剣脚商売第二話 磁力のニーソ・脅威の女子ネットパワー
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「行くぞ夢藤、タイツ狩りだ! 女子ネットパワー、プラス!!」
可愛らしい自撮りや手作りの料理画像をネット上に続々アップし、その女子力にて驚異的な引力を脚に宿らせる女。
「女子ネットパワー、マイナス!!」
片や、ニーソ破廉恥自撮りや血まみれ画像をネット上に続々アップし、男たちの視線を集め、驚異的な引力を脚に宿らせる女。
「ロスト・ボンバーッ!!」
プラスとマイナスの女が犠牲者に跳びかかり、レッグラリアートの体勢で前後から挟み込む。
打ち付け合う美脚の只中にあるのは、犠牲者の首にあらず。そうこれは、タイツ狩りなのだ!
狙うはくびれた腰元なり!
「バカなーッッ!??」
哀れ、必殺の技に挟み込まれた女は、剣脚の武器たる履物を弾き飛ばされ、奪われる羽目となる。
この恐るべき襲撃者たちこそ、そう。
タイツ狩りのヘル・レッグケルズなのである。
「……ちっ、タイツじゃなくてレギンスだし」
「次の獲物を探すのぉ~。今夜が勝負だわ~……」
――さて、ヘル・レッグケルズの狩場はさておいて。
戦い終えて残骸散らばる古戦場と化した、例のオープンカフェ。
現状確保にひた走る警官たちの中に、くたびれた黒のスーツを着たヤセ型の中年がいる。後ろにパンツスーツの新米女刑事を連れている。
指紋足紋の調査を彼らが行っているのは、町を騒がすタイツ狩りの、脚取りを追うためであった。
だが賢明な諸氏には周知の事実であるが、このカフェの惨状はヘル・レッグケルズによるものではない。
レギンスから黒タイツまでの二連戦を行った、あの超絶美脚の月脚礼賛の仕業である。
彼女は今、夕闇の路地裏に薄手のデニールを溶け込ませ、姿を隠していた。月脚を買い求めた傍らの少年、果轟丸も共にいる。
息を殺す若き男女。そんな折に響き渡る、絹を裂くよな女の悲鳴。
「……なあ礼賛、今の声なんだと思う?」
「さあな。剣脚の野試合か何かだろう」
「オレ、見に行ってみようかな」
「何だゴーマル、わたしを買ったのに早速浮気か?」
「浮気じゃねえ!」
「おっと、アツい本命告白だな」
「『浮気しない宣言』でもねえよ、ああ言えばこう言うだなお前!?」
がやがやと揉めつつも、悲鳴の大本を探りに駆けていく轟丸少年。
「やれやれ仕方なし」とばかりに、月脚礼賛の薄黒ストの脚も着いて行く。
果たしてこの男女が路地裏を出て、歓楽街を抜けて、暗く静かな空き地に辿り着いた時。
そこには消えかけの街灯に照らされた、三人の女がいたのである。
一人、気を失い地を這う黒ギャル!
二人、拳銃を構えるパンツスーツの女刑事!
三人、媚び媚びの服に黒ニーソ、今まさに銃を向けられし女!
「あっ、あなた……っ? 先輩が言ってた、ヘル・レッグケルズ……? 抵抗はやめて、脚をしまって! 被害者にそれを返しなさい!」
おたつきながらも銃の照準をニーソの美脚に定めている、新米女刑事。
だがニーソ女は手にした布地を弄び、ゆるふわスマイルでこう返す。
「え~、だってぇ~。奪ったタイツを今更返せって言われても、困るんじゃないですかぁ~? もうこれ、血まみれなんですよぉ~」
「血っ……? 被害者に傷を負わせてるんですね?」
「被害者の血じゃないですよぉ~。これ、わたしの血をぉ~。拭くのに使ってるだけでぇ~。やっぱり黒いタイツがいいんですよぉ? 黒地に赤は映えますもんねぇ~」
闇夜に浮かぶ笑顔も奇妙なニーソの女。
この者、名を、『夢藤狭軌』と言う!
「せ、先輩! ヘル・レッグケルズを見つけました、応援お願いします! 被害者と思しきギャルを今、保護しています!」
「やだぁ~。警察の人が変な言いがかりつけてきて、無線で応援呼んでぇ~……わたし困ってるんですぅ~……」
夢藤は血にまみれた自分の画像とともに、断片的な情報を所属サークルの男たちに向けて発信。
瞬く間に集まる、「どうした?」「大丈夫?」「夢藤さんは悪くないよ」「俺だけは味方だから」の書き込み。
自分だけに向けて夢藤からの救援メッセージが送られていると思い込んでいる、やるせなき男どものその、想いの強さと迅速さ。
夢藤の脚にマイナスの磁力場を発生させるに足る、エネルギー源に相違なし!
「銃が……吸い寄せられる!?」
「思うんですけどぉ~。銃とか向けられて怖いんでぇ~。美脚で抵抗してもしょうがなくないですかぁ?」
次々に集まる「うん」「そうだよね」「夢藤さんは悪くないよ」「俺だけは味方だから」の書き込み。
ギランと光るニーソの美脚。新米刑事、就任早々殉職まったなし!
しかしてそこに割って入ったのは、轟丸少年と、月脚礼賛であった。
「まともそうな姉ちゃんに、頭のおかしそうな姉ちゃんが絡んでる! オイやめろ!」
「え~、それってどっちがどっち? 頭のおかしそうな姉ちゃんって、わたしのことじゃないですよねぇ」
笑顔のままで躊躇なく、轟丸に向けニーソ美脚を振り下ろす、夢藤狭軌。
それを受け止めたのはもちろん、礼賛の薄黒の美脚。
夜のしじまを打ち破り、ガキンと打ち合う互いの脚刀。
「頭がおかしい自覚があるから、即時にゴーマルを切り捨てようとしたんだろう。やめろ、ニーソ女」
「え~。言いがかり~」
打ち付け合っては闇の中に火花を散らす、薄黒ストとニーソの脚。
袈裟懸けに蹴る礼賛の脚の切れ味は、常人の脚であれば装身具ごとに切り伏せられる程の凄みであった。
だが、ニーソ女の媚び媚びの衣服に切り傷を与えはしても、刀剣としてはさしたる殺傷力を発揮していない。
それはこの場の照明の暗さ故。
消えかけの街灯ではこの戦いを、余すところなく魅せつけること叶わず。
「ゴーマル、どうした。注視が足りんぞ」
「悪ぃ……暗くてよく見えないんだ」
「こんなあざといもの履いて、バカみたいに脚をさらけ出してるってのに、子供にすら見てもらえないんですかぁ~?」
「あざとさ全開のお前に言われるとはな、ニーソ女」
「わたしは別にぃ……。わたしらしい格好をしてるだけでぇ~……。ねえみんなぁ、わたしらしさって何かなぁ?」
夢藤狭軌はこうした会話のうち、自分にとって都合のいい部分のみはボイスチャットを利用して、各所に配信している。
「夢藤さんは自分らしくていいと思う」「いいよね」「わかる」「俺だけは味方だから」などの言葉をサークルの男たちから徴収し、さらなるマイナスの女子ネットパワーを高めるためだ。
「ニーソ女。力を高めるのもいいが、それで力の源の男どもを失ったら、お前はどうするんだ」
「そしたらまた別のサークルの力を借りれば良くないですかぁ? わたしたち女同士だし、わかりますよね?」
「わからんな」
同意を切り捨てる言葉とともに、一刀両断切り捨てようと、回し蹴りにてその脚を振るう月脚礼賛。
礼賛は何も、この夢藤狭軌を煽るために会話を続けていたのではない。
チカチカと明滅を繰り返す切れかけの街灯に、光と闇の周期性を見出した礼賛は、次なるライトアップの瞬間を見計らっていたのである。
それが、今!
伸びやかかつ致死性の美脚を、空中に浮かび上がらせるローリングソバット。途絶えかけの人工的な光が、星にも負けぬ明るさを一時放ち、美脚の刃紋すらも現出させる。
逃さず見つめる轟丸少年。蠱惑のナイロンは、誘蛾の力さえ漂わせた。
見よ、これぞあざとい薄黒ストの切れ味なり!
「え~、怖いぃ~」
だが、しかして!
夢藤狭軌のスカートは翻り、月脚礼賛の渾身の斬撃を、まるでバリアーでも張ったかのように弾き飛ばしたのである。
かいま見えたのは、白き柔肌。
そう即ち、ニーソとスカートの間に見え隠れする、絶対領域!
賢明な諸氏は既に周知の事であろう。触れることすらまかりならぬニーソの無敵防御地帯、それこそがこの絶対領域である。
「ニーソの絶対領域ってぇ、男の子たちの気持ちがこもってるせいか、防御力バツグンでぇ~。そんなギロチン程度の回し蹴りなら、弾き返してもおかしくないですよねぇ~」
「ニーソの守り……恐るべしか。極度の空腹のもとでこれを打ち破るのは、骨が折れる」
「え? そんな腹減ってるのかよ礼賛?」
「数日腹に何も入れていない」
「なんだよそりゃ、ダイエット中か?」
「必要だと思うか?」
「い、いや……。じゃあ、何か食うもん買ってきてやろうか」
「いい、ゴーマルは見ていたほうが役に立つ。だが、そこの女!」
突如話を振られたのは、女刑事である。
月脚礼賛、腹を鳴らして曰く。
「この斬り合いでは、銃もろくに役に立たないだろう。せっかくだ、わたしを手伝え。お前何か食べ物を持っていないか」
「えっ、あれ? お、おい待てよ礼賛。この姉ちゃん、何か様子がおかしいぞ?」
皮肉なことだった。轟丸に「まともそうな姉ちゃん」と評された女刑事がここに来て、「様子がおかしい」などと評価を覆されるとは。
空き地の闇に潜みつつ、女は快哉の声を上げる。
「月脚礼賛、まさかアンタがうちらの釣りに引っかかるとはね。なら今だ、夢藤! タイツ狩りだ!」
相方に呼びかけられたニーソ女の夢藤狭軌、目を輝かせそれに「応!」と返す。
驚きとともに、女刑事のいた暗闇を二度見する、礼賛・轟丸ペア。
そこには地を這う女と、仁王立ちする女が……一人ずつ。
「おい、礼賛! いつの間にか地面に倒れてるのが、さっきのギャルの姉ちゃんじゃなくなってる!」
「ああ。いつのまにやら女刑事の方が地に伏して……代わりに現れたるは」
「女子ネットパワー、プラス!!」
叫びとともにナマ脚にプラスの磁力をまとわせる、黒ギャルのその威容。夜の町の支配者が如し。
プラスとマイナスの女子ネットパワーに挟みこまれた月脚礼賛。その運命や如何に!
次回、剣脚商売。
対戦者、ナマ脚黒ギャル。