ウォン・カーウァイの香港映画⑦「ブエノスアイレス摂氏零度」(1999年)
2023年8月 石野夏実
この映画は97年に公開された「ブエノスアイレス」のメイキングを含むドキュメンタリー映画である。監督名は違うがカーウァイ監督自身も関わっており、本作とは裏表の関係である。したがって監督作品と同じ扱いにした。
アルゼンチンでの3週間のロケの予定が長引いたため、主役二人のうちのレスリー・チャンがコンサートツアーで香港に戻らなければならない時が来てしまった。
ストーリーの変更はもちろん、レスリー・チャンとトニー・レオンのふたりの恋愛話であるこの映画は、後半には台湾のチャン・チェンとトニーの話に変わっていってしまった。
そのため、しばらくレスリーとカーウァイの関係は悪化したそうである。
※2003年に自死したレスリー・チャンのウォン・カーウァイ監督作品出演はこれが最後となった。
「最終的には4か月の長期ロケになり、参加者ほとんどがクリスマスも正月も帰れずホームシックにかかった」と当初のシナリオではトニーの妻役だったシャーリー・クワンは言う。
台湾の有名歌手であるシャーリーは、本編「ブエノスアイレス」での登場が編集段階で全てカットされ、映画の出演者ではなくなったが、このドキュメンタリーの案内役のひとりとして登場している。
7パターンのストーリーを考え撮ったこの映画「ブエノスアイレス」は、最果ての異国の地で大勢のスタッフを引き連れ時間の壁にぶち当たった監督にしてみれば、難産の末に産まれた生涯で一番手のかかった映画であったと思う。
歳月を費やした作品は他にもあるが…
このドキュメンタリー映画は、公開されるまでのウォン・カーウァイ監督のインタビューや独白から、1本の映画が世に出るまでいかに手間(例えばロケ地を選ぶのにも徹底して拘る)と時間がかかるかを受け手(映画の観客である私たち)に伝える。
モノローグで監督は、(レスリーもトニーも入れて23人ほどの集合写真を流しながら)《スタッフの大多数は私のデビュー作からの付き合いだ。映画のクルーというのは「旅回りのサーカス団」に似ている。彼らが一緒ならどんな映画も作れる》と語っていた。