是枝裕和監督「怪物」(2023年)

    2023年6月公開是枝裕和監督「怪物」感想
               2023.6.8 石野夏実
 
 カンヌ映画祭の脚本賞をTVドラマ脚本家で有名な坂元裕二氏が映画「怪物」で受賞というニュースが流れたのが、少し前。
前評判の高かった作品賞も監督賞も俳優たちの受賞もなかった。
主役の少年ふたり、母親役の安藤サクラと担任役の永山瑛太は最高のキャスティングであった。
賞レースの話題などは、映画の宣伝には一番効果的なのであろう。タイムリーな公開スケジュールであると思う。
企画の段階からの歳月も長く、制作費もかなり投入された映画の完成であったと思われる。
※これを書いている6月7日時点で映画のTVCMが流れている。
 
面白かったかと聞かれれば、イエスで☆3.8くらいから☆4まで。
よく出来た=作り込んだ話であるが、最初は題名がよくないと思った。
理由は「怪物」という名詞だけをポンと出されているので、結局映画を観ながらずっと題名を引きずってしまうからだ。誰が怪物?何が怪物?と。
 
無責任な噂やちょっとした嘘も、人から人へ伝わる中で得体のしれない怪物のように大きくなっていく。虚実混交の情報社会では、話題は巨大化し怪物化する。
得体の知れなさでいえば個人が持つ誰にも見せないもう一人の自分、これもまた内なる怪物か。
 
安藤サクラ=シングルマザーの母親が、大事なひとり息子(湊)が担任からモラハラを受けたり暴力を振るわれたりしたと、学校にへ校長相手に談判に行く。
騒ぎすぎているわけでもない。
これくらい訴えていかないと無いことにされてしまう、と感じているからだろう。ただし、すべて愛する息子からの一方的な話を信じていることから始まっている。
 
次に担任(瑛太)について、初登場の場面の担任は落ち着きもなく学校側親側からみても謙虚さが足りないような態度であったが、自分に非はないと思っていたからであろう。
行きつ戻りつの場面展開がやや複雑に画面に映し出されるため、混乱する観客もいると思う。
後半になるにつれ、実際は真面目で目も行き届く担任教師の姿が映し出されていく。ただし、トイレに閉じ込められたいじめのように目の前で起きたことでしか判断できないのは、誤解を招くこともある。すぐに子どもの話を聞くべきだ。判断は、それからでいい。
 
この映画は、物事を一方的にとらえると予期せぬ方向に行ってしまうことがあることを、学校での生徒と先生の関係の中で浮き上がらせていく。
 
(教育現場での事なかれ主義は、子どもが自殺して初めて問題の大きさが表面化する。犠牲者が出てからしか、TVや新聞の報道は伝えられない。
学校から何か問題が起きていると進行形で教育委員会に報告が上がってくるはずもなく、悲劇が起きた過去形でしか知らされないニュースの受け手の我々は、教育現場の閉鎖性に毎回絶望的になってしまう。この映画では自殺者はいない。)
 
 
学校に、校長に、担任に、話をしに行く母親の強さと説得力は、容赦はしないとの凄みがある。
私は母親として立場は同じなので、のらりくらりの話がかみ合わない学校側とは相容れないが、この母親からの息子への距離感がなさすぎるのでは、と少々感じた。
夫を亡くしひとり息子が人生の全てだからであろうが、子どもは自分を守るために一番身近な親にも嘘をつくことがある。盲信と信頼・愛情は違うと思う。しかし実際は難しい、親が一番騙しやすいのも確かだ。
 
不要な登場人物は、担任の先生の恋人(高畑充希)の役どころであると思った。
この作品だけでなく、2時間ほどで出来ている映画に無駄な配役は不要である。担任の日常と問題が起きた時の恋人の様子を描きたかったのであろうが、担任へのマスコミのインタビュー場面だけで十分ではないだろうか。
あれもこれも入れていくと時間が足りなくなる。
恋人が去る後ろ姿だけで十分だ。
 
湊のクラスでいじめられている男のコ(依里)は体も小さく教科書の読みもすらすらとは出来なさそうであるが、秘密基地=廃電車の遊び場や野原に咲く花の名前をよく知っているし生活力はありそうだ。この子は母親がいなくて、父親(中村獅童)に暴言やDVを受けている。屈託なく明るくふるまっているが、心の闇は深い。死んだ猫を火葬しようと枯葉にライターで火をつけ燃え上っても平気なのだ。湊は怖くなり慌てて水をかけ消火した。
 
このふたりが遊ぶ秘密基地の廃電車は、とてもよく出来ていて実物かと思ったがセットであったようだ。
ただし、秘密基地としては「スタンド・バイ・ミー」の木の上の小屋や「そのときは彼によろしく」では廃バスなどが使われているので、敢えて廃電車にしたのかとも感じた。
またポリ袋が風に舞う場面が瞬間出ていたが、以前「映画の会」の定で取り上げられた「アメリカン・ビューティー」の場面を一瞬ではあるが思い出させた。
もう一つ、湊は母親の車に乗せられ動き出した時、故意にドアを開け転げ落ちた。この場面は韓流ドラマで観たことがある。
という具合に、3カ所ほど気になる場面があった。もう少し独自性が欲しい。
 
ラスト、ふたりの男のコは大雨のため山崩れ土砂災害の危険がある立ち入り禁止になって規制されている秘密基地に出かけ、廃線トンネルの先にある廃電車の中で楽しく遊んで夜を過ごしていた。母親と担任は、必死にふたりを探す。
土砂は廃電車の上にのしかかり、水が溢れた。。。
 
ふたりの男のコが廃電車から脱出し楽しそうに野原を走る場面でエンディング。

バックに流れる坂本龍一のピアノ(遺作となった)も澄んだ音色で美しい調べ。重苦しさはなく軽やかでもなく。。
映画との違和感はなくエンディング曲に相応しかった。
しかし最後のこの場面、本当にふたりは助かったのだろうか、それとも非現実か。
どちらにもとれそうなのである。
母親や担任に助けられた場面は出てこなかった。全てから解放されてジ・エンドなのか。
TVで流れる映画宣伝のCMのナレーション「感動のラスト!」、これこそ?怪物CMか。
映画の初っ端に流れる雑居ビルの火事場面が怖い。「かいぶつ だーあれだ!」 
 
 ふたりの関係はBLであった。
5年生で愛する相手を見つけ、何十年も共に生きられる人生もきっとあるはずだ。
映画を観終わって家に着いてからも、若くして本当にこの人(このコ)とずっと一緒に生きていきたいと思える相手に巡り会えたのなら、それも最高に幸せな人生と、大きく頷ける結論が出た。
この少年たちのその後を、続編で撮ってほしい。その後も社会人になるまでを続々編で撮ってほしい。第3部、25歳くらいまでが知りたい。
俳優は交代しても、その年齢に相応しいコたちがいると思う。
それが11歳のBL映画を撮った監督の責務かと思った。
 
※この映画を観て、50年後の人生まで考える必要はないのであるが。。
異性よりも同性の方が本人を理解してくれると思うので、同性愛者はますます増えると思う。
異性の恋人や伴侶は理解しようと努力してくれても、おそらく同性のようには理解できないであろう。ミステリアスがいいと思えば、これはこれで良いということになる。

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