中上健次「岬」(76年芥川賞受賞作)

 中上健次著「岬」2013年4月13日 読書会当番  石野夏実     
       ※今から11年半ほど前の同人誌の読書会発表記録です
<まとめ>
今月の読書会は、春の嵐により当初の予定日が1週間順延されたため参加者は7名と少なかった。
この作品は76年の芥川賞受賞作品であるが、中上にとっては4度目の芥川賞候補作品であった。
「岬」は「枯木灘」(1977年)と「地上の果て至上の時」(1983年)と共に秋幸(主人公の名前)サーガ3部作といわれており、その最初の作品である。分量的には、Sさんがページ数を提示されたが、「岬」は他の2作に比べ圧倒的に少ない。※サーガ=一族の歴史を描いた叙事詩、物語。

「岬」は秋幸と姉、母、親戚、そして実父の存在=複雑に絡み合う血族関係を、この一群れの集団の日常生活を描く中で浮き上がらせていく。
現代の作家の中では、西村賢太が中上の文学に近いのではないかと複数の参加者から感想が出た。肉体労働者の視点から描かれる文学として、西村賢太はその係累であろう。風貌も少し似ている気がした。

46歳の若さで亡くなった中上ではあるが生きていれば今年は67歳。
その3歳年上には丸山健二、その3歳下には村上春樹がいて両者ともその創作意欲は衰えを知らない。
中上が生きていれば、どのように今の時代と向き合ったのかと思うと残念でならない。
今回は2度目の読書当番ということで、前回の丸山健二に続き二人目の「けんじ」 である中上健次の「岬」を取り上げたが、三部作の他の2作をきちんと読了していない私は、中上文学の入り口に立ったばかりである。
 
<プロフィール>   
 1946年、和歌山市新宮市生まれ。
和歌山県立新宮高校を卒業と同時に上京。
同人誌「文芸首都」で執筆活動を開始し、1976年「岬」で第74回芥川賞を受賞。戦後生まれ初の受賞者となる。
長編小説「枯木灘(かれきなだ)」で1977年、第31回毎日出版文化賞受賞。
翌年、同作品で第28回芸術選奨文部大臣賞新人賞受賞。
他に「地の果て 至上の時」「日輪の翼」「賛歌」「千年の愉楽」「奇跡」「異族」などの長編小説に加え、「化粧」「水の女」「熊野集」「重力の都」など数多くの短編小説集、紀伊半島のルポルタージュ「紀州~木の国根の国物語」や脚本など。

被差別部落の出身であり、部落のことを「路地」と表現する。
羽田空港などで肉体労働に従事したのち、執筆に専念したといわれているが、柄谷行人のものを読むと親には大学に行っているふりをしていたらしいので、金銭的な苦労はそれほどなかったかもしれない。新宿の暗いジャズ喫茶でジャズにのめり込んだ若者であった時代だと思う。
初期は大江健三郎のような当時の新進作家から文体的な影響を受けた。
若い頃からの友人である柄谷行人(新潮文庫「地の果て 至上の時」の巻末解説を書いている)から薦められたウイリアム・フォークナーの影響で先鋭的かつ土俗的な方法論を確立したという。
紀州熊野を舞台にした数々の小説を書き、ひとつの血族と「路地」の中の共同体を中心にした「紀州熊野サーガ」と呼ばれる独特の土着的な作品世界を作り上げた。
1992年、腎臓がんの悪化により46歳の若さで亡くなった。

<芥川賞「岬」選考委員評>

◎22 吉行淳之介  
「人間関係が複雑をきわめているので、二度読んだ。」「読者はふつう親切ではないので、途中で放棄される可能性のある書き方である。」「終りの数頁をとくに評価する。」「欠点も眼についたが、未知数の魅力とエネルギーに満ちていて、芥川賞の作品にふさわしい。」

◎13 丹羽文雄 
「かねてから私は、この作者に属目していた。今度の作品にも、欠点はある。」「が、それらの非難を押えつけるほどこの作品からうける印象は強烈である。母親がよく描かれていた。この母親によって賞をうけたようなものである。」「作者は現実に体当りをして書いている。短いセンテンスは、一種さわやかな感じをあたえる。」

□4 井上靖
「新進気鋭な作家としてのエネルギーが感じられる。」「ただこの作品に於ては、人間関係をのみこむのに、多少難渋した。」

〇12 永井龍男
「登場人物の親戚、姻戚関係が錯雑していて、それを呑み込むまで骨が折れた。」「この作者は、一群れの人間を浮出させるのに、すぐれた筆力を持っている。前の候補作「浄徳寺ツアー」でそう思ったことを、今度もあらためて感じた。」

 ●5  瀧井幸作
「人物がゴチャゴチャして、描写も何もない、わけのわからんものと私は見た。これよりもまだ、前回の候補作「浄徳寺ツアー」には、団体旅行の猥雑味が描いてあったと思った。」

□14 中村光男
「僕としては、本来なら授賞作なし、だがもし強いて選ぶなら中上氏、という考えで出席しました。」「氏はいくども候補にあがり、充分力倆をみとめられた新人ですが、今度の「岬」はそれらにくらべても出来のよい作品とは云えません。」「独自な小説世界を持つのは、ひとつの才能といえるので、これに賞を与えることは、一種の冒険ではあっても、やりがいのある冒険です。」

△3 安岡章太郎
「おそろしく読み難い。しかし粘着力のある筆致。旺盛な筆力がある。ただし、最後の場面は文体が浮き上り、全体を安っぽくしている。」

※選考委員の先生方も、二度読みしたり難渋したり骨が折れたㇼ、恐ろしく読み難いと書いているように、登場人物の親戚や痕跡関係が複雑で、私も最初は振り回された感があったが、途中からそれぞれのキャラも落ち着いて把握できるようになった。

<感想>
前回は丸山健二の「夏の終わり」を取り上げ、今回は戦後生まれで3歳年上の中上健次の「岬」を読書本に選びました。
丸山の文学は、芸術としての文学の峰を目指す姿勢から、難解な言葉を駆使し実験的な手法に挑戦する文学。
一方、中上の文学は、書いても書いても書き足りない己の存在への拘りの文学であると思った。
「岬」のテーマは何であろうか。「血」であり「地」であると思う。
血縁の「血」と生まれ育った「地」をこれほどまでに数多くの小説として書き上げ残した作家は、おそらく日本にはいなかったであろう。
激しく書いて激しく生きた、今でも団塊世代の代表として唯一無二の小説家であると思う。


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