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「幸福な朝食 退屈な夕食」 (リーグ第34節・ガンバ大阪戦:1-1)

あれは鬼木達監督の初年度となる2017年、明治安田生命J1リーグ第16節の試合後のことだ。

 吹田サッカースタジアムで行われた、ガンバ大阪戦。1-1のドローで終わり、悔しさを噛み締めていた小林悠は、鬼木達監督からこんな言葉をかけられている。

「お前が1本のシュートで責任を背負いこむ必要はない。責任を背負いこんでプラスになればいいけど、すぐに試合はやってくるんだから。1本のミスを背負いこむ必要はない」

 小林が悔やんでいたのは86分の出来事だった。
サイドを駆け上がっていたエウシーニョが、マイナス方向への折り返しを中央に配給。エウシーニョからの「決めてください」というメッセージ付きの絶妙なクロスボールで、これがゴール前に走り込んでいた小林への絶好の決定機となった。

 しかし右足で当てたシュートの弾道は、ゴール左に外れてしまう。あの場面のプレーについて、本人はこう悔やんでいた。

「コースが見えて流し込もうと思った。ちょっとスリッピーで、(タックルに来ていた)相手よりも先に触らなくちゃというのもあって、チョンと打つつもりがうまくミートできなくて……。もう少し、うまく当てれれば良かった」

 このシーズン、結果的にチームを初優勝に導き、得点王とMVPも獲得する活躍を見せることになる小林だが、この6月までリーグ戦は4得点と苦しんでいる。第10節のアルビレックス新潟戦以降、自身のゴールも生まれていなかった。

 今季からチームのキャプテンを務め、さらにエースストライカーとしての自覚を持ち、小林が強い気持ちでプレーしているのは誰もが認めるところだ。それだけに、試合終盤の決定機を逃した自分自身に納得がいってない様子だった。

「この試合に関しては、自分に責任があると思っています。最後の方は真ん中で、そこで点を取りたかった」

 しかし、チームの勝敗に関して、一人が責任を背負いすぎる必要もない。例えば、あの場面で絶好のお膳立てをしたエウシーニョに聞くと、彼はこんな風に気遣っている。

「ユウがあのシュートを決めて勝利したかったという気持ちは分かります。でも彼だけのミスではなく、他の試合では誰かがミスするかもしれない。やはり試合はみんなで戦っている。勝つ時はフロンターレの勝利だし、チームが負けるときはみんなの責任でもある。次のゲームでみんなが生かすことができたらいいと思います」

 キャプテンである小林がチームのことを背負い過ぎていることをすぐに察したのは、鬼木監督だった。そこで指揮官は「お前が1本のシュートで責任を背負いこむ必要はない」と声をかけたのだろう。

 小林は鬼木監督から言葉を噛み締め、自分に言い聞かせるように、つぶやいた。

「そうですよね。切り替えが大事だと思います」

 よく言われているように、ストライカーというのは、決定的なシュートを9本外しても、1本を決めることができたらヒーローになれるポジションだ。そう考えると、失敗体験をあまり引きずらずに都合よく忘れてしまう切り替えも、重要な素質なのかもしれない。

 この年の小林が、何かを掴んだようにゴールを取り始めたのは、そこからである。キャプテンとしてどうチームを勝たせるのか・・・ではなく、ストライカーとしてゴールを決めることでチームを勝たせて、まとめていく。自分なりのキャプテン像がクリアになったことで、小林は迷いなくプレーするようになった。

 あれから7年が過ぎた2024年10月16日。

鬼木達監督は、8シーズンに渡って指揮してきたクラブを去ることを決めた。

「今年は成績も出ていないし、これだけ長くやった中で責任を取れるのは自分しかいないというところもあります」

 そう言って、自らの責任も口にしている。そして退任が発表されて迎えた最初のゲームの相手はガンバ大阪だった。

 試合当日、別れを惜しむ涙のような雨がピッチに降り注ぐ中、チームは先制点を許す。そしてビハインドを追いかける展開で劇的な同点ゴールを決めたのは、途中交代で入った小林悠だった。同じ途中交代で入った遠野大弥からのクロスを高い打点でヘディングで叩き込む、起死回生の同点弾。

 小林悠の等々力での今季初ゴールが、雨の中で応援するサポーターのボルテージをグッと上げる。

 意外なことに、小林はガンバ大阪戦ではほとんどゴールを決めたことがなかった。J1通算で141ゴールを積み上げているストライカーだが、前回のガンバ戦で決めたのは、なんとプロ3年目の2012年の第6節。望月達也代行監督時代までさかのぼるほどだ。

 7年前の決定機逸脱が呪縛のようになっているとは思わないが、ガンバ大阪が相手になると、ところんゴールネットが揺れず、ガンバ大阪戦でゴールが生まれないというのは、小林の七不思議の一つだったのだが(他の六不思議は知らない)、そんなジンクスも吹き飛ばすゴールだった。


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