風呂なしアパートに住み、銭湯に通うのは昭和風情か?
今の時代に、あえて築古の風呂なしアパートに住む若者が注目を集めています。
彼らは、自宅で入浴しない代わりに、銭湯に通うのだとか。二人で行った~ヨコチョの風呂屋~。昭和風情です。
ただし、風呂なし物件に住む若者が増えたかというと、必ずしもそうとは言えません。
というのも、風呂なし物件の多くは、1970年代までに建てられた木造アパートで、そういう築古の木造アパートは、減り続けているからです(朴・松村 2002)。
実際、1970年代までに建てられた木造アパートに住む若者は減っています。図1は、2008年と2018年の2時点で、1970年代までに建てられた木造アパートに住む若者の数を示しています。日本を範囲に集計したものです。いずれの物件も2008年から2018年までの10年間で減っていて、風呂なし物件に住む若者の減少が示唆されます。
図2は、東京23区を範囲に集計したものです。東京23区でも、風呂なし物件に住む若者の減少が示唆されます。
減ってるんじゃあ問いが立ちません(笑)まずい、ちょっと視点を変えましょう。新聞記事やネット記事を読んでいると、出てくる風呂なし物件は東京の物件ばかりであることに気付きます。
なぜ東京の物件ばかりなのかというと、不動産屋が東京の物件ばかり宣伝するからです。上のリンク先は、冒頭の記事でも紹介されていた、風呂なし物件専門の広告サイト。サイト名に「東京」を冠することからも分かるように、東京(東京圏)の物件だけを掲載対象にしています。
風呂なし物件を宣伝するのは、全国でもこのサイトだけ。この1社の取り組みだけをもって、新たな不動産ビジネスと言ってよいかは正直かなり怪しいです。ただ、後述するように、風呂なし物件に住むことは、突飛なことではなく、東京圏の若者の選択肢として位置付けられる可能性がある。なので、この取り組みについて、もう少し考えてみようとおもいます。
風呂なし物件は全国にある。
それなのに、なぜ東京の風呂なし物件ばかり宣伝するのか?
それは、借り手が付く可能性があるから、ではないでしょうか。だったら、なぜ東京の風呂なし物件には借り手が付く可能性があるのか?結論を先取りすると、風呂なし物件に借り手が付くための地理的条件は、①それが都心部に立地し、②一人暮らしの若者が増えていて、③都心部の家賃が著しく高いことであると考えられます。そして、この3つをすべて満たすのは東京(東京圏)だけです。
①まず、東京(東京圏)の風呂なし物件の多くは都心部に立地しています。木賃ベルトと呼ばれるように、東京の築古の木造アパートは山手線を取り囲むように分布しています(岸岡ほか 2013)。それらは高度経済成長期に地方から上京してきた若年労働者の受け皿となった住宅です。築古の木造アパートの分布は、そのまま風呂なし物件の分布とみなせるでしょう。
図3を見てわかるように、そういうアパートはけっこう便利な場所に立地しています。にもかかわらず、古かったり風呂がなかったりするために、借り手がつきにくい。したがって、その潜在的利益を十分に獲得できないでいる。新築物件に建て替えて募集すれば解決できるかもしれませんが、建て替える体力が家主にない場合や、法的に建て替えるのが難しい場合も少なくありません。どうすればよいか。やり方は2つあります。
1つは、上のサイトのように、リフォームして「物件自体の価値」を高める、いわばハード対策。たしかにリフォーム物件のもつ独特の雰囲気が価値になるかもしれませんが、基本的には、新築物件に近づける方法です。
もう1つは、「物件の使い方の価値」を高めるソフト対策で、今回のような風呂なし物件の広告がそれです。こんな住み方クールじゃん、クリエイティブじゃん、サステナブルじゃんとか言って貸す。新築物件とは異なる価値を作り出す方法です。風呂なし物件専門の広告サイトを運営したり、そこで情報発信したり、様々なプロモーションイベントを開催したりすることで、あえて「風呂なし物件に住み、銭湯に通う」ことの価値を見出してもらうのです。
それに価値を見出すのは若者です。だから、単純に考えて、若者が多く住む地域ほど風呂なし物件に借り手が付きやすい。
②東京では一人暮らしの若者が著しく増加しています。国勢調査によれば、東京圏(東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県)の60歳未満の単身者は、1980年の2,169,843人から2020年の4,250,407人へと、40年間で200万人以上増加しました。なぜこんなに一人暮らしの若者が増えたのかというと、地方から上京した若者が結婚せずに一人暮らしのままでいたり、東京圏出身の若者が未婚のまま実家を出て一人暮らしを始めたりするためです。背景には未婚化・晩婚化があります。東京では風呂なし物件に入居する潜在的可能性の高い層が増えている、といってよいでしょう。
ただし、若者が風呂なし物件を選ぶとすれば、それは、クールなライフスタイルを実現するためだけではありません。
風呂なし物件に興味を持つ若者は、まずをもって「家賃を低く抑えたまま」「都心部に住みたい」。なぜでしょうか?こうしたニーズは、風呂なし物件に興味を持つかどうかにかかわらず、一人暮らしの若者に広く共有されるものだと考えています。
一人暮らしでは、自分のケアを自分一人でしなければなりません。同居人がいれば分担できるかもしれませんが。平日は早く帰ってご飯を作らなきゃ、ネットフリックス観たり、ビール飲んだりして、疲れを癒さなきゃ。そのための時間を通勤に取られるわけにはいきません。だから都心部に住みたいのではないでしょうか?。
それに一人暮らしなら、同居人の事情を考慮せずに、予算の許す限り、自分の好きな場所に住めます。子がいたり、働くパートナーがいたり、病院通いの親がいたりしたら、そうはいきません。職場の近く、いい雰囲気の街、みんなの憧れの街、お気に入りのお店の近く、必要なものが何でも揃う街。そういう場所ってどこでしょう?都心部ではないでしょうか?
③でも、東京の都心部の家賃は高すぎる。新築のワンルームマンションを借りようと思ったら、安くても月10万円の家賃支出は覚悟しなければなりません。だから、なるべく「家賃を低く抑えたまま」住みたい。1990年代後半以降、非正規雇用者や低賃金労働者として働く、貧しい若者が増えました。彼らにとって、都心部での家賃負担はあまりに大きい。東京圏出身者なら実家暮らしを選択できるかもしれませんが、地方から上京した「ボンビーガール」にはそれはできません。企業は非正規雇用者や低賃金労働者に対しては家賃補助を支給しない場合がほとんどで、一人暮らしの若者に対する公的な家賃補助は十分整備されているとはいえない状況です。地方出身の若者は(場合によっては東京圏出身の若者も)、自力で家賃を捻出しなければならないのです。
ここからが重要ですが、家賃を低く抑えたまま、東京23区内の便利な場所に住もうと思ったら、何かを犠牲にしなければいけません。
ここでいう何かとは、築年数、設備、面積などです。
つまり、風呂なし物件に住むことは、築年数と設備(風呂)を犠牲にして、便利な場所に安く住むということを意味します。
このような、価格と立地を優先し、それ以外を犠牲にするような住居選択は、風呂なし物件以外にもみられます。東京に住む若者(未婚者)特有のものなんじゃないかと私は考えています。
たとえば、新築の狭小アパート。やはり東京で流行っています。
面積と設備(浴槽なしシャワーだけの物件が多い)を犠牲にして、東京23区に安く住む。
あと、忘れちゃいけないシェアハウス。シェアハウスは、風呂・トイレ・台所などを共用して、他の入居者と共同生活する賃貸住宅ですが、その多くは東京23区の便利な場所に立地しています(石川 2019)。面積と専用設備を犠牲にして、東京23区で安く住むのです。
要するに、東京では「家賃を低く抑えたまま」「都心部に住みたい」若者が増えていて、工夫して住居選択する彼らのニーズに東京の風呂なし物件は合致する可能性がある。だから、わざわざ宣伝するのではないでしょうか。
冒頭の日経新聞の記事では、「シンプルな暮らし」や、銭湯を介して「地域とふれあえる」ことを求める若者の姿が強調されていました。
風呂なし物件が注目を集めるのは若者のライフスタイルが多様化したからだ、と言われれば、たしかにそうなんだとおもいます。
ただ、多様化の中身って、上で言われるような「いかにも」な暮らし方だけじゃありません。
仕事に追われて時間がなくても、お金がなくても、日々の暮らしを少しでも豊かにしたい。そのために住まい選びを工夫する。
地味だけど、これだって多様化したライフスタイルの一端だといえます。
シンプルに生きるとか、不便を楽しむとか、地域社会に積極的に関わるとか、そういうライフスタイルの若者がいるのは事実でしょう。
ただ、誇張していませんか?盛っていませんか?
政治・経済がそういう人物像を若者に期待している面があるような気がするなあと。風呂なし物件に関する記事や広告を見ていて思ったのでした。
案の定グダグダ書いてしまいました。悪い癖です笑
論理が破綻しているかも笑
PS. ひさしぶりのnoteの記事。コロナの濃厚接触者になって自宅待機していたおかげで書けました。
文献
石川慶一郎 2019. 東京都区部におけるシェアハウスの立地特性とシングル女性の住宅ニーズからみたその背景. 地理学評論 92: 203-223.
岸岡のり子・中島明子・大崎 元・鈴木 浩 2013. 東京都特別区における低質低家賃住宅の実態と社会住宅化の可能性. 住総研研究論文集 39: 109-120.
朴 炳順・松村秀一 2002. 東京における木造アパートの建築的特徴の変遷に関する研究. 日本建築学会計画系論文集 553: 139-145.
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