感情労働者としての芸能人
一般的に労働は肉体労働と頭脳労働の2つに大別されてきた。これに対し、社会学者のA. R. ホックシールドは1983年に画期的な新しい労働概念を追加した。「感情労働(Emotional Labor)」である[ホックシールド(2000)]。
ホックシールドは、感情労働を「他者からの観察可能な表情や身体的表現、言葉遣いを作るために感情のコントロールが求められる労働」と定義している。また、「感情をコントロールすること自体が労働の一部になっている労働」「自発的な感情ではなくビジネスによって感情の方向付けが行われる労働」とも述べている。
ホックシールドは航空産業の客室乗務員に対する調査から感情労働をあぶり出しているのであるが、客室乗務員のみならず接客を伴う労働は全て感情労働の要素を含んでいる。もちろんここには、対人でエンタメを提供することが基本である芸能人も含まれる。
芸能人は慣例的かつ暗黙的に感情のコントロールを求められている。身内に不幸があっても舞台上笑顔で客を笑わす漫才師、握手会で嫌なファンにも笑顔で接するアイドル、SNSライブで中傷されてもさらりと流すタレント。これらのことは、エンタメを提供する側も、そのエンタメを楽しむ側も、当然のことと認識しており、それが労働であるということは明確には認識されない。
現在の芸能人は、ライブ、テレビなどのメディア出演、SNSなど、対面/オンライン問わず、大衆にさらされている時間が増加の一途を辿っている。すなわち、自分の感情をコントロールしなければいけない時間が増加し、全労働に占める感情労働の割合が増えている。しかし、このような状況にもかかわらず、感情をうまくコントロールできない芸能人は、「あの人はメンタル弱いから」とメンタルの弱い強いの一言で現場で切り捨てられる傾向がある。
芸能人の感情労働研究は、アイドルを対象にして石井(2022)、上岡(2023)などによって成されているが、まだまだ学術的蓄積が少ない。芸能人の労働環境改善のためにも今後一層の発展が求められている。
芸能人本人にとっても芸能事務所にとっても、芸能が感情労働であることをしっかり意識し、感情のコントロールの仕方、メンタルヘルスの維持の仕方をしっかり学び、両者で検討することが今日的に必要であろう。
参考文献
A. R. ホックシールド [2000]『管理される心 感情が商品になるとき』世界思想社
石井純哉『アイドルが見せる「夢」ーアイドルの感情労働』 田島悠来(編)『アイドル・スタディーズ 研究のための視点、問い、方法』 [2022] 明石書店
上岡磨奈『芸能という労働 「アイドル・ワールド」において共有される情熱の価値』 永田大輔・松永伸太朗・中村香住(編)『消費と労働の文化社会学 やりがい搾取以降の「批判」を考える』 [2023] ナカニシヤ出版
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