橋口亮輔監督「恋人たち」(2015年)


                       
               2021年4月29日   石野夏実
 
 先日、橋口亮輔監督の2015年公開作品「恋人たち」を観た(プライム+松竹ch)
この頃、Akeboshi(明星)という名のシンガーソングライターの楽曲がとても好きになり、彼がこの映画に提供している耳障りの良い「Usual life」が特に気に入り、一度映画を観てみようと思ったのである。滅多にないことであるが、今回の私は、音楽から映画に向かった。

橋口監督のことは何も知らなくて、寡作ながら国内外の大きな映画賞を何度も受賞していること、ゲイであることを公表していること、映画通の間ではとても評価が高いことも初めて知った。     

代表作「ぐるりのこと」などもそうであるように、原作が監督自身のオリジナルである場合、どうしても作品数は少なくなる。少し前に、この会で取り上げた「すばらしき世界」の西川美和監督も同じタイプである。※たまたま「すばらしき世界」は佐木隆三の原案。
また、西川監督の師匠の是枝裕和監督も同様のタイプの監督である。

一方、行定勲監督は文学好きで読書家であるため、小説からイメージが広がり映像化するタイプの監督である。ゼロから原作を創作しないので、こちらの方がかける時間は少なく作品数は多くなる。(※初期作品はオリジナルも)
無から始めるオリジナル作品の代表監督のひとり、橋口監督の3つの恋を取り上げた「恋人たち」であるが、別の題名は思いつかなかったのだろうか。イマイチしっくりこない。
深読みすれば、恋をする人たち=「恋人たち」に行きつくのであろうか。相思相愛の恋人同士の複数形「たち」になるのは、アツシという主人公の恋だけだ。あとの2人というか2組は、利用されそうになったり気持ちが通じ確かめ合うところまでいってなかった主人公側の片思いである。だから「ドントクライ」とか「恋する人たち」とか。。。の方が、しっくりくるのでは、と思った。
この映画は「絶望と再生」がテーマで「飲み込めない思いを飲み込みながら生きている人がこの日本にはどれだけいるのだろう。今の日本で抱えていること、そして”人間の感情”をちゃんと描きたい」との思いでこの映画を作ったそうである。
この映画の主人公は、ひとり+もうひとり+あともうひとりの3人である。「恋人たち」という題名で3つの恋を語っているので、オムニバスにも見えなくもないのであるが、そうではないとの監督のことばであった。

メインの主人公は、結婚したばかりの可愛い妻を、ある日突然通り魔に殺された腕の良い橋梁測定士のアツシ。
暗い部屋でのアツシの長い独白から始まるこの映画は、アツシが心優しい仕事仲間達といつものように橋梁測定の小舟に乗り橋脚を叩き「右よし左よし」の掛け声のあと、青空に向かい「よしっ」と言う場面で終わる。
 
川面を進みゆく小舟に合わせ、Akeboshiの「Usual life」がエンディングで流れ出す。私達はカメラと一体になり首都高や高層ビルを眺めながら隅田川をゆっくり下り東京湾に向かう。

時間が止まったままの荒れ放題だったアツシのアパートが、もう一度映される。今までとは違い、窓が開けられ風がカーテンを揺らし、部屋は奇麗に片付いていた。
枯れて放置されていた仏花に代わり、新しい黄色のチューリップの花束が小さな骨壺の横に飾られていた。
これで映像はすべて終わり。会社の上司の片腕がない黒田さんの存在は、アツシにとって信頼できる大きな存在だ。
アツシが変わられたのは、黒田さんのような優しい人が傍にいたからだ。
あの職場は、和やかな良い職場だ。だから絶望と孤独からも救われた。

もうひとりの主人公は、瞳子という中年の女性で、子供はなく夫とその母親と3人で暮らしている。
変化のない日常の中では、面白いことはほとんどなく、自転車で職場と家とを往復するだけだ。
弁当屋のパートをしていて、タバコ好きで趣味は自分も写っている雅子様のビデオを観ること。我慢強いというより感情はもはや無いに等しく、淡々と生きている。
しかし、ある日から、出入りの鶏肉配達のおっさんに心惹かれる。
瞳子は小金を持っていそうなので、騙されそうになる。
化粧をしてお洒落をしてスーツケースを持って誰もいない時に家を出た。
男のアパートに着くと、そこで覚醒剤中毒で注射を打とうとしている男の姿に遭遇する。
目が醒め夫と義母との暮らしに戻るのだが、夫が子供を作ってもいいようなことをいい、そこに希望を見つける。

あともうひとりの主人公は、アツシの妻の通り魔事件の民事の弁護士。
1時間5万円も取る(そのためアツシは全くお金がなくなり健康保険料も滞納している)やり手でぼったくりのゲイの弁護士で四ノ宮という。
ずっと好きだったが気持ちを伝えていない、普通の結婚をしていて息子もいる親友に「息子にちょっかいを出すな」と言われ携帯を切られた後も、聞き手のいない携帯を握りしめ自分の心情を初めて口に出し告白する。
痛ましい恋だ。
三者三様の愛の形であるが、報われない現実の「恋人たち」であった。

もう一度観たいとは思わない映画であったが、主演3人は無名の俳優で、それはそれでリアリティがあり新鮮であった。
アツシ役の篠原篤は、どこにでもいそうな個性が強くない俳優で、頼りなさそうで善良そうな少し悲しげな目が良かった。
彼は、この映画でキネマ旬報と日本アカデミー賞の新人賞を受賞している。橋口監督は同年の「海街diary」(是枝監督)と賞を競ったと思うが、日本アカデミー賞以外、主だった賞を独占した。

ゲイの弁護士は、アツシ絡みで必要な配役であったが、瞳子は必要なかったと思った。監督は、少し欲張りすぎたのではないだろうか。
瞳子には瞳子の映画をもう1本を作るべきだったと思うのは、私だけだろうか。
アツシも四ノ宮も過去しか見ないし思い出だけで生きていた。
瞳子は逆だった。未来しか見えなかった。

エンディングで流れるAkeboshiの「Usual life」のイントロは、力強く前に進んでいく舟を音楽で表現しているようだった。アツシの再生を応援したい。四ノ宮には、依頼人の気持ちの代弁者になれる弁護士になってほしい。
  

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