『マリモ汁』って知ってますか?
それは私が小学生の頃の話です。
私が通っていた小学校は市立でしたが給食センターから運ばれてくるのではなく学内で調理されており、いつも熱々の給食を食べることができました。
ある日のこと、献立表に見慣れぬ料理が載っています。
『マリモ汁』
???
何これ?
先生からの説明では、「市内の小学校合同で郷土料理を給食のメニューに入れる」という初めての試みとのこと。
いつもは学校ごとにバラバラのメニューでしたが、その郷土料理の日だけは皆一緒のメニューになるというなんとも壮大な計画です。
とは言え、小学生の私にとってはそんなことどうでもよく、「へぇー」と聞き流していました。
そして運命の日。
『マリモ汁』とは一体どんな料理なのか。
クラスの皆がそわそわしている中、給食当番によって厳かに運ばれきたステンレス製の寸胴。
自然と寸胴の周りに人だかりができ、ドキドキワクワクな開封の瞬間です。
カパッ、
・・・
何…これ…
ザワザワザワザワ
え、これ食べれるの? というか食べていいの?
ザワザワザワザワ
TVで見たマリモそのものなんだけど。本物?
寸胴の中はだいたいこんな光景でした。
今までに見たことのない緑一色の世界。実際はもっと黒よりの緑でした。
配膳を終え、いただきますの号令がかかりいざ実食。
お皿に盛られた深緑色の何か。
見た目は完全にどぶ川のそれです。本能が食べることを拒否しています。
しかしその時の先生が厳しい人で給食を残すことは絶対に許されず、食べ終わるまで休み時間だろうが次の授業だろうが延々と食べさせられていました。今だったら虐待扱いで確実に処分されますね。
なので食べきる以外の選択肢はありません。
パクッ
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
うん、不味い。
なんていうかとても不味い。
教室中から、いや学校中から聞こえてくる「まじぃぃぃっ!」という叫び声。
数十年前のことなのでさすがに具体的な味は覚えていませんが不味いと感じたことだけは記憶にあります。
一口、二口、三……いや無理。
周りを見ても一向にスプーンが進んでいません。
クラス全員居残りもあるぞと思った時、やおら先生が立ち上がり、
「今回は特別に残して良し」
その瞬間教室が震えるほどの大喝采。
我先にと寸動に殺到し返却される『マリモ汁』。
ほぼ運ばれてきた状態に戻ってました。
恐るべし『マリモ汁』、お残し絶対許さないマンの先生すら屈服させるとは。
その後、郷土料理シリーズは二・三品続いたのちに打ち切りとなりました。
初戦の『マリモ汁』が強烈すぎたせいか、他のメニューがイマイチ思い出せませんがたぶん普通の料理だったのでしょう。
そして現在に至るまで、思い出すたびに『マリモ汁』のことを尋ねているのですが今のところ知っている人に会ったことがありません。
あ、もちろん同時代の地元民は除きます。
そんな思い出の『マリモ汁』、怖いもの見たさで、いや食べたさで近場に食べられる場所はないものかと検索してみたら驚くべき事実が判明しました。
そんな料理は存在しない。
え? じゃあ私が遭遇したものは一体……
正確には一件だけあったのですが全く違うものでした。
あら美味しそう。全然緑じゃない。
こちらは2007年に福島の「JAまつり2007」で提供された「まりも汁」だそうです。
幼き日に遭遇した深緑の『マリモ汁』。
郷土料理という建前の創作料理だったのでしょうか。
私を含めたあの時の学生たちはみんな騙されていた?
永遠のミステリーかもしれません。