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溜め息

1

溜め息というものの正体を、どうやって書き表すことができるのか。
音で書くだけなら、すぐにできる「ハァ」もあれば「アァ」もあるだろう。あるいは「……」もあるかもしれない。
だけどそれでは溜め息そのものを、伝えることができない。
伝えたい溜め息に含まれている成分はなんだろうか。
溜め息というのは一瞬で、あっという間につかめなくなってしまう。吐いた本人でさえも、なんだったかわからなくなってしまう。言葉よりもすぐ空気に溶けて言ってしまう。
アァ、これをどう表せば……
という溜め息。


2
楽しいことはすぐに終わってしまう。
だけどこのひとときはなくならないのだ。
なんて美しい。
あぁ
という溜め息。


3

僕はもう外に出たくない。
昨日の昼に学校で、階段の上から下まで転げ落ちた。
誰もいなかった。
誰もいなかった。
誰もいなかったんだ。

……

という溜め息。


4

ミノトコルナニムデンシカツイハキテクモノレワレワ
ニママイナラシモレダカノルキイゼナバラナ
ルイテキイテッカムニシ
ウロタキアモニバトコサカサ
イサナリムネウモアサ

イサナリムネクヤハ
ァハ
キイメタウイト


5
私の恋人は魔法が使える。
何かのコードを何かに繋げて、弦を爪弾き、足でボタンを踏んでいたり、何をしているのかわからないけれど、さっきまで何もなかったところに世界が生まれる。
いつまでも聴いていたい。
あぁ
という溜め息。


6
とても暑くて死にそう。
8月の家の中。
どこかに連れ出して欲しい。
息苦しい。
はぁ。
という溜め息


7
私の背中には翼が育っている。
幼い頃からその兆候はあった。
まだひよこのよりも小さいくらいの翼の芽のようなものが、パタパタと動くのを感じた。
次第に翼はその存在感を増した。普段はセキセイインコの翼ほどの大きさだったが、外からの攻撃や、何かの衝撃が私を襲いそうになる時、体よりももっと大きくなり、私を包んで守ってくれた。

奇妙なことに、それは最近突然大きくなったまま戻らなくなった。重たくて、どうしても歩けない日もある。一日中ベッドの上から動けないことも。
私はこれを抜いてしまわなくてはいけない。だけど、抜くことができない。
翼があればどこにでも飛んでいくことができる。私はいつか、飛んで行きたかった。
でも、飛んではいけないのだ。
私は翼あるものとしての人生と訣別し、地面を踏み締めて生きてゆかねばならないと思ったのだ。
今夜、溜め息を吐きながら私はこの翼を抜いてしまう。
この溜め息一つで、全てを終わらせるのだ。
3.2.1

フゥ……

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