ウォン・カーウァイの香港映画⑨「2046」(2004年)
2023年8月 石野夏実
先ずは、メイキングのインタビューから紹介したい。
前述2000年公開の「花様年華」の続編であるといわれているが、監督によれば続編ではないとのことだった。
監督は「続編とは1作目のストーリーの続きを描くものだ。もし続編ならマギーとトニーの関係がどうなったかという話になる。『2046』と『花様年華』はつながりはあるもののストーリー的には別のものだ。過去とどう向き合うかという話だ。『花様年華』のチャウは1963年にいたが『2046』では、2~3年後の話になる。
なぜ彼が変わったのか、何があったのか、この映画は彼が変わった要因を描いた作品なんだ」と述べている。
以下DVD特典ディスクに加えられているトニーと監督のインタビューを書き起こしてみた。
トニー「『花様年華』のチャウは、とても思いやりのある人物だ。今回の『2046』での彼は、暗い性格でとても下劣な人間なんだ」
監督「彼は2047号室に住むことになり隣が2046号室。彼は隣の部屋に住みたかった。同じ番号の部屋で、昔忘れえぬ恋をしたからだ。彼にとって生涯忘れられない恋をした場所だったんだ。その恋を取り戻したかった。彼はこの恋をずっと忘れずにいたんだ。新しい恋をしても過去を引きずり、いつもうまくいかない」
トニー「過去を忘れ新たな出発をしたい、そう思っている。彼自身も努力してるんだ。でも努力すればするほど過去に引き戻される。とても悲しいラブストーリーだ。この男性はずっと過去にとらわれてきた」
〈インタビュー途中のここで映画シーンの挿入=過去は捨てられない。小説のように誰もが『2046』から離れられない。唯一の方法は過去が去ること〉
トニーへのインタビューは、この「2046」に限らず他のDVDにも入っていて、その映画の役への彼の姿勢や考え方を率直に伝えている。
このDVDのインタビューでトニーの役への入り方と監督のトニー観は俳優の役への取り組み方を示唆するものとして名優の条件のような気がした。
監督「そんなに難しく考えなくていい。大したことじゃあない。目で表現すればいいんだ」
トニー「初日に監督が『もう一度チャウ役を頼む。新たな役作りで』と言ったんだ。『花様年華』とは全然違うイメージにしろと。僕には難しいことだったよ。役が体に染み込んでいたから、彼の動きやリズム、話し方も身に着いていた。服を着て髪を整えるだけで役になりきれた。
そこで『ヒゲをつける』と。
でも監督は『それでは彼のインパクトが薄れる』という。
『外見は変えずにイメージを変えてほしい』と。
だけど演じる僕には困難な要求だったんだ。前回と今回の役が違うということを自分に思い込ませるのは難しい。それで『ヒゲを』と」
監督「トニーは役作りをする上で外見から入るタイプだ。まず外見を作り込んで役になりきる。この人物のイメージを変えるためにはトニーにはヒゲが必要なんだと理解できた。差し支えないから了解したよ」
共演のフェイ・ウォンは、「恋する惑星」の後半ストーリーの主役でトニーと共演し、主題歌「夢中人」が大ヒットした歌手。
今回の映画ではトニーの住まいの支配人の長女役。そしてタイムマシントレインの中ではアンドロイド役だ。
フェイ「トニーの演技はパーフェクトよ。彼は何の準備もなくすぐ役になりきれる、素晴らしい役者だわ」
監督「この2046年という世界はすべて架空のもので、それらはすべてチャウ(トニー)の小説によって作られる。彼はSFを書こうと決める。小説には彼の日常が盛り込まれる。彼の周りの人や出来事などだ。現状に不満を持ち、変えたいと思っていて理想を小説に描く。木村拓哉が扮する人物(タク)とチャウは一度しか会っていない。チャウにとって彼は自分の理想だ。自分を未来の彼に投影している」
カリーナ・ラウは、「欲望の翼」のミミ役、「2046」でもミミという名で始まりの場面で登場。
カリーナ「監督が私の役についてこう言ったわ。
『欲望の翼』で演じたミミの役『その続きのようなものだ』と。
6年後に彼女はある男と知り合い昔のような恋愛を繰り返す。ヨディ(レスリー・チャン扮する『欲望の翼』の主人公)に対するものと同じ思いを新しい男にもぶつけてしまう。そして結局は昔と同じように男との恋は成就できないの。
その一方で彼女を想い続ける一人の男がいる。『欲望の翼』にも同じような役(ジャッキー・チュン)があったけど『2046』ではチャン・チェンが演じたわ」
チャン・チェンは「ブエノスアイレス」でトニーが恋人レスリーから離れるきっかけとなった青年役。「ブエノスアイレス」自体はこの映画のストーリーには全く関係がないが、おそらく監督が気に入った俳優だったのでこの映画に出演か。
チャン「2つの役があった。ひとつはミミを愛するドラマー、もうひとつはアンドロイド。ロボットのような動きなのかそれとも人間らしい動きなのかイメージがつかめなかった。
この撮影で感じたことがある。監督は『半分の速度で動け』と『いつもの半分の速さで演じろ』と言った。そこで気付いたことは、速度は人それぞれということだ」
監督「とてもうれしい誤算があった。トニーがこの作品の『核』」になっているが、コン・リー(1965~)、チャン・ツィイー(1979~)、フェイ・ウォン、カリーナ、マギーなど、観客は何人もの女優陣に目を奪われるだろうと思った。
だが(トニーは)シーンごとに違う姿を見せ、彼は観客をとりこにした。
この映画は彼の代表作になるに違いない。彼は一人の役者として豪華な女優陣に囲まれながら、これだけの演技ができるんだ。強烈な存在感を放つ彼にパワーを感じたよ」
ツィイーはウォン・カーウァイ監督作品に初出演で2046号室に暮らす娼婦役で登場している。
ツィイー「トニーは謙虚で実力のある俳優です。彼には多くのことを学びました。私が演じるのは娼婦ですが、彼を本当に好きになる役です。愛情に満ちた女性です。彼と一緒の時だけ彼女は本当の自分を出せるんです。でもほかの人と一緒だと別人になる。本心で付き合えるのは彼とだけ。彼は理性的で自分だけの殻に閉じこもっている。彼は女性が好きなだけ、私という女性と付き合うだけでそれ以上を望まない。今回の演技では全身でかなしみを感じました。今までこのような感覚はありませんでした。本当に震えたんです」
監督「彼女は役に入り込むタイプだ。とても若く、素質もある。最初からこの役は彼女が適役だと思ってた」
ツィイー「毎日6時間も衣装(チャイナドレス)と化粧にかかった。すごくつらい6時間でした。髪のセットもつらいし化粧もアイラインとかすごく時間がかかってメイクさんはこの役の外見を作り上げてくれました。こんなに変われるんだと気付かせてくれたんです。メークと髪を整えてもらいドレスも着せてもらったので役になりきれました。本来の自分まで変わった気がしたんです。スタッフには感謝しています。すごいと思います。(室内の道具類にカメラがゆっくり回る)すべての道具類は美術のスタッフが懸命に作ったもので、年代物もあって歴史を垣間見ることもできます」
監督「本当は香港の返還前に撮りたかった。『返還後50年は不変』と言われている。(※今の現状を監督はとても悲しんでいるだろうと思う)だから返還約50年後の2046年を舞台にラブストーリーを作りたいと思った。人間というものは誰かを好きになると相手の心変わりを不安に思う。だからこの世に『不変』はないんだ」
「2046」は、ウオン・カーウァイ作品の集大成と言われている。
「欲望の翼」(1990)の最後に登場したギャンブラーのような伊達男が「花様年華」(2000)の新聞記者から数年後の遊び人で不良ライターに身を持ち崩したチャウとして「2046」に登場する。
彼を取り巻く女たちのひとりは「欲望の翼」で主人公のヨディ(レスリー・チャン)を追いかけてシンガポールにまで来てしまい、ヨディ亡き後も住み続けている元踊り子ミミ・ルル(カリーナ・ラウ)として登場する。
したがって「欲望の翼」と「花様年華」、この「2046」は1960年代の香港を舞台にした3部作(トリロジー)と監督も認め、その完結編のようでもあると「2046」パンフレットにも書かれている。同じ賃貸ホテルに越してきた2046号室の住人で高級娼婦のバイ・リン(チャン・ツィイー)、賃貸ホテルの支配人(オーナー)の娘のジンウェン(フェイ・ウォン)は、今回新たに創出された役どころである。
日本からはジンウェンの恋人役として、またチャウが香港返還50年後の近未来2046年のSF小説を書く中でのタイムトレインの乗客=主人公として木村拓哉(1972~)が共演している。
「恋する惑星」のボーイッシュで若くて可愛かったフェイ・ウォンは美しいアンドロイド役にぴったりだったし、ウォン・カーウァイ監督作品に初出演のコン・リー(「黄色い大地」「紅いコーリャン」「菊豆」「さらばわが愛ー覇王別姫など)は大女優の風格が出ていた。
チャン・ツィイーは「初恋のきた道」の主役で映画デビュー、その初々しさは忘れることができない。今回のDVDインタビュ―でも、可愛い笑顔でのはっきりした物言いは印象深かった。(※おそらくとても気が強いと思う)
ウォン・カーウァイ監督は、俳優が気に入ると何度も起用する。マギー・チャンが監督のミューズと言われる所以でもある。
チャン・ツィイーも2013年の監督作品「グランド・マスター」にも出演。これが今のところ最後の監督映画作品でトニーと共演してカンフーアクションをものした。ものすごい頑張り屋だと思う。
題名「2046」という数字は「花様年華」のトニーが、小説の執筆のためにマギーを誘い手助けしてもらうという名目で借りた、ふたりだけの秘密のホテルの部屋番号である。
新聞小説を読むのも読書も好きで、そつなく気が利く知的な役のマギーは、監督の好きなタイプなのであろう。
「2046」は1997年香港返還から50年後の数字であるとの意味が大きいと監督は公言している。
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