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物語論(2) 物語における時間

 前回の記事で、物語を「時間的な展開のある出来事を言葉、文字、絵、映像で語ったもの」と定義した。時間的に展開しない物語はない。物語の時間の中で様々な出来事が連続して起こっていく。この物語を展開させる出来事のことを、ロラン・バルトは、著書『物語の構造分析』において「機能」と呼んだ。そして「機能」の論理的連鎖を「時間」と呼んだ[ロラン・バルト(1979)]。

 物語の中の時間の流れは、実時間の流れとは一致しない。一致させる必要もない。バルトのいうように、物語の時間は我々が論理的に理解できればよい。小説や映画などにおいては、「10年後」と読者や鑑賞者に提示してしまえば、物語時間は一瞬にして10年が流れ、読者、鑑賞者もそれを理解できる。

 また、物語時間は、過去〜現在〜未来の順に提示する必要もない。物語の受け手が、頭の中で論理的連鎖を組み立てられるのであれば、どのような順序で描いてもよい。物語の時間的順序を入れ替えて語ることを、ジェラール・ジュネットは「錯時法」と呼んだ。錯時法において、物語の時間的基準点より過去のことを語る手法を後説法(フラッシュバック)、未来のことを語る手法を先説法(フラッシュフォワード)という[ジェラール・ジュネット(1983)]。

 現代において、錯時法に基づく物語は一般的に見受けられるようになった。これは、物語の制作者側が新しい表現方法を追求し続けた結果であろう。また、この錯時法の一般化に関しては、ドミニク・ストリナチの意見も参考になる。ストリナチによれば、1980年代のポストモダニズムの到来が、ポピュラー文化に「時間と空間の混乱」をもたらしたとしている。人や情報が迅速に移動するようになり、時間と空間は安定したものでなくなり、混乱した一貫性のないものになったというのだ。そして、ポピュラー文化も、この時間と空間の混乱を表現するようになったとストリナチは指摘している[ドミニク・ストリナチ(2003)]。

 確かに、最近のライトノベルやアニメは、現実の時空間とは別の時空間である異世界ものが多いことや、クリストファー・ノーラン監督作品の映画「テネット」のような物語時間の理解が非常に難しい物語の登場は、現代の混乱した時間と空間の表れなのかもしれない。

参考文献

ロラン・バルト [1979]『物語の構造分析 』みすず書房

ジェラール・ジュネット [1985]『物語のディスクール ー方法論の試み 』水声社

ドミニク・ストリナチ(2003)『ポピュラー文化論を学ぶ人のために』世界思想社

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石松 宏和/エンタメビジネス研究者
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