平野啓一郎原作映画「ある男」

2022年11月公開 石川慶監督「ある男」
               2022.12.10  石野夏実

今秋の終わりに平野啓一郎の長編小説「ある男」が映画化公開された。
主演は弁護士の城戸役に妻夫木聡。
行方不明者の名前を買い、宮崎まで流れてきて森林組合に職を得て静かに暮らし始め、事故死した「ある男」谷口大祐に窪田正孝。
その地で谷口と結婚した女性里枝に安藤サクラ。
この3人が物語の主軸である。

谷口は絵を描くのが趣味で、画材を買いに時々地元の文房具屋を訪れる。
ここの店番をしているのは、東京から宮崎の実家へ息子を連れで出戻った里枝(安藤サクラ)。
谷口と里枝は時々話をするようになり互いに好感を持ち、やがて結婚する。娘も生まれ、里枝の連れ子の息子悠人と谷口との関係も良好で、家族は平凡ながら幸せに暮らしていた。
ある日、谷口は森林組合の現場を見るのが好きな中学生の悠人を連れて行った。
谷口は、悠人のすぐそばで自分が切り倒した木の下敷きになり命を落とした。
葬式もすみ、里枝は1周忌に納骨と墓の相談のため生前の谷口から聞いていた実家に連絡を取った。
実兄の訪問を受け遺影を見せたことから夫の谷口が谷口大祐ではなく、どこのだれか全くわからなくなってしまった里枝。
悩んだ末、東京で離婚した時に世話になった在京の弁護士城戸に連絡を取った。
谷口大祐として宮崎の小さな町でひっそりと平凡に暮らしていた「ある男X」の重すぎる過去を探っていく物語である。

この小説は、読売文学賞を2018年に受賞した。
前作の「マチネの終わりに」(2017)も映画化され、今回の「ある男」も映画化されたことによりあらためて考えてみたのであるが、平野の長編小説は視覚的でありドラマティックであるため映画化しやすいのではないかと思った。
おそらく監督の余計な手出しは無用の域にまで達した物語は、設定と構成により、イメージ通りのキャスティングを組めば、あとはほぼ誰が監督をしても水準の高い映画が出来上がるのではないだろうか。
原作を知らないで映画だけ観た観客にとっては、インパクトの強い作品になったことだろうとも思った。
彼らは、この物語の訴える力に心を掴まれるであろうし、主たる3人の登場人物の俳優たちの適役に大いに納得するであろう。
原作を先に読んで映画の公開を待っていたものとしては「ある男」になりきっていた窪田正孝をとても評価する。
清野菜名の後藤美涼役(本物の失踪中の谷口大祐の恋人)は、もう少し違うイメージを持っていたのでかえって新鮮だったが、物足りなさも感じた。

戸籍を売買した人物、谷口に仲野太賀が扮していたが、上映時間の都合であろうか、残念ながら映画では城戸との絡みはなく物足りなさも感じたが、もともと谷口の人物設定自体が軽い人物像なので深追いは必要なかったのかもしれない。
原作と映画の設定が違うのは、プロローグとモノローグに+α。これは観てのお楽しみということになるが辛口評価で☆4前後にしたい。
城戸が在日三世であることは原作でも書かれているが、映画の方がよりその出自を前面に出しているように思えた。
平野のtwitter発言を読めばわかるが、彼はリベラルであり今の日本を大変危惧している。中村文則もであるが、小説家の政治的な発言は、今も昔も真摯に状況に向き合えば向き合うほど避けて通れない道であるようだ。

追記: 数多くの日本アカデミー賞を受賞とのことである。
第46回日本アカデミー賞 『ある男』受賞結果
♦優秀作品賞
♦優秀監督賞:石川慶
♦優秀主演男優賞:妻夫木聡(役名:城戸章良)
♦優秀助演男優賞:窪田正孝(役名:谷口大祐/X)
♦優秀助演女優賞:安藤サクラ(役名:谷口里枝)
♦優秀助演女優賞:清野菜名(役名:後藤美涼)
♦優秀脚本賞:向井康介
♦優秀音楽賞: Cicada
♦優秀撮影賞:近藤龍人
♦優秀照明賞:宗賢次郎
♦優秀美術賞:我妻弘之
♦優秀録音賞:小川武
♦優秀編集賞:石川慶

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