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映画「竜とそばかすの姫」を読み解く 前編 ―語り得ぬものの秘密を分かち合うこと―

まきたまきが僕とは独立に書いたレビューも併せてお読みください。
https://note.com/helixmakimaki/n/ncc1f2db0f3ba
https://note.com/helixmakimaki/n/nf492573c7cbb
https://note.com/helixmakimaki/n/na6ad28a2a5af

細田守監督の最新作『竜とそばかすの姫』についてです。

この作品については、DVDや配信ではなく、映画館で観ることをオススメいたします。映像と音響の美しさは特筆に値するもので、その全体経験は映画館でしか得られないないものです。

ただ、誰もが絶賛する映像・音楽に比べて、ストーリーを評価する人が少ないのも事実です。いくつかのレビューサイトを見ると、とりわけ「後半の展開が強引で、シナリオの粗が目立つ」といった評価が目立ちます。

確かに、後半の主要な登場人物たちの行動は、常識からかけ離れたものです。

私もこの「腑に落ちなさ」について、言葉に出来ない違和感を抱えながら、しばらく沈思黙考していました。24時間経ったとき、<U>において竜とベルの二人が何を分かち合ったのかという謎が、突然氷解したのです。そのとき私は溢れだす涙を抑えることができませんでした。

そのときから、一見理不尽に思える登場人物の行動も、さらには隠された物語の構造も見えてきました。

作品についての理解が深まるにつれて、「竜とそばかすの姫」は、驚嘆すべき作品であるという思いを、日に日に私は強くしています。しかし、一見では理解しがたい作品であることもまた事実です。

この物語の難解さは、おそらくは意図されたものです。しかし、理解の向こう岸にたどり着けずに引き返す観客があまりに多いのも、個人的には残念なところです。

そこであえて私は、この物語と観客の間の渡し船となってみようと思います。

以下、ネタバレにもなりますが、興味があるかたは読んでみてください。

※以下ネタバレ 3人の能力者とそれぞれの武器

「竜とそばかすの姫」は、インターネット上の仮想世界<U>における3人の傑出した能力者、ベル・竜・ジャスティンの物語です。

竜は、<U>において、戦闘能力において誰も敵わない、いわば絶対強者です。彼は、その圧倒的な身体能力と、凶暴なまでの闘争心を武器にしています。

ジャスティンの戦闘能力は非常に高いが、竜には及びません。しかし、彼は、現実世界における人格(オリジン)を暴き出す特殊能力<アンヴェイル>を所持しています。

ベルには、彼らのような戦闘能力はありません。ただ、誰もが「自分だけのために歌ってくれている」と感じさせる、特別な「声」を持っています。

結論を先取りすれば、物語の前半では、この3人がUの中で、それぞれの武器をもって対峙します。その中で、ベルが自ら<アンヴェイル>することによって、<U>が現実世界とリンクします。物語の後半では、その同じ3人が現実世界で対峙する。

これが、「竜とそばかすの姫」の基本的な構造です。

<U>における力の源泉

<U>における<As>は、現実世界の肉体・精神的能力をスキャンしたものです。各能力者のもつ力は、現実の人格<オリジン>に由来するものです。

鈴=ベルの場合、母が小さな女の子を助けようとして亡くなった出来事によって、歌うことができなくなります。歌おうとすると、激しい悲痛と怒りの発作に襲われ、声が出なくなる。その強い感情に10年以上も苦しみ続けているのです。

その鈴が<U>の中で、美しいそばかす姫・ベルという<As>になったとき、自然に歌声が出てきました。それは潜在的には、鈴が母の死を受容しつつあることを意味しています。そうして産まれたベルの声は、同じ喪失感を抱えた他の人の魂に響いたのです。

竜の弟であるエンジェルはベルが<U>に誕生した時の最初のフォロワーでした。彼もまた、ベルの哀しみをたたえた声に感応したのです。そして、ベルが竜の居所を探していたとき、隠された城へと招き入れたのです。

ともあれ傑出した能力者である竜・ジャスティンもまた、何かしらの力の源泉があるはずですが、そこについても留意しながら解説を続けます。

秘密の薔薇の場面、おさらい

ここからが、物語の核心部分です。

城の中心部分でベルが見たもの、それはたくさんの薔薇が捧げられた巨大な祭壇でした。しかし、竜は激昂し、ベルは城から追い出されるのでした。

鈴は、竜のために歌を作り、再び城を訪問します。そして、竜が突然苦しみだし、背中のアザが増えていく不思議な光景を目撃しました。

再び城を追われたベルですが、ジャスティンたちに捕らえられそうになるところを、竜に助けられます。その後、城の上で、ベルは「あなたのことが前より少しわかった気がする、本当に傷ついているのはここね」と、そっと胸に手を当てます。そのとき、竜は驚いたような、安堵したような、不思議な表情を行いました。

そしてベルは、自分の創った歌を竜に捧げます。

一人にして欲しいと あなたは突き放すけれど
本当は胸の中にあるものを 覗かれたくないのでしょう?

怒り 恐れ 悲しみ
抱えきれぬ夜
でも口にできない

聞かせて 隠そうとするあなたの声を
見せて 隠れてしまうあなたの心

2人は手を取り合ってダンスをし、エンジェルが2人の左胸に「秘密の薔薇」を付けるのでした。

現実世界で鈴は、分かち合った秘密を親友であるヒロにも語りませんでした。竜の正体探しに依然として強い関心をもつヒロに、誰にでも秘密はある、ほっといてあげようよと一転してそっけないそぶりを見せるようになりました。

竜とベルは何を分かち合ったのか、あるいは秘密の薔薇は何を象徴しているのか

竜とベルは、「言葉にできない秘密」を分かち合いました。

その「秘密」は、私たち観客に対して、明示的に語られることはありません。この場面を多くの評者は、単なる「美女と野獣」のオマージュとみなしています。しかし、そのようにして分かった気になった人は、後半の物語の展開が意味不明なものに映ったようです。

竜とベルの2人は、いったいどのような秘密を分かち合ったのでしょうか?言い換えれば、「秘密の薔薇」は一体何を象徴しているのでしょうか?

そもそも薔薇はエンジェルが育てたものであり、城の本体である祭壇に捧げられたものです。そこで飾られている写真は女性であり、薔薇の奥には大きな墓標があることから、彼女が亡くなっていることがわかります。

また、その祭壇に捧げられた夥しい薔薇の数から、竜とエンジェルの哀悼の深さがわかります。写真が顔を中心に割られていることからは、その悲しみの深さとうらはらの、竜の彼女に対する怒りが見出されます。

この女性は誰なのでしょうか。

亡くなった女性は母親です。

ケイ・トモの兄弟が母親を亡くしているという事実は、現実世界において薔薇が捧げられた写真立てからわかります。また一瞬映ったインタビューにおいて、虚ろな目をしたケイ・トモとともに、父親が「3人で前向きに生きていく」というようなことを明るく語っていることからも、疑いありません。

竜は、現実世界では父親に虐待されています。そしてその暴力の対象は、ケイ・トモだけではなく、母の表象―花瓶・写真―にも向けられているのでした。

現実世界で母への哀悼を許されないケイとトモは、<U>の中に巨大な祭壇を築いたのです。これが、竜とエンジェル2人の「秘密」なのです。

ベルもまた、そのことに直観的に気づきました。ベルは竜と踊りキスを迫りますが、竜の甘えるような怯えるような表情を観て、彼女は竜に寄り添うようにただ抱きしめるのでした。その時、竜が求めているのは―あるいは喪われた相手が―恋人ではないことを悟ったのでしょう。

竜のオリジンに具体的にどのような出来事があったのか、ベルは(観客同様)知りません。ただ彼女は、竜の痛みを感じ、受け入れ、抱きしめたのです。

なぜ、ベルだけが、竜の痛みを感じ、秘密を分かち合うことができたのでしょうか。

ベル=鈴もまた、母を亡くしています。それも、見ず知らずの子を助けようとして、自分を置き去りにして逝ってしまったのです。鈴はその事実を10年経っても受け入れることができずに、怒り、悲しみ、もがき続けています。

母さんは なぜ私を置いて 川に入ったのか?
なぜ私と生きるより 名前も知らない子を
助けることを選んだのか?
なぜ私はひとりぼっちなのか―
なぜ― なぜ―

ケイも、おそらくは単に母の死を悲しんでいるだけではありません。彼女に対する怒りは、割られた写真立ての表象にも表われています。また鈴に見せた「大人は何もしてくれない」という激越な感情の裏には、おそらく母親に対する激しい怒りもあるのでしょう。ケイもまた、「母親に見捨てられた」という深い傷を負ったのです。そのベルと分かちあった悲しみと怒りこそ、「秘密の薔薇」の意味するものなのです。

そしておそらくは、竜の心の傷は、<U>における比類なき強さと破壊衝動の源泉でもあるのです。

続きはこちらです。


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