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「Double or Nothing」 (ACL第2節・蔚山現代戦:1-0)
スコアレスで迎えた、89分———。
どうしても越えられなかった壁を打ち破ったのは、キャプテンマークを巻いた男の一振りだった。
ゴール前で遠野大弥が巧みなボールキープから反転。
その後ろから走り込んでいた橘田健人は、親友とも言えるほど仲が良い遠野から自分にパスが出てくることを信じ切っていた。
だから、あとはシュートという選択肢を決断するだけで良かった。
「良い落としが来たので、思い切って振り抜きました。すごく良いコースに飛んでくれて良かったです」
まさに矢のような弾丸。
右足のインステップキックでミートされた一撃は、俊敏な反応に定評がある韓国代表GKチョ・ヒョヌの手をすり抜け、ゴールネットに突き刺さった。
次の瞬間、等々力競技場に溜まっていた感情が一斉に爆発する。
4年ぶりのACL開催ゲーム。平日のナイターということもあって集客に苦戦し、この日の入場者数は9,382人と1万人に達しなかった。それでも駆けつけたサポーターは総立ちだ。
スタジアムのボルテージが最高潮に達する中、殊勲の橘田健人はベンチから真っ先に飛び出してきたブラジル人アタッカーのマルシーニョから抱きつかれ、その後はみんなからもみくちゃにされていた。
思わず「W杯で優勝したのか?」と聞きたくなるぐらいの祝福の輪だったが、クラブにとっては、それぐらい特別であり、価値のあるゴールだったのだ。
だって、そうだろう。
今年の橘田健人がどれだけ悔しい思いを抱えて、そしてそこに真摯に向き合いながらピッチに立ち続けていたのか。フロンターレのサポーターの多くは、ずっと見てきたんだから。そんな思いがあったから、1万人の感情があれだけ爆発したのだ。
センターバックの山村和也は、あの決勝弾の軌道を後方から目撃していた。
「僕、真後ろだったんで。『決めてくれ』と思ったら凄いのが出た(笑)。抑えの効いた、いいシュートでした。ケントに感謝ですね」
そう言って、笑顔を見せていた。
ベテランたちも知っているのだ。ずっともがいていた年下のキャプテンに、いつか報われる日が必ず来ることを。山村は言葉を続けた。
「悩みだったりはあったかもしれないですけど、それを見せずに練習から熱心にやっていた。それを今日は得点という形で結果につながったのは良かったと思います」
そして彼自身もまた、今回の勝利を支えた立役者の一人である。
全く同じ場所で4日前に行われた、アルビレックス新潟戦。チームは3失点で黒星を喫した。ディフェンスリーダーにとってはあまりに悔しい敗戦だったはずである。ただこの日は見事な守備対応で、ピンチらしいピンチを与えなかった。
橘田健人も山村和也も、このチームのエースではないし、主役でもないかもしれない。
でも自分というピースでしか埋められない役割をしっかり持ってピッチに立っている。そして、こういう選手が今のフロンターレを支えているんだな、と思った。
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