鬼木フロンターレとは何だったのか:Vol.14〜不思議なメカニズムだった右サイドコンビ。敵地での大一番で淡々と逆転するチームの経験値。
今回は2018年シーズン後半に起こした巻き返し劇を見ていきます。
中断明けからチームは高いレベルで安定したパフォーマンスを見せており、7月18日のコンサドーレ札幌戦(2-1)、7月22日のV・ファーレン長崎戦は(1-0)。8月1日の浦和レッズ戦こそ0-2で敗戦になりますが、8月残りの5試合を4勝1分で乗り切ります。
夏場に強い川崎フロンターレの象徴が小林悠でした。8月には5試合で5得点とチームを勝利に導くゴールを奪い続けました。夏男の呼び名は伊達ではありません。
小林の爆発力とともに、チームの攻撃にも多彩さが戻ってきました。例えば逆転勝ちとなった清水エスパルス戦(第21節)で2ゴールはどちらも印象的でしたし、右サイドでは家長昭博とエウシーニョのコンビネーションで多彩な崩しを見せています。
■不思議なメカニズムだった右サイド
この時のフロンターレの右サイドエリアというのは、不思議なメカニズムになっていました。サイドハーフの家長昭博は中央や逆サイドにも頻繁に流れて「縦横無尽」な動きを見せますし、サイドバックのエウシーニョは、ゴール前に顔を出す「神出鬼没」です。
一見すると矛盾するようなタイプ同士ですし、噛み合うはずがないのにうまく噛み合っている。どんなメカニズムになっているのか、家長昭博に尋ねたことがありますが、彼は冗談を交えてこんな風に話してくれました。
「自分も攻撃的な選手なので、お互いに偏っているところがあるかもしれないですけど、エウソンはサイドバックにはない感覚がある。その分、自分を助けてもらえているので、非常にやりやすい。ただ、お互いに我が強いので、たまに喧嘩になりますけど(笑)。でも、うまくやってますよ」
なるほど。たまに喧嘩していたのね。
一方のエウシーニョにも見解を聞いてみました。「家長昭博は『たまに喧嘩になる』と言っているけど、エウソンはどうなんですか?」と聞くと、彼の返事は意外なものでした。
「そんなに意識したことはないですけど、アキが怒っていると感じたことはないです。もちろん、ミスがあったら要求はあります。自分としてはミスをしたプレーヤーに対しても、精神状態があるので、それを見ながら対処するようにしています」(エウシーニョ)
通訳を挟んだ関係で、ニュアンスがちょっと伝わりズラいのかもしれませんが、要は、言い合ってもそれは喧嘩ではないというのです。ブラジル人の彼からすると、お互いの主張をすり合わせているだけなのでしょう。ただこの年は、鬼木監督から守備のことをかなり徹底されていたようで、シーズン後半になるにつれて攻撃参加は自重していたようですが(それがあってのリーグ最少失点だと思います)。
・・・・噛み合っていないようで絶妙に噛み合っている。家長とエウソンは、お互いを主張させながら、絶妙なバランスで成立させていたという不思議な右サイドのコンビでした。
なお、この右サイドの関係が解体された翌年(2019年)は、シーズン通じて右サイドのコンビネーションに悩まされることにもなります・・・・が、それはまた2019年版で話しましょう。
■夏場の天王山を前に落ち着いていたチーム
そんな夏場の巻き返しをしていたタイミングで、大一番を迎えました。
それがアウェイでの首位・サンフレッチェ広島との一戦(第23節)です。
この時点で広島との勝ち点差は9。フロンターレは延期されていた湘南ベルマーレ戦が1試合未消化なので、正確には6~9ポイント差と言えます。ただ首位との直接対決である以上、この直接対決で負けるとリーグ連覇が絶望的になる天王山でした。
この時期に取材していて感じたことがあります。
それがトレーニングでのチームの雰囲気です。
とても落ち着いているんです。よく言えば「いつも通り」だし、言葉を変えれば、淡々と準備している。意気込み過ぎず、かといって冷めてもいない。ただただ、広島に勝ちに行く作業の準備を進めてくだけ。「冷静と情熱の間に」というタイトルの映画がありましたが、まさにそんな雰囲気でした。
この雰囲気をどう感じるのか。キャプテンの小林悠に尋ねると、こう代弁します。
「みんながこの一戦の重要性はわかっていると思います。そこは変に気負いすぎず、平常心でやること。勝つことだけにこだわってやりたい」
勝つために何をすべきなのか。それがチームみんなで共有されているため、キャプテンの小林は、自分が何かをチームメートに言う必要もないと言います。
「言わなくてもわかる選手ばかりですね。こういう厳しい試合、大事な試合を勝たないと優勝は見えてこないのはみんなわかっている。みんなを信頼して自信を持ってやりたい」
この時、つくづく思いました。
「勝ったことがある」という経験は本当に大きいのだと。
例えばこの2年前の2016年の1stステージ、アビスパ福岡戦。
勝てば、初めてとなるステージ優勝が決まる可能性があった1戦でしたが、最下位相手のチームと対峙したフロンターレの選手たちは、明らかに浮き足立っていました。そして立ち上がりに失点し、その動揺から2失点。最終的には追いつくのが精一杯でした。このタイミングで鹿島に勝ち点差を逆転され、そのままステージ優勝もかっさらわれました。
少し前までは、そういうデリケートな顔を見せるチームでしたが、いまはそういう脆さがありません。この大一番でも淡々と勝ちに向けた準備ができていたのは、本当に頼もしいところです。
こういった姿勢は、昨年の優勝による経験値がもたらしたものなのか。
この一戦に向けた囲み取材で鬼木監督に尋ねたところ、それは経験でもあり、シーズン後半での選手たちの成長でもあると言います。
「経験は大きいと思います。ただ、そうは言っても、初めての優勝からの今年で、前半戦はいろんなプレッシャーの中でやっていました。そういう意味では、後半戦のほうが、相手がどうやってウチに対して向かってくるか。それをしっかりと見極めながらできていると思います。そこは余裕ではなく覚悟ですね。そういう形で相手はくるんだ。しっかりと受け入れてやり続ける。そういうものが出てきた」」(鬼木監督)
2018年シーズン、川崎フロンターレは初めてJリーグチャンピオンという立ち位置でのリーグを戦っています。相手はJリーグ覇者に一泡吹かせてやると挑んできますし、ホームでの無敗記録に土をつけられた広島は、まさにそういう姿勢でフロンターレに挑んできたと言えます。
そして誤審がらみだったとはいえ、この時の敗戦は、優勝できなかったらこの誤審をみんな言い訳にしてしまうかもしれないと、のちの鬼木監督は話しています。それだけに、ここでの直接対決はもちろん、気負う部分も少なからずあったと思います。
しかし、実際の試合ではその強さをいかんなく表現した。
エディオンスタジアム広島でのサンフレッチェ広島戦。敵地で首位との直接対決を、2-1での逆転勝ち。
■慌てず、騒がず、たじろがず。そして試合後の中村憲剛が語った広島攻略法
敵地での首位決戦で、相手に先制される。
普通に考えれば、非常に難しい状況に追い込まれてしまったと感じてしまっても無理はありません。しかし、それでも選手たちは落ち着いていました。
慌てず、騒がず、たじろがず。しっかりと追いついて、さらにひっくり返す。見事な戦いぶりだったと思います。現地で記者席から観戦していて、チームとしてのたくましさを感じるほどでした。試合後の選手達も勝つのが当然だったと言わんばかりの言葉を口にします。
「焦りはなかったですね。後半に失点しましたけど、時間もまだあったので逆転できるという感覚はあった」(阿部浩之)
「後半に点を決められても慌てずにやれた。ギアを上げられるだろうなと思っていた」(家長昭博)
試合後、最後尾からチームを見続けているチョン・ソンリョンに「現在のチームの強さ」の要因を尋ねてみると、彼はこう言い切りました。
「全員の勝ちたい気持ちが強かった。ここに来れなかった選手もいますが、来れなかった選手全員が今は準備をしている。全員が同じ優勝という意識を持っているからこその強さだと思っています。それは去年の経験もある」
チームとして成熟してきていると言えるのだと思います。
もちろん、気持ちだけで勝てるわけではありません。
先手を許しても、追いついて、ひっくり返せたのは、チームとしての戦い方があってのことです。その根拠となっていたのが、前半から動かしていたことで相手の運動量が徐々に落ちていたこと、そしてゴールへの道筋も作り出していたことです。
例えば、この試合のバイタルエリア攻略の中心にいたのは中村憲剛です。
彼にはボランチの青山敏弘か稲垣祥のどちらかが張り付いてきました。それを見た彼は、ビルドアップのサポートでサイドに落ちることで、中央のマークエリアから頻繁に離れていきます。それでもボランチのどちらかが付いてくるのですが、そうなるとサイドにボランチを引っ張り出せるので、バイタルエリアを守るのはワンボランチになりがちです。
前半は選手間の距離感を保ちながら、スライドも早くすることでそのエリアを隠していた広島ですが、だんだん対応の際にコンパクトさがなくなってきます。
後半になると、サイドに起点を作ってから、逆サイドや真ん中を狙って揺さぶれば、ワンボランチでは守れないエリアが出てきます。そこでフロンターレは、中村憲剛がボランチを動かし、かつそこで生まれたエリアを両サイドハーフが中に侵入することで突いていきました。そうやって生まれた2得点だったわけです。
どう攻略するのかというロードマップが彼の頭の中にはあって、試合後はそれを詳しく明かしてくれました。こちらが引き出したという感覚はなかったのですが、この時の中村憲剛は、いつになく戦術的なコメントだけを最初から最後まで、詳細に話し続けました。
川崎フロンターレの公式HPに掲載する試合後のコメントは、戦術的なコメントに関しては少し省いてまとめることがあります。ただこの試合に関しては、省けるところがないぐらいの構成だったので、こちらもカットせずにそのまま載せました。すると、この中村憲剛の試合後コメントが「完全なる広島攻略法」だとサッカーファンの間で大きな話題になったほどです。
なおこれは首位であるサンフレッチェ広島と対戦する今後のチームの参考になることを狙って、中村憲剛が意図して話したものだったと後に明かしています。その因果関係は証明できませんが、結果的に、その後の広島は失速し、優勝争いレースも川崎が逆転しました。
ただそれもこの大一番での逆転勝ちがあったからです。敵地での首位との天王山を逆転勝ちするなど、 90分を通じて、冷静に遂行するチームになっていました。大一番で、淡々と勝ちへと持っていけるたくましさを感じたものです。
なんだか王者・鹿島のような勝ち方になってきたなと思うのと同時に、こういう突き詰め方は勝たないとわからないものなのだと実感しました。何より、鬼木監督が目指している勝ちにこだわるチームも、だいぶ浸透してきたと感じた時期でした。