西川美和監督「すばらしき世界」(2021年)
2021年2月11日公開「すばらしき世界」感想
2021. 2.25 石野夏実
16年の「永い言い訳」以来、久しぶりの西川美和監督作品、主演は役所広司。どうやら元やくざの話らしい。どんな設定、筋書なのだろうと、とても期待して観に行った。
マスコミにも取り上げられ、日に日に評判が高まっていたので、平日の午前中ではあったが、観客席はかなり埋まっていた。
前科10犯で旭川刑務所を刑期13年で満期出所する主人公を役所広司が熱演じている。元やくざの出所から始まる話であった。
今回の作品は、オリジナルではなく原案(原作ではなく、原案とは「叩き台」のこと?)があり、それは佐木隆三のノンフィクション小説「身分帳」とのことだった。脚本はいつものように西川監督自身が書いている。
主人公の三上の出所日の朝の事務室(正確な名称は不明)の格子窓から、映画は始まる。
ここから見える空はとても狭くて小さい。
ラスト近くに兄弟分のやくざ(白竜)の家に遊びに来ていた三上が釣りから戻った時、ちょうど組に警察の手入れが入っているところだった。
助っ人に行こうとした三上を、兄弟分のやくざの女房(キムラ緑子)が全力で阻止する。手入れに巻き込まれないように必死に止めた言葉が一番印象に残った。
「あんたはこれが最後のチャンスでしょうが。娑婆は我慢の連続ですよ。我慢のわりに大して面白うもなか。そやけど、空が広いち言いますよ」
そうなのだ、自由の身で見る空は、広く大きく果てしない。
ネタバレになってしまうとまだ観ていない方には面白くないので、詳しいことは書けないけれど、最後が、ふたたび空で終わる。
三上は、優しいし正義感が強く人情にも厚い。
だけどキレやすく我慢が足りない。時に壊れて狂暴にもなる。
しかし、周りに三上を支える人たちが、一人二人と増えてくる。
身元引受の弁護士夫婦(橋爪功、梶芽衣子)だけでなく、身分帳を入手したディレクターから彼のドキュメンタリー番組を作る仕事を頼まれ密着ビデオを回す、辞めたばかりの元テレビマンで小説家志望の若者、津乃田(仲野太賀)。
三上が買い物に行くスーパーの、最初三上を万引きと間違えた店長(六角精児)。
福祉事務所で相談にのる、当初は淡々と面談していたが、やがて気にかけてくれるようになったケースワーカー(北村有起哉)。
全員がそれぞれが、次第に三上を理解し孤独にさせない存在になっていく。別れた妻(安田成美)も同様だ。
登場人物が、良い人(良い人の定義は難しいが)ばかりで、彼は救われた。
題名の「すばらしき世界」の意味は、裏読みせず、そのまま素直に受け止めればいいのではないかと思った。
刑期を終え、二度と刑務所には戻らずに、真っ当に仕事をして生きようと誓った三上。
思ったような仕事は見つからず、娑婆の空気は予想以上に冷たく厳しい。
それでも親身になってくれる人たちがいる。彼の良さを理解してくれたからだ。だから「すばらしき世界」でいいのではないのかと思った。
西川監督の他の作品の題名も、ど真ん中の直球、が多い。
「ゆれる」「ディア・ドクター」「夢売るふたり」「永い言い訳」※私はデビュー作の「蛇イチゴ」だけ観ていない。
三上の入れ墨が、まだ未完成であるのは完成する前に刑務所を出たり入ったりばかりの繰り返しだったからかもしれないし、途中で所帯を持ったからかもしれない。
私にも、実生活でひとりだけ極道の知り合いというか小中の同級生がいた。互いに名前を呼び捨てにするほどの級友だった。
彼は30年前の同窓会に一度だけ来ていたけれど、目を合わせただけで言葉も交わさず、あれ以来会うこともなかった。
働き者のお母さんと優しいお姉ちゃんがいたのに、極道になった彼を私は許さなかった。今回この映画を観て、どうしているかなと思い出した。
おそらく当時の彼は、あのようにしか生きられなかったんだと、今になってやっと思えるようになったのでした。