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猫を飼う。それだけで弱者男性は幸せになれるのかもしれない

僕が大好きなYOUTUBERに「ただフリ」さんと言う方がいる。

ただフリの日常~人生ドキュメンタリー」というチャンネル名で、4年も前からひたすら等身大の自身の生活をドキュメンタリー方式で投稿してらっしゃるYOUTUBERさんだ。

4年間の歳月で紆余曲折あったものの、現在ご自身のことを「非正規、40歳、恋愛経験なし独身の底辺と呼ばれる男」と自称し、呼称として本人が用いたことは無いにせよ「弱者男性」と言える要素を多く持っている方だと僕は考えている。

僕自身も恋愛経験ゼロ独身無職の弱者男性なので、その行動や考えに大いに共感する部分があり、動画をいつも楽しませてもらっていた。

ただフリさんの動画コンテンツの中心となっていた話題に「婚活」がある。婚活パーティやマッチングアプリに日々邁進しては上手くいかず、歯に衣着せぬ物言いで現代の婚活事情を切る動画は、一時期チャンネルのメインコンテンツとなっていた。

僕自身も、いわゆる「婚活女」をメッタメタに切りまくっているただフリさんの姿に得も言われぬ快感を覚えて夢中になっていた視聴者の一人だった訳だが、しかし一つ常に気がかりなことがあった。

それは、いつもただフリさんが辛そうだったという点だ。

ただフリさんは動画の中でほとんど笑わない。婚活パーティのイメトレとして笑顔の練習をしている時はあったが、これだけ多くのただフリさんの日常を切り取った動画が投稿されているのに、「あはは」と笑うただフリさんの姿はほとんど全くと言っていいほど写されていないのだ。

仏頂面を浮かべていることが多く、唯一穏やかな表情を浮かべるのはご本人がお気に入りと言っている近所の海辺で、好物であるチョコがけソフトクリームをほおばっている時ぐらいだ。

しかも、その表情でさえ婚活の話題に移行するやいなやすぐに曇ってしまう。

僕は、ただフリさんの婚活がどうかうまくいってくれるよう祈りつつ、心の端では「もう婚活なんかやめたらいいのに」とも思っていた。ただフリさんが婚活ビジネスに搾取され苦しめられているのは、火を見るより明らかだったからだ。

ただフリさんはいつも動画冒頭で声付きのテロップを入れていた。

「将来の夢は、結婚をして自分の家を建てること!」

そんな人に、どうして「婚活はもうやめよう」などと言えるだろうか。ただフリさんにとっては婚活で生涯の連れ合いを見つけて、その方と共に自分の建てた家で幸せな家庭を築くことこそが人生の目的なのだ。その夢のために、苦しい苦しい婚活も歯を食いしばって耐え抜いているのだ。

とうとうただフリさんは、婚活が上手くいかない内にも自分の家をまず先に建ててしまった。

いくらYOUTUBE動画である程度の収益を得ているとはいえ、独身男性が郊外の一軒家を購入するというのはあまり聞いたことが無い。しかし、ただフリさんにとっては「家の購入」をしてかつ「結婚」することが自分の人生なのだから、むしろそうするのが自然で、そうするしか自分の人生の意義を見出せなかったのかもしれない。

2階建ての、広いリビングも、カウンター式のキッチンも、和室も寝室もある広い部屋で、ただ一人過ごしてテレビを眺めるただフリさん。

そんなただフリさんが、ある日突然猫を飼い始めたのだ。

前振りも何もなく、本当にいきなりだったので驚いたのだが、ただフリさん曰く「猫を買おうと思って保護猫を調べたりしていたが、何気なく入ったペットショップで人気のスコティッシュフォールドがめちゃくちゃ安かったのでその場で購入した」とのことだったようだ。

動画内では「スコティッシュフォールドはセレブの象徴」とか「猫動画を出せばみんな見てくれかな」など言っていたが、僕はそれがそのままただフリさんが猫を飼い始めた理由の全てだとはあまり思えなかった。

恐らくだが、ただフリさん自身も戸建住宅に一人で生活している現状に対し、違和感というか不自然さというか、「このままでいいのか」という気持ちを抱いていたのではないかと思う。

僕自身小屋暮らしを始めてから「せっかく小屋暮らしをしているのだから」とか「小屋暮らしをしているのに」とか、そういう思考で自分の行動指針を決めることがよくある。

人の行動は、その人の住む環境に大いに引っ張られることが往々にしてある。

ただフリさんの場合も、もしかしたらご本人は「戸建てに住むことで婚活により前向きになるのではないか」と考えたのかもしれないが、結果としては「せっかくこんな広い自分の家を持っているのだから、ペットを飼っても良いのではないか」という思考に流れていったのではないだろうか。

そのぐらい、ただフリさんが猫を飼い始めるというのはこれまでの活動方針からしたら急転換だった。これから先ただフリさんがどうなっていくのか僕は気がかりだった。

しかし、そんな心配事は全く予想外の方向で裏切られることとなる。

猫と一緒に暮らし始めてから、ただフリさんの様子が一転して穏やかに、幸せそうに変化していったのである。

これまでは動画内では必ずと言っていいほど婚活女への愚痴だったり、自分の人生への嘆きだったりが含まれていたにもかかわらず、ここ最近の動画は猫一色。最新の動画では一瞬たりとも表情が強張ることなく、穏やかに猫と暮らす1日の様子が20分以上にもわたって映し出されていた。

僕はこの動画を見て涙が零れ落ちてしまいそうだった。

何度もリピートした。たぶんもう5,6回は見た。

あのただフリさんが……いつも婚活女に振り回されて、

「どうして俺は結婚できないんだ」
「女が悪い」
「時代が悪い」
「俺が可哀そうすぎる!」

と嘆いていたただフリさんが、何一つ不満を言うことなく穏やかに過ごしている。ただそれだけで、僕にとってはこの世界に存在するどの動画よりも感動的だった。


僕はこれまで「弱者男性は、弱者男性ビジネスに関わっているうちは幸せになれない」「弱者男性が強者男性を目指したところで、そのほとんどは挫折して不幸になるだけ」ということ持論として展開してきた。

このただフリさんの目まぐるしい変貌ぶりは、正にその僕の持論を体現しているようだと思った。

ただフリさんは、実に4年もの間結婚するために努力し続けていた。何度も婚活パーティに参加し、マッチングアプリにも複数登録。それでも上手くいかなくて、なんとキャバクラに婚活しに行ったこともあるぐらい、とにかく結婚するためにあらゆる手段を取っていた人物だ。

しかし、終にただフリさんがそれで幸せになることはできなかった。「婚活」は、「結婚するために努力すること」は何一つただフリさんを幸せにはしなかったのである。

だというのに、猫を飼い始めただけで、これまでの努力は何だったんだと思えるぐらい一瞬でただフリさんは幸せを手に入れた。

結局のところ、ただフリさんにとって必要だったのは「結婚」では無かったということなのだろう。

ただフリさんは、ただ世間の風潮に沿って「結婚すれば幸せになれる」と思わされたから結婚しようと努力していただけで、ただフリさんが真に求めていたのはそんな「個々人の事情を一切考慮しない浅はかな流行」では無かったのだ。

ただフリさんが真に求めていたのは何だったのか。ただフリさんの心のすき間にピタリとはまる物を、いかにして猫がもたらしてくれたのか。それはただフリさんにしか分からない。

だが、一つだけ言えることがある。

「婚活」するよりも「猫を飼う」方が、ほとんどの場合において弱者男性は幸せになれる、ということだ。

「婚活ビジネス」に関わる場合と「猫を飼う」場合とで、弱者男性の幸福度がどのぐらい差があるのか統計を取ることは非常に難しいが、どう考えたって「猫を飼う」方に分があるのは明白だろう。

4年にも渡って婚活に関わることで蓄積していた彼の苦悩は、猫が一瞬で癒してしまったのだから。


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