日本映画 山田洋次監督「小さいおうち」感想
「小さいおうち」2014年公開 山田洋次監督作品
2021.11.1記 石野夏実
何となくプライムビデオの一覧を眺めていたら「小さいおうち」の題名が目に入った。監督は山田洋次、公開は2014年。黒木華がベルリン国際映画祭最優秀女優賞を受賞した映画だった。
昭和10年に雪深い山形から東京へ女中奉公のため上京したタキ(黒木華。老いてからは倍賞千恵子)の話である。
回想と今とを行きつ戻りつするのであるが、先の戦争末期まで長く働いた思い出深い奉公先は、三人暮らしの核家族で小さな男の子がいた。
その子は就学前に高熱のため小児まひになり、タキは毎日おぶって電車を乗り継ぎ、マッサージに通院した。
マッサージのやり方も教わり、朝から晩まで揉んだ甲斐があって、男の子の足は回復した。
奉公先のその「おうち」は、おもちゃ会社に勤める中流サラリーマン家庭(奥様は松たか子。役名はトキコ)の赤い屋根の「小さいおうち」で、その家を中心に物語は展開するが、その話を自叙伝として書くようにタキに勧めたのは姪孫の大学生のタケシ(妻夫木聡)だった。
ほとんどが回想シーンであるため、昭和初期の支那事変と呼ばれた日中戦争と太平洋戦争が背景にあるのではあるが、学校で教わった暗い歴史の戦争時代ではなく、たくましく日常を生きていた(といっても恵まれた山の手の中流サラリーマン家庭が舞台なので)生活が語られる。
大学生のタケシが「もっと悲惨だったはず」と投げかけても倍賞のタキさんは「ぼけていないよ。真実なんだから」と言ってのける。
未婚のまま老いたタキが一人で暮らすアパートに、タケシは時々様子を見がてら遊びに来て、孫のように接するのだった。
倍賞と妻夫木の何気ない会話が、わざとらしくなく聞こえるのはふたりの力だろう。
この映画は、中島京子が2010年に直木賞を受賞した「小さいおうち」が原作であるが、私は未読である。
途中で夫のおもちゃ会社のデザイナーが登場してくる。松たか子の愛人になり黒木華も心を寄せるいい男のはずなのに、吉岡秀隆の情けない表情は、ミスキャストでいただけなかった。この役は、せめてオダギリ・ジョーにお願いしたいと思った。
私は映画の冒頭シーンは、小説の導入部がそうであるように、とても重要であると思う。
ほぼ8割か9割がた、それで決まる。観続けるか、読み続けるか、面白そうか、そうでないか。
この映画の導入は、タキおばあちゃんの葬式から始まる。焼き場の煙突から立ち上る煙。
そして事務的に行わなければ進まないタケシたち親戚による一人暮らしのアパートの荷物の整理。
全てが過去のものになる。愛用の物たちも、その人の存在さえも。そのうち遠いものになる。
「長く生き過ぎた」と炬燵で泣いているタキおばあちゃんの背中をさするタケシの優しさ。人はひとりでは生きてはいない。
生きてはいけないのが人である。
「小さいおうち」感想文追補
2021.11.4 石野夏実
この映画のテーマは何だったんだろうと反芻することなく時間が過ぎた。
それもあり、今一つ強く迫るものがないと感じていた。
登場人物に悪人はいなくて、三人の女優(黒木華、松たか子、倍賞千恵子)は、各人が相応しい配役で全く違和感なく、この映画を良作なものにしていた。
しかし「小さいおうち」という小市民的なアットホームな題名のためか、背景は戦争一色であるのに実際の戦争の描写は少ない。
敗戦間際の大空襲が東京を襲った時、すでに女中のタキさんは暇をもらい山形に帰っていたが、三人家族のうち出かけていた坊っちゃんは難を逃れ、ご主人とトキコ奥様は自宅の庭の防空壕の中で抱き合って亡くなっっていたという。
これが一番の大事件であったが、画像は出ない。
デザイナーの板倉が戦地から無事帰還し画家になり、名を成し亡くなったが記念館まで出来ていて、タケシはカノジョと訪れ、そこで平井家の恭一ぼっちゃまの住所を知ることができた。
タキばあちゃんが生涯持ち続けていた奥様の手紙を、やっと恭一に渡す時が来たのだった。
タキおばあちゃんの一生を語るには、18歳(映画では)の昭和10年から太平洋戦争が激しくなってきた東京大空襲(昭和20年)前に山形の実家に戻るまでの期間、平井家での女中奉公は10年にも満たずなので、あとの50年ほどは、どの様に生きてきたのか、もう少し場面が欲しかったが、あくまでも「小さいおうち」の話であるので割愛でいいのだろう。
誰にも打ち明けられなかった50年間の秘密は、生涯の悔いの秘密であった。
タキ自身も密かに思いを寄せる板倉の出征を明日に控え、我をなくし会いに行こうとする奥様を止め、この「おうち」に板倉に来てもらうよう手紙を書かせ、それを託され板倉に渡しに行くタキさんは、板倉に渡さなかった。
奥様が板倉をいくら待っても来ないはずであった。
手紙とともに生涯の秘密を持ってしまったタキばあちゃんであった。
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