秋田市文化創造館ってどんな場所?
出張がとても勉強になったので、振り返りを込めてnoteの記事にしていきます。
秋田市にある文化創造館へ行ってきました。元県立美術館を市が譲り受け、違った機能を組み込み2021年にオープンした。おおざっぱに言えば「多目的な交流を促す館である」というジャンルかと思います。全国にそのような施設は多くあると思います。ここでは、秋田市文化創造館の違いは何か、を私のフィルターを通して見ていきます。(よって主観です)
施設を作る前からの準備
昨今施設を作るにあたり「市民ワークショップ」を開き、市民の意向を反映しました、という施設はよくあります。本当にどれくらい反映されるのかは分かりませんが、一つのプロセスとなっているかと思います。
文化創造館も同じように2018年「せばなるあきた」というワークショップが4回行われています。ワークショップは「せばなる通信」というペーパーになり、参加者以外にも広められるようになっています。
いやその前2016年から「ドキュメント アーツ秋田構想」なるものが出されています。いや、その前に「地方創生に向けた政策に関する調査」(2015年)が出されています。
秋田市で芸術祭を行うことを検討しながらも、それが本当に必要なのかという試行錯誤が感じられる文書・文章をネットでも見ることができます。驚くべきは、それらが秋田市企画調整課から出されていることです。「決めたこと」にも疑問をもち、それをオープンにしていく姿勢がすごいです。
そして、その議論を発展させることができる人材が秋田市にいたわけです。
その間やそれ以外にも、さまざまな議論があったとは思いますが、以上を見ても、多くの議論が多くの人たちで行われていたことがわかります。文化創造館ができたということは、物理的な施設ができたわけではなく、これら事前活動が土台となった施設であるということです。
「場」という力の意識
おおよその配置図はこちらをみていただければと思います。
やはり他の行政施設と比較してしまうが「ここは何のスペース?」といういわゆるデッドスペースをよく見ます。図面上では、各スペースの役割は決まっているのでしょうからデッドなスペースではないのでしょうが、運用をしてみると「もったいない」空間というのは出てくるものです。家にももったいない空間がありませんか。
文化創造館は県立の美術館であったものをリノベしたものですから、文化創造館向けの最適空間を作ったわけではなく、あるものを再利用したにすぎません。でもでも、死んだスペースがないのです。どのスペースにも役割があり、人の気持ちを載せることができるのです。それが、場所全体を血の通った場に感じさせるのです。それはなんか「温かい」を作り出します。そんな場に人は心地よさを感じるのだと思います。
何でもありの意志
アートシーンに精通した方が「秋田」と聞くと、藤浩志という美術家を思い浮かべるかと思います。文化創造館の指定管理者は「NPO法人アーツセンターあきた」です。その法人は秋田公立美術大学とのつながりでできており、理事長は藤浩志さんです。藤さんと言えば「かえっこ」が有名です。使われなくなったおもちゃを疑似通貨を交えながら交換するものです。藤さんは若いころパプアニューギニアで活動をしていました。
「ヤセ犬」にしても、「かえっこ」にしても、価値のなさそうなものが、場やきっかけを与えられることで価値を持つ。そんな見方を感じてしまう。その価値が与えれる環境をどのように作るのか、それが文化創造館にも感じられる。もともと価値のあるものを外部から持ち込むのではなく、文化創造館に入ってきたものが、価値を持つ感じ。
だから、どんなものでも受け入れる。その価値がなんであるのか、持ち込んだ人たちと一緒に考える場が「文化創造館」であるのではないかと。
まとめ
文化創造館訪問を振り返りながら、そんなことを学んだのかなと思っています。520㎡に100名以上の市民(イベントをする人、イベントに参加する人、飲食する人、買い物する人、勉強する学生など)が集っている足元にはそれがあるのかなと。
よい活動だからといって、活動を真似してもうまくいかないというのは、まちづくり業界では常識です。しかし、いいなと思う活動に宿る考え方を真似ることは大切だと思っています。振り返ってきたことは考え方や姿勢です。これらを参考にさせてもらいながら、自分の住むまちに良い場を作っていこうと思います。