ウォン・カーウァイの香港映画⑧「花様年華」(2000年)
2023年8月 石野夏実
原題は「花樣年華」。英題は「In the Mood for Love」(訳すなら「愛してみたい」あたりか)
ウォン・カーウァイ監督は20世紀末の10年間に、90年代の香港だけでなく日本を含めたアジアを代表する新しい映画スタイルの旗手であり映像作家と呼ばれる世界的な映画監督となった。
その代表作を1本選ぶとしたら「花様年華」であろうといわれていたことさえ、少し前まで私は知らなかった。
ウォン・カーウァイ作品は、人気でいえば「恋する惑星」(1994年)がポップで明るく万人受けするであろうし、監督デビュー作の「今すぐ抱きしめたい」はノアール映画でありながら恋愛映画でもあったので香港映画の王道でもある。
思うに、ウォン・カーウァイ監督の映画の魅力は映像、音楽、モノローグの三位一体であり、彼は90年代10年間の香港映画のまさに「花様年華」であった。
この「花様年華」の時代設定は1962年から1966年であるが、実際の公開はジャスト2000年である。すでに香港返還はなされ一国ニ制度が採用されていた。
2000年の香港には1960年代の香港の町の様子を留める場所も少なくなっており、ロケ地はタイのバンコクだったそうである。
映画の内容は、ふた組の夫婦が同じ日に持ち主は2軒別々であるが、ビルが同じの狭くて複雑な造りのアパート(間借り)に越してきた。ふた組ともホワイトカラーの共働き夫婦で、ひとつ屋根の下に何組もの夫婦が毎日顔を合わせながら暮らしている状況だ。日本では考えられない人口密集地=香港ならではの特殊な住宅事情であった。
働き盛りで収入もあるはずの夫婦の間借り生活に疑問を抱く先入観は捨て、一緒に密着度が強い物語の世界へ入らなければ始まらないと思った。
まずは柳腰に高襟のチャイナドレス=旗袍(チーパオ)姿、髪型は大きくアップのマギー・チャンの大人の美しさに圧倒される。
過去のカーウァイ作品の彼女は、サナギだった。
映画の中でマギーが着た旗袍は26着と言われている。カーウァイ監督とずっと一緒に仕事をしてきた盟友のアートディレクター兼編集のウイリアム・チャンの母親のドレス、それら60年代のチャイナドレスをリメイクしたとのことだ。
相手役のトニーも、今回の役は髪をポマードで光らせ、スーツを着てダンディーな作家志望の新聞記者である。
ふたりの伴侶は引っ越す前から互いの伴侶と不倫をしていて、映画の中では声と後ろ姿しか映らない。
私から見れば、ふたりは、たとえば互いの伴侶が不倫をしていなくても恋に落ちそうな似合いのふたりである、との思いが強い。
惹かれあう力はどうにもならないのだ。
しかしこの恋は、今一歩のところで成就しない。
ウォン・カーウァイ監督の一貫したテーマは「切なく報われない恋」であると思う。
題名の「花様年華」は「一番輝いていた時」という意味があり、最も美しい時代の30代、自信と安定感あふれるマギー・チャン扮するスーとトニーとのプラトニックな不倫の切ない物語である。
しかし、最後の場面でスーが幼い男の子とふたりで元の間借りに住んでいたのが映し出され、大きな謎のまま終わった。ミステリアスな余韻は自由に解釈し放題である。
※以下ウイキペディア(wiki)より引用
1960年代の香港を舞台に、既婚者同士の切ない恋を描いたウォン・カーウァイ監督のロマンス映画。トニー・レオンが演じる主人公のチャウは香港の短編作家・劉以鬯(ラウ・イーチョン)がモデルとなっている。また相手のチャン夫人の名前は同監督の『欲望の翼』で同じマギー・チャンが演じた人物と同じスー・リーチェンで、本作は『欲望の翼』の続編、『2046』の前編ともいわれている。
本作でトニー・レオンがカンヌ国際映画祭にて男優賞を受賞した。その他、モントリオール映画祭最優秀作品賞、香港電影金像奨最優秀主演男優賞(トニー・レオン)・最優秀主演女優賞(マギー・チャン)、金馬奨最優秀主演女優賞(マギー・チャン)、ヨーロッパ映画賞最優秀非ヨーロッパ映画賞、2001年セザール賞外国語作品賞など多数受賞。(以上引用)
中国人と日本人の好みの違いもあるとは思うが、この作品のトニーは、ややニヤケた感じがする。柔和で優しい目つきは変わらない。
この瞳であるが、悲しみは表現できるとしても怒りはどうなんだろう、と思ってしまう。もちろん、トニー・レオンは監督作品を通して私の好きな俳優のひとりになった。