ベトナム映画「ソン・ランの響き」(2020年日本公開)
2020年日本公開レオン・レ監督ベトナム映画「ソン・ランの響き」
2023.1.19 石野夏実
昨秋、あるきっかけで香港と中国の戦後映画の歴史に興味を持ち始めたのであるが、アマプラやネトフリで30年ほど前の香港ニューウエーヴあるいは中国第5世代系映画を鑑賞することはとても困難であった。
このような時、たまたまアマゾンプライムで偶然にベトナム映画を見つけたので鑑賞した。2020年日本公開の「ソン・ランの響き」である。
こちらは京劇にも似たベトナムの伝統歌劇「カイルオン」の話である。「さらばわが愛~覇王別姫」にも似ているという話もあるが、私は違うと思う。核に京劇とカイルオンがあるからだろうが。。。
とても琴線に触れた映画であったので、内容と感想を投稿することにしました。
東南アジア独特のくすんだ暗いオレンジ色の映像光景と街並みは最高です。
中国とベトナムは1400キロにも及ぶ国境を接している。フランスの植民地になるはるか以前は、1000年近く中国の歴代王朝の管理下(北属)にあった。したがって、文化が大きく影響を受けているのは当然のことであろう。
この映画の時代背景はベトナム戦争後の1980年代であるが、制作されたのは数年前の2018年、日本公開は2020年である。
私自身「青いパパイヤの香り」〈日本公開1994年、時代設定は1951年)以外ベトナム映画は観たことがなかったので、この「ソン・ランの響き」はたいへん新鮮であった。
監督はレオン・レ。原作はなく、すべて脚本もオリジナル。これが彼の鮮烈なデビュー作である。伝統大衆歌劇「カイルオン」が大好きで絶やしたくないとの思い入れが強い作品であるとのことだ。
主人公は、非情な借金の取り立て屋で「雷の兄貴」と呼ばれる一人暮らしの孤独な若者ユン。共演は、「カイルオン」の花形役者フンである。
※二人の俳優はとても役にぴったりで、ファンになってしまうほどだった。やはり役者は、目が命だ。
設定は1980年代のサイゴン(ホーチミン市)。主人公は家に帰ればファミコンでゲームを楽しんでいるし、借金の取り立てに行ったレンタルビデオとゲームの店で新しいゲームを買ったりする場面もあり、時代はベトナム戦争後の下町庶民の様子を伝える。
さて題名にもなっている「ソン・ラン」とは、「カイルオン」のリズムを取るため小さな木魚の様なものと、それを叩く同じくもっと小さな道具を付けたものとを一体型にし、足で踏んで打つ楽器だ。手の上に乗るほど小ぶりなのだ。
映画はお寺でソンランを手にしたユンの独り言から始まる。
「父(ユンは父がカイルオンの奏者、母は女優)がよく言ってた。
ソンランはただの楽器ではない。音楽の神を宿し奏者と演者にテンポを与えながら人生のリズムを刻みつつ芸術家の品性を導いていくのだと。
だが俺の人生はその懐かしい響きから久しく遠ざかっている」
この場面は、実は最後近くのシーンであった。
取り立て屋を止め、フンの劇場に行く前に父親の遺影を預け、お参りした寺の光景だった。
ユンの取り立ては厳しい。ある日地方巡業から戻ってきたカイルオンの劇団に取り立てに行った。返せないならと、ユンは衣装にガソリンを撒き始めた。
止めに入った劇団の若き花形男優フン。
反目し合う場面から接点が始まる。
ユンは、切符を買いフンの舞台「ミーチャウとチョン・トゥーイ」を観る。幼い頃、舞台裏で走り回っていた自分を回顧する。父は奏者、母は主演女優だったのだ。
翌晩、フンは食堂で男たちに絡まれ喧嘩になっている時、居合わせたユンに助けられユンの家で目を覚ました。
フンは自宅の鍵も失くし、すでにその時間は舞台の終演時間であった。
無断で休むことになってしまったフン。
最初はぎこちないふたりであったが、ファミコンで遊んで垣根は外れた。
相手に対しユンは「お前」、フンは「君(きみ)」と呼ぶ。
もう一勝負しようといった時、停電になった。
仲良く夜食を食べに行った屋台で流しの歌の歌詞に心打たれるフンであった。
自分の過去を語ることで、ふたりはひと晩にして深いところで理解し合い繋がり合う友となった。どちらかというと、ユンは聞き手だ。
プロデューサーは映画を売るためにBLとして描かせようとしたが、監督は強く拒みそのような箇所はひとつもなかった。見つめ合う場面はあったような。。
その夜、ユンのお気に入りの場所、アパートの屋上で夜空を見ながらふたりの会話。一番気に入った箇所をひとつ紹介する。
フン「タイムトラベルは可能と思う?タイムトラベルは3つのやり方が可能だと思う。人と物と場所を通して」
ユン「つまり?」
フン「例えば、誰かに会ったりどこかに行ったり、何かを見たりすると、その時の記憶が過去に引き戻す。タイムトラベルだ」
その時、停電が終わり街に灯が戻った。しかし、すでにかなり真夜中だ。
その前はというと、フンが喧嘩で倒れユンの部屋で目覚めたのが夜の10時半。それからふたりは、ファミコンをし停電になり、屋台でフォーを食べ弾き語りを聞き、ゆっくり歩いて部屋に戻る時、道路で子どもたちはまだ缶倒しで遊んでいて、いったい何時まで外で遊んでいるのだろうと思ったほどだった。
ふたりは明かりのついたユンの部屋に戻り、フンがユンの愛読書(フンも幼い時よく読んだ「象の話」)のページを繰るとユンの父親が遺した歌詞が一枚出てきた。
ユンは最初その紙を取り上げたが、すぐに渡し直し即興で歌ってくれとフンに頼む。
フンは伴奏がないと歌えないという。
ユンは父親の形見の二胡(ベトナム楽器ダン・ニー)を取り出し見事に伴奏をつける。
歌い終わりフンは「君の腕を知ったら団長がスカウトするよ」という。
書き始めたら、どんどん細部まで書きたくなってしまうほど、この映画は少ないながらも選び抜かれた言葉と映像で成り立つ。
朝になり、フンは言う「今夜、団長の前で演奏を」
ユン「なぜ?」
フン「才能がある」
ユンはやくざな取り立て屋から足を洗い、生き直す決心をした。
自室の電気製品を売り、現金もおろし、自分の取り立てのせいで母娘心中をした一家の病院に駆け付けたが、3人は死んでしまった。
この子たちとの生前の触れ合いも前半で少し描かれている。
子どもに全く罪はない。病院にいた父親に姿を見られた。彼らの借金を肩代わりして元締めばあさんに支払ってきたことを、父親は知らない。
形見の二胡を背中に、ユンは約束の劇場の前で美しいフンの看板を見上げていた。そして後ろから刺され、血が流れ。。。
舞台では、事件を知らないフンが、いつもと違う情感のこもった演技をしていた。
以前、師匠はフンに言った。
「お前のテクニックは素晴らしい。ただ心が欠けている。だから感動しない。恋をしろ。失恋しろ。いい役者になれるぞ」
ユンと出会って過ごしたほんのひと晩。知り合ってからの3日間。フンは生涯忘れることはないだろう。タイムトラベルで何度も何度もあの日あの時、あの場所で、君と呼んだユンと過ごした愛しい時間を思い出すのだろう。
以下
ミカタ・エンタテインメント(配信元)のHPより~
高利貸しの手下で借金の取り立て屋ユンと、ベトナムの伝統歌劇<カイルオン>の花形役者リン・フン。
全く接点のないはずの二人があるきっかけで知り合い、友情にも似た感情を互いに抱く。
主演のリエン・ビン・ファットは映画初出演の本作で
第31回東京国際映画祭ジェムストーン賞受賞!その後もベトナム国内の賞で主演俳優賞を獲得するなど、俳優としての今後の活躍が期待される。カイルオンのスター、リン・フンを演じるのは、ベトナムで最も人気のあるポップスター、アイザック。監督のレオン・レはサイゴン生まれ。幼いときに家族と共に米国に渡り、俳優、歌手、ダンサーとして活躍し、後、帰国。本作は長編劇映画監督第一作となる。監督が愛してやまないと語るカイルオンは、ベトナム南部民謡を取り入れた伝統歌劇だが、若い世代には人気がなく消えゆく運命にあるという。
監督:レオン・レ
キャスト:リエン・ビン・ファット アイザック スアン・ヒエップ
2018年/ベトナム/ベトナム語/G相当/102分 ©2018 STUDIO68
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題名の「ソン・ラン」とは、100年ほどの歴史を持つ伝統歌劇「カイルオン」の演奏に用いるベトナム独自の打楽器である。
もう少し詳しく書くと、ソン・ランとは?公式サイトからの引用↓
ベトナムの民族楽器で、楽曲の最初と最後で用いられる。直径約7センチほどの中空の木の胴と、弾性のある曲がった金属部品と、その先に取り付けられた木の玉からなる打楽器で、伝統的な室内楽の拍を打つのに用いられる。演奏者、役者双方にとってリズムの基礎となり、ベトナムの現代大衆歌舞劇「カイルアン」の音楽の魂であり、公演には欠かせない。なお、「ソン・ラン」とは「二人の(Song)」「男(Lang)」との意味もある。