西村賢太著「暗渠の宿」(2007年野間文芸新人賞受賞作品)
西村賢太「暗渠の宿」(あんきょのやど) 読書会
2015年1月10日 担当 石野夏実
※同人誌の読書会の記録です。数字などは当時のままです。
※本日(24.12.7)この投稿をUPするため、参考に見直したWikipediaで亡くなられた時の様子とその後がまとめられていましたので、最後の章として引用させて頂きました。
<プロフィール>
西村賢太は1967年(昭和42年)生まれで東京都江戸川区春江町出身。現在47歳。
第一作は2003年(35歳)発表の「墓前生活」である。
以後、04年「けがれなき酒のへど」が「文学界」下半期同人雑誌優秀作、06年「どうで死ぬ身の一踊り」が、 第134回芥川賞および三島由紀夫賞候補、「一夜」が第32回川端康成文学賞候補となる。 07年「暗渠の宿」で第29回野間文芸新人賞受賞。08年「小銭をかぞえる」で第138回芥川賞候補、 09年「廃疾かかえて」が第35回川端賞候補。10年、「苦役列車」で第144回芥川賞を受賞した。
<案内>
氏は今年初めの東京新聞のインタビューで「書きたいネタに一生困らぬ自信がある」 「すべての雑誌に『いらない』と言われるまで徹底して私小説一本でいきます」と公言している。
作品群は文体も含め強烈な個性で支えられた私小説である。
氏は「藤澤清造」(明治22年~昭和7年)という精神に破綻をきたし昭和7年に芝公園で身元不明者として凍死した、 無名に近い私小説作家に自己を投影し固執している。
石川県七尾の清造の菩提寺に初めて墓参に行く様子から始まり、 新しい墓石が造られたゆえ、不要になり縁下に置かれた朽ちつつある木の墓標を預かり暮らす日々を「墓前生活」では書いた。
今回の読書会で取り上げる「暗渠の宿」は、清造のその墓標がガラスケースに収まり、 氏の収集や研究が進んでいる様子も書かれているので、「墓前生活」の続編とも呼べるものでもある。
しかし内容は、普段から女性にもてない主人公が、初めて年下の女性と同棲することになり、 ああでもないこうでもないとの賃貸住居探しから始まる私小説である。
DVを含め4ヶ月間の生活が生々しく書かれているのであるが、「暗渠」とはこの小説で何をさすのであろう。 考えれば考えるほど、わからなくなってくる西村ワールドであった。 個人的には、氏の作品の中で芥川賞受賞作「苦役列車」を一番評価する。
<同人評>
☆漢和辞典を引きながら読まなければならなかった。 私小説、妄想小説。2度3度読みたいとは思わないが自分には書けない小説であり読む価値はある。
☆面白かった。家族がしっかり書けている。自己暴露、自分のダメさ加減を脚色していない。 彼女は素直で明るい人物として描かれ好感が持てる。藤澤清造の墓標を大事にすることに自分の存在意義を見出している。
☆面白かった。性格は幼児性が際立っている。ありのままを描き何のテクニックも無い私小説。文体は擬古文である。 エネルギーを感じる。
☆精神が清潔。従来の私小説は主人公が弱々しいが、この小説は違う。社会のルールに乗らない居直りも突飛。
☆私小説という型を取りながらも露悪家。頭でわかっていても感情が抑えられない「血」や「業」を感じる。 クラシカルと現代の若者が共存しているユニークで得がたい小説家だ。
☆清造への一途な思いはわかるが好きにはなれない。作者には知識があり読みやすかった。
☆初めて読み驚いた。暗渠のイメージは、暗い、不潔、くさい、汚水などマイナス要因が浮かぶ。文体、内容共に賞狙いの作者の意図が丸見え。作者がなぜこれほどまでに清造にのめりこむのか、こっけいな気もする。
☆評価しない。エレファントマンなどの「見世物」のようだ。怖いもの見たさ、客が来るから商売が成り立つというような隙間産業の感じがする。露悪家であり人間として最低なことを吐き出している。言葉のクラシカルさの側面からはハッタリが垣間見える。清造に対しては、原理主義的、ピンポイント的で怖さを感じる。
☆面白かった。こっけい小説。こっけいの中に悲壮感、悲哀、幼児性、短気、暴力性がある。生きる糧が清造なので清造がいなければもはやこの世にいなかったかもしれないし、現代では生きてはいけない人かもしれない。常識とか正義で小説は読んではいけない。
<担当より~「暗渠の宿」を読書本にした理由と感想など>
過去3回の読書当番では、丸山健二、中上健次、重兼芳子の芥川賞受賞作を取り上げてきた。三者とも作品も生き方も考え方も各々に私の興味深い作家であり、発表の事前準備も楽しんですることができた。
今回の西村賢太であるが、昨年の当番時に重兼芳子でなく西村賢太にしようと彼の文庫を3冊入手したのであるが、どれも数ページ読んで肌に合わないと感じ、中止した。
今回は、食わず嫌いはやめて西村ワールドに再び挑戦したが、実際のところ大変厄介であった。
主人公を全く好きになれないし、共感できる部分がないのだった。
とはいえ、氏の作品群は多くの文学賞の候補になっている。
新鋭作家の登竜門である野間文芸新人賞を「暗渠の宿」で受賞し、「どうせ死ぬ身の一踊り」と「小銭を数える」で2度芥川賞候補になっている。
個人的な好みは別にして評価は高い作家なのだ。
自分の読書会の当番の時は、芥川賞作品を取り上げようと思っていたので受賞作の「苦役列車」にするべきだったのかもしれないと、やや後悔した。
なぜなら暗渠(あんきょ)=地下に設けられていて外からは見えない水路という言葉でさえ、この本に触れるまで知らなかったし、そしてこの小説の題名がなぜ「暗渠の宿」とつけられているのか、いまだに確信できないでいるからだ。
暗渠にあるものは、藤澤清造の墓標なのか、彼らのつかぬ間の同棲生活なのか。西村本人のことなのか。そうすると宿は、藤澤清造の存在ということになるのだろうか。
他作品、たとえば「けがれなき酒のへど」「どうせ死ぬ身の一踊り」「墓前生活」「一夜」などにも必ず出てくる異常なほどの藤澤清造マニアの主人公は、自分勝手でキレやすく金遣いの荒い無責任なDV男で、現実にそばにいたら決して近寄りたくない人物である。
ところどころの描写は創作も入っていると氏は書いているし、それは当然であろうが実像とほぼ同じであると思って間違いない。
独特の文体で書く力量も、読ませる力(本人は読者を想定して書いてはいないと言う)にも感心するが、生々しすぎる私小説であるがゆえに、文学作品として読むには距離が保てなかった。
「苦役列車」は、同人の皆さんの多くが読了と思い、今回はあえて「暗渠の宿」にした。
「書くネタには困らない」(本人弁)ほどの過酷な体験を、小学校5年生(11歳)の時からしてきた西村ではあるが、自らを投影した藤澤清造への執念が、彼の作品群を貫く「テーマ」なのであろう。
<死去>
2022年(令和4年)2月4日夜、東京都北区赤羽から乗車したタクシーの車内で意識を失い、運転手により同区東十条の明理会中央総合病院へ搬送されたが心停止の状態で、翌5日午前6時32分、死去。54歳没。死因は心疾患。生涯独身だった。藤澤清造の命日にあたる前月29日には「清造忌」に参列し、七尾市立図書館に清造と自身の著作計14冊を寄贈していた夏には清造の随筆集を出版させる予定だったという。2月16日、西光寺で葬儀が行われ、3月29日、清造の月命日にあわせて四十九日法要が営まれ、清造の墓の隣に生前建てた自らの墓(前述)に納骨埋葬された。戒名は賢光院清心貫道居士(けんこういんせいしんかんどうこじ)また作品の著作権は財団法人石川近代文学館が管理している。
2024年(令和6年)1月1日に発生した能登半島地震では西光寺も被災し、並んでいた藤澤と西村の墓石に地蔵堂が覆いかぶさるように倒壊して横倒しになったが、ファンの支援や関係者の尽力によって同年9月3日に二人の墓の修復が完了した。