異世界二回転第一話 投げキャラVSゴブリン、そして無敵時間

 あらかじめお伝えしよう。
 ファンタジー世界のモンスターを、格闘ゲームのキャラクターがどのように倒すのか。これはそういう物語である!!

「ゴブリンだと? 俺の世界では、おとぎ話の魔物か何かだったはずだが……要はつかんで投げてしまえば良いわけだろう」

 神父服にレスラーマスクの大男は、そう言うなりゴブリンの両手をガッシとつかみ、回転しながら宙を舞った。
 動きを封じられたゴブリンは、黒衣の男に上空へと引っ張られる。つかまれた腕を引き剥がそうと、もがく暇すら与えられず――。
 上昇の頂点から一転、きりもみ状にて男とゴブリンは一斉降下!
 ともに落下する二者の大きな違いは、着地時の立場の上下だ。レスラーのほうが上、ゴブリンのほうが下。

 つまりは哀れなこのゴブリン、大男に突然両腕をつかまれたかと思えばグルグルと回転しつつ宙を舞い、平衡感覚を失ったところで急激落下、地面に激突した暁には筋骨隆々の浴びせ倒しをその身に受けて、巨漢レスラーの下敷きという有様なのだ。
 腕を強引に極められて左右に引かれたその姿は、投げた側も投げられた側も、まるでその身で十字を描いているかのように見えた。
 とか考えてる間に地面にビターン! ゴブリンの骨ボキィー!
 焼かれた野には、十字の形の落下跡が残った。

「武器も持たずにすさまじい力……! おお、神よ……我らをお救いくださるためにこのような戦士を遣わしてくれたこと、心より感謝いたします……」
「祈っている場合ではないぞ、そこの小娘! まだ敵は残っている。試合終了のゴングも鳴ってはいない!」

 そう、ここは異世界――。リングではない。
 空は青天井、大地は煙りくすぶる焼け野であり、対戦相手はルール無用の悪鬼どもだ。
 だがしかし臆することなく大男は、はちきれんばかりに筋肉が詰まった神父服の胸元を、でかい平手でバチン! と叩いてみせる。「俺に任せろ」と言わんばかりの猛々しいアピールだ。
 続いてゴブリン軍団の一人に向かって飛びかかり、150キロ超えの体重でボディプレスを仕掛けたのだから大したもの!
 ましてや助走もないその場でのジャンプとは到底思えぬ、大人をゆうに飛び越えるほどの跳躍は、コーナーポストから飛びかかったかのような重みと勢いと破壊力と神の恩恵である。
 ボディプレス直撃! ゴブリンはまた一匹、ぺしゃんこにならざるを得なかった。

斯様かようなザコ、何匹いようとこのロザリオマスクの敵ではない!」

 2メートル超えの長身から振り下ろされる頭突きは、小さき身のゴブリンにはまるで杭打ちである。三匹目は地面に刺さった。今の頭突きで!
 強烈無比のヘッドバットを食らわせたマスクマンの額には、先程自らが名乗ったリングネームを象徴するかのように、金のロザリオが掲げられている。
 そう、彼こそはロザリオマスク。
 十字の意匠を額にあしらった覆面をかぶるレスラーであり、身にまとうは特注サイズの神父服だ。
 これが実際に神父であるというのだから恐れ入る!
 体格のいいレスラーの中でも、2メートルオーバーの重量級。異世界へと呼び出された屈強なる戦士は、神父であり、マスクマンだったのだ。
 彼の背後で戦いを見守る少女は、おずおずと話しかける。

「ロザリオマスク……。あなたが額に掲げるその聖印ホーリーシンボルは、わたしたちが扱うものに似ています。あなたも神に仕える身でしょうか?」
「そう言う小娘もやはり、信徒の類か? 先程から祈りの十字を切る姿が見える」
「はい! 神官です!」
「異世界と言えど、聖職者の仕草には共通する物があると言うわけか。とは言え衣装はまるでファンタジーRPGのようだな。俺はてっきりラウンドガールか女子レスラーかと思ったぞ?」
「ラウンドガー……? おっしゃっている意味がよくわかりませんが、ロザリオマスク」
「異文化交流は後だ! まずは小鬼の群れをなぎ倒そう。どうやらこいつで最後のようだからな」

 神父服の覆面男は、再び宙を舞った。広きその背で陽の光が一瞬覆われ、ゴブリンは暗き影に包まれる。

「この小鬼共、ストリートファイトの基本も知らんと見える。ならばこちらも安易に飛び込み間合いを詰めて、投げにて決着をつけさせてもらおう」

 人間離れした跳躍力は、四匹目のゴブリンとの距離を一足飛びに縮め、目前に着地したかと思えば、目にも止まらぬ早業で小鬼の両手をつかみ上げ。
 かくして再び、ダンスにエスコートするかのごとく相手の両手を握っての、十字のポーズの回転運動! 間合いを詰めたジャンプ力をさらに上回る、驚異的な上昇力。空中スピンから急転直下、ゴブリンを下敷きにしてのボディプレス!
 地面にビターン! ゴブリンの骨ボキィー!
 焼かれた野には潰れたゴブリンとともに、十字の形の落下跡(ふたつめ)が残った。

「その神がかった技はなんなのですか……? 相手をつかんで離さない腕力も、異常なまでのジャンプ力も、とても信じられない力です……! それがあなたの持つ絶技チートスキルなのでしょうか」
「いいや? 俺のいた世界の戦士たちは、この程度のジャンプは皆こなしている。しかし特別なのはこの投げだ! これぞ俺の必殺技!」
「必殺技?」
「その名も、スクリュー・プリースト・ドライバー!」
「スクリュー・プリースト……。あなたは司祭様なのですね?」
「ああ。コマンドはレバー一回転+Pになる」
「レバッ……レバー一回転……? なんですかそれは」

 ロザリオマスクは楽しげに解説した。

「ははは、そう驚くなシスター! たしかにレバー一回転には上要素が入っているから、入力中にジャンプしてしまうだろうと思いがちだ。しかしそうした問題を解決するために、今見せたようなジャンプすかしプリーストなどでコマンド成立を簡単にすることも可能だ。安心したまえ」
「言っている意味が大半わからなくなってきましたけど……??」
「他にも小技を当てての当てプリーストや、ジャンプを経由しない立ちプリーストというのもあるぬうおっ!?」

 話の腰を折ったのは、ロザリオマスクの腰に激突した岩だった。
 振り向くとそこには、一定の距離を取って更なる岩を振りかぶる、半裸の大鬼の姿があった。
 神父服の大男と、腰布ひとつの大鬼は対峙する。だが悲しいかな両者の間には十数メートルの開きがあり、かたや徒手空拳、かたや投石の準備中である。これでは勝負は一方的ではないか!
 その事実を知っての笑みであろう。半裸の大鬼は牙をむき出してニヤリと笑って見せた。

「あれは……オーガ! 危険ですロザリオマスク、まずは一旦この場を離れ、態勢を整えましょう!」
「いいや、異世界転移早々の対戦乱入を、無碍に断るわけにも行くまい。俺は受ける!」

 敵を組み敷こうとでも言うのか、両の掌を左右に構え、相手の出方を伺いにじり寄るロザリオマスク。
 しかし向かってくる攻撃は当然のごとく、オーガの投げた岩。出方を伺うも何もない、レスリングでは抗いようもない物理攻撃であり投石だ。若干ゴツゴツしていて尖っている部分もあるので当たったら絶対痛い。
 果たしてこの攻撃をどう受けきるのか、そもそもこの男・ロザリオマスクとは何者か? 彼はどうしてここにいるのか。レバー一回転コマンドとは何なのか。
 ならば時間さかのぼり、このロザリオマスクが本来いた世界の話をしよう――。

 そこは剣と魔法のファンタジー世界ではなく、ビル立ち並びオフィス街に人が行き交う文明社会。ところが治安は、お世辞にも良いとは言えなかった。
 ここは超犯罪都市、アシッドシティ!!

「でいやーっ!!」

 トレーニングルームで叫びを上げたのは、上半身裸の筋骨隆々な中年男性であった。
 左右にひとつずつ吹き飛んだサンドバックが、彼の尋常ならざるパワーを示しているのは明らか。更にはバーベル代わりに鉄骨を片手で持ち上げ振り回し、ドラム缶を割って、腕力を鍛えているではないか。
 ここはアシッドシティの町長室備え付けのトレーニングルーム! あちらこちらに飾られたるは、往年の活躍を伝えるトロフィーにチャンピオンベルト。そこで暴れる髭の中年男性こそ、この町の長である、M・C・シガー御当人なのだ。
 そんな町長室に駆け込んできた眼鏡の女秘書は、悪い報告バッドニュースを男に告げる。

「シガー町長。暴力組織バッドビルによる被害報告が、町の内外から相次いでいます」
「ふむ……またか……」

 その名に違わぬ葉巻たばこシガーを口にしつつ、アシッドシティを根城にする暴力組織の悪事を伝え聞く、シガー町長。
 シャツとネクタイを手に取り、町長としてのデスクワークに戻ろうとしたその時。鉄骨を上回る強力な武器が、彼の目に留まった。

「今の報告内容にひとつ、こんなものがあったな? 暴力組織バッドビルが、地下プロレスで莫大な利益を得ていると」
「はい。シガー町長、まさか……?」
「はっはっは! 町を救う英雄ヒーローにして嫌われ者スカンク、ロザリオマスクの凱旋試合……という脚本はどうかね?」

 シャツもネクタイも鉄骨も全て手放し、髭の町長が新たに手に取ったのは、額に十字架を掲げたレスラーマスクであった。
 そこから、この異世界に至るまでに起きた出来事が、走馬灯のように過ぎていく。

 横転し炎上するトラックと、傷つき片脚を失った修道女!
 地下プロレスにて対決するロザリオマスク、相手はターバンを巻いたサーベルの男!
 暴力組織バッドビルに囲まれたロザリオマスク。彼を轢き殺そうと迫ってくるトラック!
 崩壊するバッドビルのアジトで対峙する、道着の男とシガー町長!
 懺悔室にて光の中倒れ伏す、傷だらけのマスクマン!
 謎は深まる一方であるが、あらかじめお伝えしよう。これは弱き男と女が、戦い笑う物語である!!
 では今度は、弱き女の方! 異世界の女神官はどのようにしてロザリオマスクと出会ったのか? その視点の方も少々さかのぼろう!

 ――神官服の裾を振り乱し、娘は茂みの中を駆けていた。
 老いた祖父の言葉が、彼女の頭の中で繰り返し響いている。

「火竜ハヴザンドを倒し村の危機を救うのは、異世界からの勇者を置いて他にない。彼らはゲンダイチシキという文明や、神から賜われた絶技チートスキル、超上位錬金術のマジックアイテムなど、我々の及ばぬ力で魔物の脅威を凌駕する」

 息せき切って神官の娘が向かっていたのは、村外れの祠だった。
 木のウロにこじんまりと設えられた石碑には、魔物除けの呪言が彫り込まれていた。

「祠に収められた聖遺物を入手せよ。火竜の到来以降、今や祠へと至る道筋にも魔物が沸いている……。低級な魔物であれば祠の結界が通用するはずだ。強力な敵がこの地にはびこる前に、聖遺物を掘り起こせ。第七の遺物に祈るのだ、我らがシスター」

 祖父に言われた祠が無事であることを視界の端に認め、娘は安堵の表情を浮かべる。
 だがその顔に、一瞬にして暗い影がのしかかった。これは比喩ではない。
 晴れ渡った空を覆うかの如き、巨獣の飛来がそのときあったのだ。
 耳に届いた羽音から想定される、最悪の事態を胸の奥で打ち消しながら。娘は空を見上げた。
 そして絶望する。
 そこには、宙を舞う火竜の姿があったのだから。

 大口を開いた火竜は、怯える娘を歯牙にもかけず、祠に向かって紅蓮の炎を吐き出した。
 希望を打ち砕かれ、へたり込む娘――。
 が、膝が地に着く寸前にこらえ、彼女はそこに立ち続けた。震える手で十字を切って、神官としての矜持を示してみせる。
 自らの身の危険も顧みず、ただ娘は祈る。第七の遺物に対して祈る。ドラゴンの吐く炎の息ファイヤー・ブレスが祠を砕き、点々と花咲く野を燃やし、かすめた炎が衣服と肺を熱気で焦がそうとも。

 しかし祈りは、無駄であった。
 木のウロにあった祠は跡形もなく消し炭となり、もとよりあった木も根も野も花も、たゆたう風すらも、灰となったかのようであった。
 役目を終えたとばかりに火竜は、二度三度と翼を羽ばたかせてどこかへ飛び去っていく。
 火竜の羽ばたきを浴びせられ、娘の長き黒髪が乱される。こぼした涙も、乾いて消える風であった。

 去った火竜と入れ替わるようにして、小さきものの姿がぽつぽつと現れ始める。
 尖兵たる小鬼、ゴブリンである。
 彼女の脳裏に、先程の祖父の言葉がまたも蘇った。

「火竜の到来以降、今や祠へと至る道筋にも魔物が沸いている……。低級な魔物であれば祠の結界が通用するはずだ」

 既に、祠はない。焼き払われて結界もない。
 最後の祈りに費やしたことで、娘には魔力もろくに残っていない。
 小振りなメイスを握ってゴブリンを見渡す。わらわらとその数が増えていくに連れ、自らの手先が冷えていくのを彼女は感じていた。
 突然のことだが焼け木杭ぼっくいより天を衝く十字の光が放たれた!!
 ドカーーーン!!
 光を伴って十字から吹っ飛び、現れたのは!
 神父服に十字架覆面の、巨漢レスラーだった!!

「まさか……! わたしの最後の祈りが……聖遺物に、通じた……?」

 驚く娘の目前で、神父服の覆面レスラー(そう、我々はこの男がロザリオマスクであることを既に知っている!)は、十字の光から宙に放り出されたにも関わらず、焼け野に受け身を取ってダメージを最小限にした。
 火竜の炎の息ファイヤー・ブレスで燃やされたばかりの地面に、吸い付くように背中と両手を当て、バシーン! 背面着地。
 臨機応変の対応は、日々の全国興行の賜である。

「どういうことだ……? 俺は致命傷を負って……。懺悔室に倒れていたはずだ……!」

 レスラーは記憶をたどる。アシッドシティにて戦いを終え、祈りを捧げる修道女の傍に、彼は横たわっていたはずだった。
 だがその身には怪我ひとつない。あえて言うなら焼野に受け身を取ったので、手のひらが今少し焦げた。
 話しかけてくる見知らぬ娘は、まるで異世界の修道女シスターのような出で立ちをしている。教会で彼の傍らにいた、車椅子の修道女の姿と、面影が重なっていく――。

「あっ、あの……! その見慣れぬお姿、異世界からの戦士でしょうか?」
「うん? まあ俺は、ファイター戦士ではあるが……」
「おお、神に感謝を……! いえその前に、事情を説明しなくてはですね。ええと、火竜を倒していただきたいのですが、あっ、ていうかそれよりも! あなたは武器を持っていない……ですね? 急な異世界召喚で、武器をお持ちになれなかったのでしょうか……?」
「武器はこの肉体ひとつ!」

 ロザリオマスクは、はちきれんばかりに筋肉が詰まった神父服の胸元を、でかい平手でバチン! と叩いてみせる。まるでゴリラの威嚇である。
 レスラーを呼んだ側の娘も、娘に襲いかかろうとしていたゴブリンたちも、顔を見合わせて困惑していた。
 一番困惑するべきロザリオマスクが場に最も順応しているのは、レスラー特有の受け身のなせる技か。臨機応変の対応は、日々の全国興行の賜である。
 巨躯に怯える子供の相手、リング上での決死の強がり、ブーイングに応える笑顔。様々な場面でロザリオマスクがまず行ってきたことは、状況を知ることではない。力強い自分を、皆に見せることなのだから。

「ところで小娘。火竜がどうこうと言っていたが、それはこの小さき者どものことではないよな? こいつらがこのロザリオマスクの対戦相手か?」
「あっ、は、はい! この魔物はゴブリンです。低級な魔物ではありますが、群れをなして襲ってくるゴブリンは充分に恐ろしい敵となります。まずは一旦この場を離れ、態勢を整えましょう!」
「ゴブリンだと? 俺の世界では、おとぎ話の魔物か何かだったはずだが……要はつかんで投げてしまえば良いわけだろう」

 かくして火竜を倒すために異世界から呼び出された覆面レスラーのロザリオマスクは、ゴブリンの一団をつかんでは投げ、つかんでは投げ、頭突きとかも食らわせ、倒しきったかと思ったところに腰に岩をぶつけられて振り向くとオーガがいたのだ!
 以上、異世界転移からこれまでの、あらましであった。
 あらかじめお伝えしよう、さらなる細かい経緯は今後、小出しにされる! 詳細な説明をまずは横に置き、戦いを見守ることとしようではないか。

 目下の対戦相手、でっぷりとした腹が腰布からはみ出し気味のオーガは、ロザリオマスクとは雰囲気がだいぶ違う巨躯。有り体に言えばデブである。
 くっちゃくっちゃと口を動かしながら牙むき出して笑み浮かべ、つばを吐く様が憎たらしい。噛みタバコの類を口にしているようだった。
 さあ、プロ・レスリングVSアマ・ベースボール。オーガ振りかぶって第二球(岩)、投げました。
 かたやキャッチャーミットさながらの平手を向けて待ち構えるは、ロザリオマスク。しかし相手はボールではなく岩なのだ。
 投げているのも身の丈5メートルはあるオーガであり、どれほど鍛えた人間であろうと正面から受けては死球デッド・ボール
 ところがである。ロザリオマスクは自らの顔を覆うように両手を斜めにクロスさせたかと思うと、飛んできた岩をまるで、小石のごとく受けきったのである。
 オーガの投石を持ってして、この男なんと、ほぼ無傷ノー・ダメージ

「もしや防護魔法ですかロザリオマスク? 詠唱もなしに魔法が使えるなんてすごい……!」
「いいや、これはガードだ」
「ガード……?」
「ガードだ」
「た、確かに……ガードしたのはわかりましたが、素手で岩を受けて無傷ということは、つまり……? その服が特別製なのでしょうか?」
「いいや、ガードだ。レバー後ろだ」
「レバー後ろ……??」
「やれやれ、この世界の人間はガードも知らんのか? 俺がいた世界では常識だったがな……」

 大男と小娘が会話しているその間に、気づけばオーガは三度目の投擲攻撃を繰り出そうとしている。
 その手に握られているのは、槍だった。

「あの槍はゴブリンが持っていたものと同じもの! オーガの背にも何本か似た槍が……。もしかするとあのオーガが、ゴブリンを率いていたのかもしれませんね」
「ふうむ……さてどうするか。ガードすれば基本的にダメージは受けないとは言え、必殺技の場合はガードの上からでも削りダメージは受けてしまう。飛び道具の削りはバカにならんからな」
「……??? すみませんロザリオマスク、あなたの世界の常識についていけないもので、正直わたしはご協力することがあまり出来そうにありません! 削りって何!?」
「案ずるな、シスター。つまりここでガードしていても削られる一方なら、オーガに近づいて投げてしまえばいい。やることは変わらん!」

 空を切ってロザリオマスクに向けて放たれた、一本の投げ槍。
 この切っ先すらもガードで防いでしまうのかと思いきや、ロザリオマスクは鍛え上げられた両腕を己の左右にぐいと伸ばし、両足をぴたりと閉じて、自らの身体で十字架の形を描いてみせた。
 彼のマスクの額に輝くロザリオの像に同じ、筋肉による美しき人十字である。
 更にそこから全身を横回転。十字の姿でグルグルと回りながら、レスラーは叫んだ。

「クリスチャンラリアット!」

 足元に砂埃を巻き上げつつ、ロザリオマスクは回る回る!
 鍛え上げられた丸太の如き腕が、寄らば折るぞと言わんばかりにグルリと振り回され、さながら大男メリー・ゴー・ラウンドである。
 この腕の破壊力であればオーガの投げ槍も、はたき落とすことが出来るのかもしれない。
 傍らのシスターが期待の目を向け、オーガが不安を感じた次の瞬間、彼らの想像を上回る異常事態が発生した。

 明らかにロザリオマスクの腕や胴に当たり、刺し貫いたと思われたオーガの投げ槍が、巨漢レスラーの身体をすり抜けて飛んで行ったのである。
 両腕ラリアットの回転を終えたロザリオマスク。彼をすり抜けて後方で地面に刺さった、オーガの投げ槍。
 これは一体どういうことであろうか。どんなマジック魔法をロザリオマスクは使ったのであろう?

「よし! この世界でも俺の必殺技は変わらず通用するようだな……。となればこの程度の飛び道具、恐るるに足らず!」
「槍を叩き落とすでもなく、すり抜けましたが……??」
「そう、これが俺の第二の必殺技、クリスチャンラリアットだ」
「クリスチャンラリアット?」
「クリスチャンラリアットは回転中に胴の部分に無敵時間があるため、飛び道具をすり抜けてかわすことが可能!」
「無敵時間……???」
「しかもそれだけではない。俺は独自にこの技の研鑽を重ねてバージョン・アップしたことにより、回転中に少しずつ左右に移動も出来るのだ!」
「無敵……時間……??? 無敵?? ですか?」

* * *

 この世界にはない新たな常識を前に、シスターは思考停止をしてしまったようだ。ならば代わって俺が解説をしよう。
 選ばれし戦士プレイアブルキャラクターが持つ一部の必殺技に付随する、特殊効果。それが無敵時間!
 その身に宿る無敵時間を利用すれば、飛び道具をすり抜けることや、相手の技を食らわず一方的に攻撃を当てること、ひいては飛び込みを対空することなどが可能となる。
 暴力組織バッドビルの雑魚どもに囲まれたあのとき、とっさに繰り出した十字の回転が無敵時間を生むとは、俺自身も思わなかったが……。
 やがてクリスチャンラリアットはこの俺、メイヤークリスチャン・シガーの手を離れ、ロザリオマスクの代名詞とも言える必殺技になった!

――シガー町長(談)

* * *

 投擲をかわされてひるむオーガは、噛みタバコを苦々しげにベッと吐き捨て、もう一本槍を投げる。
 ぐるぐる回るでかい的(ロザリオマスク)に向かって投げる槍。これが当たらないわけがないのだ。
 だが、当たらない! 槍が接触したはずのロザリオマスクの胴は、まさしく無敵と言わんばかりに飛び道具を通過する。
 それどころかその胴体無敵の男が両腕を広げて横回転しながら、ちょっとずつオーガの方に移動しているのだ。オーガすごく困惑。
 シスターもすごく困惑。

 びびったオーガが次々に、槍や拾った岩や消し炭や悪魔の像を放り投げるも、ロザリオマスクはクリスチャンラリアットの胴体無敵でこれらの飛び道具を抜け続け、徐々にオーガとの距離を縮めて行き――ついには互いの距離は数メートル。
 長く屈強なオーガの腕が、岩を投げて伸び切ったところに、クリスチャンラリアットの拳が全力でぶち当たる!

「飛び道具の出際、捉えたり!」

 2メートル超えの巨漢レスラーの腕とは言え、当たったのは手の先でしかない。そして当てられたのは5メートル超えのオーガであり、接触したのは互いの拳。常識で考えれば、かすり傷程度のダメージだ。
 と、思われたのだがロザリオマスクの常識は違う!!
 バチン! と音を立ててオーガは吹っ飛び転倒した。

 何故ならこれがそういう技だからだ。彼がそういうキャラだからだ。
 ロザリオマスクは投げキャラだった。格闘ゲーム世界の常識に則った、選ばれし戦士プレイアブルキャラクターだった。
 そしてこの技クリスチャンラリアットは、当たれば相手は転ぶ。巨漢レスラーの更に倍はあろうかというモンスター、オーガが敵であろうが関係はない。
 飛び道具をすり抜けて移動し、当たれば対象は転んでしまう十字の姿のラリアット。投げキャラであるロザリオマスクにとっては生命線の技であり、剣と魔法のファンタジー世界に、おいそれと持ち込んで良い常識ではない。
 とは言え、もう遅い!! ロザリオマスクの常識は既に、この戦いを侵食している!

「俺の前で転ぶということが、どういうことか。お前に教えてやろう」

 ロザリオマスクは、彼の世界の『選ばれし戦士プレイアブルキャラクター』には常識的な力とされる、例の驚異的なジャンプでオーガにドロップキックをぶちかます。
 早速起き上がってこれを迎撃しようとするオーガだったが、振った拳が伸びるよりも先に、重ねられたドロップキックがオーガの腕を蹴り飛ばした。

「オガァァアアアッ!」

 クリスチャンラリアットを受けた利き手に今度は飛び蹴りを食らい、叫びを上げてのけぞるオーガ。唯一放り投げなかった最後の武器である、棍棒を構えて様子を見る。
 飛び道具なしの同じ巨漢、であればより大きくリーチの長いオーガの方が圧倒的有利。ましてや鬼に棍棒である!
 白兵戦が可能な状況に持ち込んだとは言え、相も変わらずリーチの問題は歴然とそこにあった。
 しかしこの状況、ロザリオマスクの投げキャラの常識に照らし合わせれば、恐ろしいことに起き攻め密着状態なのだった。

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