びました。新たに誰かをこの世界に召喚することは出来ないのです……!」
「そ、そうなのか……。それは……残念だ……」
「で、ですが」

 付け加えるようにしてシスター・コインは、こんなことを言う。

「聖貨教の『聖貨コイン』は、第七の遺物です。この世界にある他の六つの遺物のいずれかであれば、別の戦士を召喚することが可能なのかもしれません。聖杯、聖槍、聖釘、聖骸布などがあると聞いたことがありますけど……」
「うむ……よし! 俺がこの世界に呼ばれた理由が、わかった気がするぞ。求めるべきは聖遺物なのだな? 癒せぬ傷を癒やすために神が俺に与えたもうた異世界での試練ニューゲームと言ったとこぐうぬはっ!?」

 話の腰を折ったのは、ロザリオマスクの腰に食らいついた歯だった。
 振り向くとそこには、半透明の人影が浮いており、ぼやけた輪郭で緩やかに噛みつきを繰り返す。

「ええい、オーガの時と全く同じ展開で話の腰を折られるとは……! これはアレか? ずっとこの調子で次々モンスターに襲われるのか? ボスラッシュ的なアレか!」
「これは、ゴースト……! 祠が崩された影響で湧いて出たのかもしれません。まずは一旦この場を離れ、態勢を整えましょう!」
「いいや、シスター・コイン。これはある意味チャンスとも言えるぞ。俺にはこの異世界で試したい技がまだまだある! こういう敵はトレモにうってつけなんじゃあないか?」
「えっ、でも……ゴーストですよ? つかめますか……?」
「つかめない気はするが、だとしてそういうキャラ差を覆すのも、投げキャラの真骨頂というものよ」

 一方その頃、シスター・コインが旅立った村には!! 女騎士率いる三人組が、姿を表していた!!
 ――突然の場面転換に戸惑う読者もいるだろう。あらかじめお伝えしよう、これはいわゆる伏線であり、ふたつのシーンの同時進行である。
 異世界に投げキャラが召喚されたことによって、物語の歯車は既にグルグルと回り始めているのだ。

 この村には聖貨教せいかきょうの小さな神殿がある。円を基調としたタペストリーや鏡、聖水に浸された貨幣などが並べられているその神殿には、シスター・コインの祖父もいた。
 神殿に赴いた、見目麗しきピンク髪の女騎士。その傍らには、全身鎧を着込んだ護衛と、有能そうな細身の中年執事が従っている。なんともファンタジックな三者である。
 異世界から来たはずのロザリオマスクも相当ファンタジックな容貌なのは、一旦置いておく。選ばれし戦士プレイアブルキャラクターはだいたいあんななのだ!
 さて、焼野で戦うロザリオマスクやシスター・コインも気になるが、この女騎士たちは果たして何者なのだろう?

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