成島出監督「銀河鉄道の父」(2023)
2023.5.5公開 成島出監督作品「銀河鉄道の父」感想
2023.5.11 石野夏実
GW後半に公開された直木賞受賞作が原作の「銀河鉄道の父」を近所のシネコンに観に行った。宮沢賢治モノが映画化されるのは、賢治の作品に興味を持つ者としては嬉しいことなので、ぜひとも観に行きたいと思っていた。
12時から約2時間の上映時間であったが、平日の昼間という時間帯のため、観客は少なくはないものの高齢者がほとんどであった。
エログロナンセンス軽薄がひとつも入っていない文芸作品であったことが、かえって新鮮であった。
「宮沢賢治の父」という題名でなく「銀河鉄道の父」であるのは、原作を読んでいないので映画を観てだけの感想になるが、最初と最後の場面に鉄道の車内をもってきたことで、大きな意味を持つのだろう。
宮沢賢治の位置づけは「雨ニモマケズ」を中学校の国語の教科書で教わり、暗記をさせられた団塊世代としては、この詩一作だけでおそらく一番身近な国民的詩人であるということになるかと思う。
今の小学生たちにとっての宮沢賢治は、国語の教科書にある「やまなし」という蟹のお話の中に出てくる「クラムボン」という造語を創った作者なのである。
お話を通して、読解力と想像力を促すモダンな固有名詞を創ってしまう東北岩手の人。大人も子供も楽しめる物語の作家なのである。
そしてアニメになったりミュージカルになったりもした代表作「銀河鉄道の夜」は、少年小説であり大人も子供も大好きな賢治の遺作だ。
この映画は、その代表作「銀河鉄道」の名のスケールの大きさと同様に、明治時代に生まれ大正時代を生き抜き37歳の若さで昭和の初めに亡くなった賢治の、短くも家族愛に支えられた一生を描いた文芸作品であった。
主演は父親役の役所広司であるが、現在日本を代表する一番の映画俳優としてまた新たに代表作が1本増えたと思う。
菅田将暉の賢治も顔つき風采共に良かったが、低音の声質が彼の場合個性的過ぎて、役との馴染みが難しい。台詞のない佇まいは最高の適役であった。
容姿にアクがなく声も良い森七菜は、妹役トシとして若手女優陣の中で最も相応しいと思った。役所広司相手に一歩も引けを取らず自然体での互角の存在感は、見事だった。
坂井真紀の母親も出しゃばらず動きも良かった。
岩手の花巻の言葉も実直な謙虚さが伝わり良かったし、風景もそれを捉えたカメラっワークの美しさも申し分なかった。
パンフレットを読んだところ賢治の実家の質屋の店構えは、岩手には古い町並みがほとんど残ってなくて全国を探し回り、岐阜の恵那市の商家を借りての撮影だったそうである。
箪笥などの家具類も掛け軸、衝立に至るまで裕福な商家らしいものを苦労して調達したとのこと。
家族の着物も色は地味ではあるが上質なもので揃えられ、観客にもそれが伝わった。
全てが本物の持つ落ち着いた美しさで整えられ、室内や賢治の机上にあるランプの美しさも堪能できた。
キャストから撮影、美術、照明、衣装にまで完成度の高い美しさの統一性は成島出監督の力の見せ所であった。久しぶりに原作を読みたくなった良い映画と出会った日となった。
エンドロールの「いきものががり」の歌は、必要だったのか。議論が分かれるところであろう。
私は不要、一緒に観に行った夫は違和感なしとのことだった。