重兼芳子著「やまあいの煙」(81回芥川賞受賞作)

 重兼芳子「やまあいの煙」   
       2014年1月11日読書当番   石野夏実

< プロフィール>
 
1927年(昭和2年)3月7日北海道砂川町に生まれる。
福岡県立田川高等女学校卒。
1946年 プロテスタントの洗礼を受ける。
194年  結婚。
専業主婦にて子育て終了後1976年から朝日カルチャーセンターの小説教室で駒田信二に学ぶ。
1979年(昭和54年)、52歳の時に「文学界」に発表した「やまあいの煙」で第81回芥川賞を受賞。
キリスト教信仰を持ち、老人問題、ホスピス問題にも取り組んだ。
1993年(平成5年)8月22日に、がん再発により66歳で死去。
 
※芥川賞選考委員は、井上靖、開高健、丹羽文雄丸谷才一、安岡章太郎、瀧井孝作、中村光夫、吉行淳之介、遠藤周作、大江健三郎の10名であった。
村上春樹の「風の歌を聴け」が、同時期の候補であったが落選している。
上記選者の村上小説への評価も一読に値する。翌年再び候補になり落選した「1973年のピンボール」についての選者達の評価も対比させて読むと面白い。
 
 
<読書本に選んだ理由>
 
今月の読書会は、20年前(1993年)に66歳(昭和2年~平成5年)で亡くなった重兼芳子の52歳の時の 芥川賞受賞作「やまあいの煙」を選びました。
重兼さんが書いたものを読み、私の母と昭和2年、3年生まれの同世代であり、多感な少女時代から青春時代(女学校卒業辺りまで)をほぼ戦争一色の時代に生きてきた姿を重ねてしまい身近に感じたからです。また、受賞当時カルチャー教室出身の専業主婦作家という重兼さんの肩書は、幼児を子育て中の専業主婦であった私にとって、大きな励みになりました。
 
<ストーリー>
 
地方の火葬場でひとり働く青年が主人公。
老人介護施設で働く恋人=背丈の大きなたくましい女性と、 精神を病み最後は病死した息子の遺体をリヤカーに乗せ、焼き場までの坂道を引いてきた小さな老婆、この2人の女性を登場させ物語は進む。
 
<参加者の感想要旨>
 
☆読ませどころは、焼き場という特殊な職業。主人公の父親も同じ職業であったが、父親の方が普通の姿であろう。 最後に老婆が思ったよりも若く香水のなまめかしさが漂うところは蘇生であろう。
 
☆男は「死」の案内人、女は 「生」の案内人。
 
☆善人ばかりが出てくる。陰のような存在を善なるものとして書きたい場合、悪を書かないと意味がない。
 
☆小説としての盛り上がりを考えると、母子相姦の老婆に子供が出来てしまうなどの想定はどうだろう。
 
☆昨年取り上げた村田喜代子とストーリーテラーとして似たところがある。構成的に見れば最後はおかしい。 老婆の生年設定は作者と同じである。したがって投影しているのではないか。後半を手厚くすればもっと面白くなったのではないか。
 
☆優しい文章である。男には書けない文章だ。母子相姦は文学独特のものであるが、この物語のそれは「業」はあるが優しい母子相姦。
 
☆作者は洗礼を受けているので、老婆にキリスト教の「マグダラのマリア」を重ねる。それは「全てを尽くしての自己犠牲的なもの」。 赤ちゃんを亡くした若夫婦の生きている時は出なかった乳の、赤子が骨になったあとの場面がとても良い。
 
☆人間のどこを表現したかったのだろうか。全てを許して受け入れることだろうか。
☆題名である「やまあいの煙」と内容が終始一貫していない。最後が俗的すぎる。 「王様になったような気分であった」この「王様」にがっかりした。
 
☆(担当より)
主人公の職業は「生」が終焉した肉体を「骨」に焼き上げ遺族に返す仕事である。 「焼き場」は彼の仕事場であり、彼自身も「焼き場」そのものとして存在していたのではないだろうか。 ところが老婆に出会い、彼は「肉体」を持つ青年として生き始めた。
彼の職業に少なからずショックを受け、結婚の返事もできてはいない恋人にも「肉体」を持つ恋人として存在するようになった。 彼は2人の女性によって「生」を生き始めた。これからは煩悩に向き合い生きることになろのだろうか。
 
<その他>
 
前回は中上健次、前々回は丸山健二と、続けて二人の芥川賞作家「ケンジ」を取り上げましたが、今回は異色のカルチャーセンター出身主婦作家として当時話題になった重兼芳子の「やまあいの煙」を選びました。
 
「やまあいの煙」は「愛しき日々よ」という題名で1984年に映画化され、監督は保坂延彦、主演と音楽は門田頼命(もんたよしのり)でした。
この作品が芥川賞を受賞する前に、立て続けに候補になった「ベビーフード」「髪」の2作品が単行本「透けた耳朶」に入っています。選考委員の開高、吉行、大江の選評で触れられていますが、私は未読です。
 
子どもは娘二人の私としては、息子への偏愛「母子相姦」はとても生々しく、果たして書く必要があったのだろうかと、今回何十年ぶりかで読み直して後味の悪さが残りました。
女性の小説家としては、重兼さん以外に倉橋由美子さんと大庭みな子さんが大好きです。
 
 
 

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