ターンアンデッドしか使えない 第二話

「え、今なんて言った?」
「私、アンデッドなんです」
「いやいやいやいや? アンデッドを使役するんだろうなー、とは思ってたよ?」
「そうなんです、アンデッドを従えてて」
「だよね!? アンデッド使いってことだよね? 屍人使いネクロマンサーなんだよねグレンダンはね?」
「はい……。聖職者のハロくんは、私と仲良くするのはよくないかもですが……」
「あ、でも! 屍人使いネクロマンサーってだけなら別に僕は気にしないかな? アンデッドだって言われたときはびっくりしたけど! いやー、ははははは! 聞き違いで良かったー!」
「いいえ? アンデッドはアンデッドですよ? 私はアンデッドで、その上、屍人使いネクロマンサーなんです」
「……???」

 聖職者と屍人使いネクロマンサーが一緒にいると、ちょっとまずい。そこは僕も理解してた。
 てことはアンデッドと一緒にいると、それはどうなんだ……?? もっとまずいのか……?
 ていうかこんなドスケベ美女アンデッドがいるんだこの世界には!? 死体っぽさは全然ないし、体が透けたりもしてないけど??
 気持ちの整理ができてない僕に、もうひとつ衝撃が舞い込んできた。
 「T・アッパーカットッ!」の叫びと同時に宿の扉がぶち破られ、ゾンビが数体ぐちゃぐちゃになって部屋に叩き込まれたのだった。

「えええええ!? 何この怖いの!?」
「中にいる客は無事か? おや、君は転生者ハロ?」
「その声とその巨体! T・モンク師匠!」

 眼帯の修道士が、巨体をかがませながらヌッと部屋に入ってくる。
 このゾンビは師匠がアパカで倒したやつか……。

「気をつけろ、ハロ。この街は『伏死殿』から送られたアンデッドに取り囲まれつつある」
「いつの間にそんなことに!?」
「つい先程からだ。我が調査によれば『伏死殿』はアンデッドの首魁を求めている。かの迷宮はコアとなる部分に不死の女王を戴くことによって魔力の均衡を保っていたのだが、その首魁が消えたことで『伏死殿』より山のようにアンデッドが解き放たれている!」
「あ、そのコアって私です……」

 申し訳無さそうに手を挙げるグレンダン。

「やはりか。ここに首魁の存在を感知していた!」
「はい、すみません! 私を祓ってくださいお坊さん! お願いします!」
「え? えぇ? あ、あのT・モンク待ってください。グレンダンはその」
「今は緊急事態だ話は後で聞こう。T・ジェノサイドッッ!!」

 全身に巨大な数珠を巻き付けた師匠が、トラの咆哮とともにグレンダンに激突する。ガオーン!
 まばゆい光の中、師匠と僕とベッドと椅子とテーブルなんかがまとめて吹っ飛び、グレンダンだけが無傷で立っていた。

「全く歯が立たない……我が修行不足を嘆くのみ!」
「えええ? T先生でも傷ひとつ付けられないんですか?」
「『伏死殿』のアンデッドの首魁ともなると、一筋縄ではいかないものだな。自らが成仏を望んでいるわけでもない限りは……」
「あ、私! 成仏を望んでます!」
「ええ!? グレンダン成仏したいの?」

 降って湧いたドスケベ宿泊環境の元になったおねえさんが、実はアンデッドだった上に、Tさんが殴り込んでくるわ当人は成仏を望んでるわで、僕は驚き役がピークになっていた。

「私……ハロくんに祓ってもらえるんだったら……。すごく成仏したい……です……」

 神妙なグレンダンの声に、ひときわ静かに「えっ」と僕は口にした。
 無言で見つめ合ってしまう。

「……成る程。これこそが転生者ハロの役割なのかもしれんな。我は外のアンデッドを祓ってこよう。それまでに……出来るか?」
「で、でも師匠。僕……」

 初ダンジョンアタックも逃げ帰ってきてるし、僕のターンアンデッドは一度も成功していない。修行中にもうまくはいかなかった。

「や、やってみます」

 隣でグレンダンが「うん」と微笑んでいる。T師匠は「五分後に戻る」と告げ、街にはびこるアンデッドの討伐に向かった。

「いろいろ急に、ごめんねハロくん」
「あの……マジでアンデッドなんだよね? それで、あいつらのボスってこと?」
「うん。そのお話からさせて。私のことを知ってもらいたいから。それで心置きなく、ハロくんに成仏させてほしいから」

 グレンダンは身の上を語ってくれた。
 ――彼女はかつては聖騎士団を率いる騎士団長だった。悪しき魔道士の砦に攻め込み、これを撃退しようとしたのが数百年前のこと。しかし魔道士の屍人使いネクロマンサーの術に囚われ、聖騎士団は丸々アンデッドの一団に変えられてしまった。まさしくミイラ取りがミイラにされ、悪の砦を守るアンデッドモンスターとなり……それが今の『伏死殿』となった。
 グレンダンの仲間だった聖騎士団員たちは、身が腐り骨が朽ちゆくのも構わず、騎士団長のグレンダンに魔力を分け与え続けた。その結果がこの、魔力に満ちて人間と見分けがつかないほどの美貌の姿だ。
 力をグレンダンに集中していたのは、彼女を美しく保つのだけが理由じゃない。『伏死殿』の呪縛からなんとか逃げ延びてほしい。その一心でグレンダンにはアンデッドたちの魔力と希望が注がれ、おかげで魔道士の命令から逃れて、ようやくこの街にまでやってくることが出来た。

 『伏死殿』で入手した呪具を売りさばき、最強の聖職者に自らを祓ってもらうための費用とするはずだった。しかし『伏死殿』の品は呪いが強すぎた。そのまま売っては呪いが人を襲ってしまう。
 グレンダンの手で呪いを中和する必要があったが、人目を隠れてそれをこなす場所もない。どこかの宿や家へ潜もうとすると、今はなき魔道士の遺志がそれを阻む。

「数百年前の悪しき呪縛は、私を強くつなぎとめようとしてきました……。『ダンジョンこそがお前の棲み家だ』と。『帰るべき場所は暗い墓場だ』と。でも私は、抵抗しました。私が帰ることのできる場所は、きっと他にもあるはずだって……信じたかった」
「それが、この宿?」
「そうです。あなたが私の居場所を認めてくれたから。私が帰る場所は、ここなんです」

 更にグレンダンは語る。

「ターンアンデッドをかけられたアンデッドは、術者の眼の前を去ることもあるし、自分の持ち場へと帰っていくこともあります。どこかへと帰還ターンしていく。でも……私はもう、ダンジョンには帰りたくない……! 私はここで、ハロくんの力で……。こんな不死の身体など捨てて、土に還りたいんです」

 終わり際の声は、寂しそうでもあった。

「でも、それって……。祓ったらグレンダンが、もう……?」
「『伏死殿』のアンデッドのコアになっていた私が、ここに彼らを引き寄せています。私が成仏して土に還ることで、聖騎士団の仲間たちも、みんな成仏できるんです……」
「だ、だけど、僕、そんな大役」
「ハロくんなら出来ますよ! ……ううん。もう私、ハロくんじゃないと嫌です」

 またしばらく、見つめ合ってしまった。考え込んでしまった。
 ほんの短い時間しか一緒にいなかったし、ろくに能力のない僕にもターンアンデッドは出来るはずだし、そろそろ五分が経つはずだし。
 迷っている間も、グレンダンは僕の言葉を待ってくれていた。僕のすることを、微笑みながら静かに、待ってくれていた。

 僕は――両手を重ねて、祈りを捧げはじめた。
 小さくてかすれた声の詠唱。ひとりでは怖くて祈りの手を重ねることも出来なかったから、グレンダンと手をつないで、二人で重ねた手で、祈った。

「ありがとう、ハロくん。あなたで良かったって、心から思ってます」
「…………」
「だから、泣かないで」
「……うん」
「手は、最後まで握っているから。私が還るまで、一緒にいてね」

 涙が止まらなくなっていた。
 こんな急に現れて、僕に思い出をくれるだけくれて、気持ちを振り回した末に消えていこうなんて。
 この世界の魔法使いっていうのは、なんていやらしいんだろう。悪魔みたいに、素敵だった。
 ずっと僕はカッコ悪かったから、最後ぐらい。ちゃんと初仕事の成功を、彼女に見せたかった。

「ターンアンデッド……!!」

 眼の前で消えゆく人に思いを馳せながら。
 僕はようやく心の底から、ターンアンデッドを唱えることが出来た。
 するとグレンダンはくるくるとその場で回った。

「あれ? あれれれれ? なんか、くるくるーって」
「へっ?」

 僕が手を握っていたので、ダンスをエスコートしているみたいになっていた。グレンダンはくるくるくるくる回っている。

「あれ、これもしかして? 私、頑丈すぎてターンアンデッド効かないとかですかね?」
「いやいやいやいやいやいや」
「これ恥ずかしいですよハロくん! 私これ、成仏する流れですよ! もっとターンアンデッドかけて!」
「えっ……もっとかけていいもんなの? 僕、初めてでよくわからなくて」
「かけてえっ! もっとかけてえっ!」

 めちゃくちゃドスケベな声を上げるグレンダン。興奮して僕もかけまくった。ターンアンデッドをだよ?
 そしたらもっともっとくるくる回るグレンダン。いやこれはグルグル回ってる。いいやギュルンギュルン回ってる。とんでもねえ回り方で足元に煙が湧き始めてる。
 あれだ、全体がドリルみたいになってる。グレンダンが強いアンデッド過ぎて体が頑丈なのでもう、いっくらでも回るしドスケベ美脚ドリルで床をぶち破って、一階にまっすぐ落ちていった。ズドーン!
 一階はゾンビ映画のもう終わりのとこみたいな、一大ハザード状態になってたことにその時気づいたんだけど、気づいた次の瞬間にはグレンダンドリルが制御不能のコマみたいに回りながら、アンデッドを全部突き飛ばしてミンチにしていた。

「はああああああああああああ!??」

 意味不明で驚いて叫んでたのは、僕とグレンダン、両方。
 いや宿屋のおばあさんもT・モンク師匠もいた。みんな驚いてた。わけわかんなくて。

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