解剖学的に斜角筋隙(しゃかくきんげき)という部位が存在します。隙とは「Gap」のことで、腕神経叢と鎖骨下動脈が前斜角筋及び中斜角筋の筋間を通過する隙間を指します。
この斜角間隙が何らかの原因で狭窄すると腕神経叢と鎖骨下動脈が圧迫され、上肢の痺れを含む神経症状を引き起こす可能性が生じてきます。

臨床的には頚椎椎間板ヘルニアなどに代表される頚部神経根障害との鑑別を要しますが、
さらにはそれ以下の末梢神経障害との鑑別も必須となります。

斜角筋症候群以外の胸郭出口症候群(過剰外転症候群、肋鎖症候群、頚肋症候群)や、それ以下の円回内筋症候群、肘部管症候群、手根管症候群など、数多く存在する末梢神経障害の可能性を症状部位や軽減増悪要素などの問診事項からスクリーニングし、上肢における愁訴領域がデルマトーム領域に従うものか、末梢神経支配領域に従うものか、さらにはMyotome(筋力)、Dermatome(痛覚)、MSR(深部腱反射)を用いた神経学的鑑別を用いて、その障害部位を特定していく必要があります。

さらには同時に酷似した一見上肢の神経症状と捉えがちなMyofacial Pain Syndrome:MPS(筋筋膜痛症候群)による反射性の関連痛との鑑別も必要となる場合があります。
MPSの症例においては上肢領域に一見神経症状のような疼痛感が出現する場合があります。
MPSに関する代表的な書籍「Trigger Point Manual:Travell&Simons(1983)」において、著者は「トリガーポイントは特有の関連痛や関連性の過敏、運動機能障害あるいは自律神経症状が生じる。原因となる筋は柔軟性と筋力が低下し、固有受容を混乱させる」と定義しています。
上肢領域に関連痛を呈する可能性のある筋肉の代表格としては大胸筋、小胸筋、広背筋、棘上筋、棘下筋を挙げることができると考えます。
該当する筋肉の硬結部分を触診し圧迫を加えることで上肢への関連痛が出現もしくは増強する場合、また該当する筋肉の徒手筋力検査にて、筋肉の収縮時に関連痛が出現する場合などが予想されます。

斜角筋症候群と特定された場合の具体的なアプローチ方法として、斜角筋のストレッチや姿勢の改善などが紹介される機会が多いかと思いますが、なぜそこまで斜角筋が過剰な緊張状態に陥ったのか、もしくはなぜそこまでの緊張状態にならなければならなかったのか、原因部位や障害高位を特定できたら、ストレートにそれを変化させようとするのではなく、
「Why?」と考えることで患者さんが発症に至るまでの経緯が見えてきます。
ここで必要になるのは高価な検査機器ではなく、情報を引き出す対話力です。
こんなことがあったんじゃないか、こんな負担をかけていないか、患者さんは自分の身体についてよく考え、よく感じて、自分なりの答えを持っているものです。
それを聞き出すことができれば、なるほどそれが原因で結果的に斜角筋に負担をかけたのかと解釈に至ることができると思います。
このステップを踏むことでその後の施術がよりパーソナルで具体的なものになります。
斜角筋へのアプローチだけでなく、斜角筋に負担をかけた真犯人へのアプローチができるわけです。

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