「My Little Step」 (リーグ第27節・横浜F・マリノス戦:1-3)
「ただいま」
2022年の新体制発表会見でのこと。184cmの新人GKは、そう挨拶しました。
小学校5年生からのアカデミー育ち。それも、小学生時代から熱心に等々力競技場や麻生グラウンドに足を運ぶ熱烈なサポーターであった早坂勇希にとって、それはごく自然に出た言葉だったのだと思います。
「休みの日には、ふらっと麻生まで練習を見に行ってましたよ。もちろん、一般のサポーターとしてです(笑)」
加入間もない頃、彼にインタビューする機会があったのですが、本人はそう笑っていました。まさに生粋のフロンターレサポーターなんですよね。ちなみに一番最初に間近で見た選手は、GKの安藤駿介だったそうです。
「小学校の時には等々力で出待ちもしていました。一番最初に見た選手は安藤さんで、間近で見たのはケンゴさん(中村憲剛)、ジュニーニョ・・・・田坂さん(田坂祐介)からはサインカードをもらいました。ファン感も毎年見てきたし、浮き沈みのないままずっと来ています」
U-18の後はトップチームに昇格ならず。しかし、「4年後にフロンターレに戻る」と誓って桐蔭横浜大で研鑽を積み続け、シュートストップと俊敏な反応、そして精度の高いフィードを向上させながら自らを成長をさせると、愛するクラブからオファーが届く。迷うことなく入団を決め、帰還を果たしました。
「まずはスタートラインに立てた気持ちが一番強くありますし、自分が見ていた先輩方と一緒にプレーできるのは幸せなことです」
プロになることが最終ゴールではないことは、本人が一番よくわかっていたのでしょう。
ただプロ入り当初は、シュート練習の精度に戸惑い、そのレベルの高さに途方にくれたと言っています。
「最初は、全くシュートを止められなくて・・・・手も足も出ない状態で、打たれれば入るような感覚でした」
同じような話を、この日横浜F・マリノスのゴールマウスを守っていたポープ・ウィリアムからも聞いたことがあります。
彼が川崎フロンターレにやって来たのは2017年です。J2での出場キャリアもあったので、J1でも通用するんじゃないと思い込んでいたそうです。しかし、チームが始動してフロンターレのシュート練習をしていると、その技術の高さに舌を巻いたと話していました。
「衝撃でしたね。本当にうめえなと。シュートのタイミングもそうだし、駆け引きもしてくる。こっちはうかつに動けないし、飛び込むと(シュートを)浮かされる。待ったら待ったでやられるし、動いても撃たれる。岐阜からフロンターレに来て、レベルの差がありすぎた。そこに慣れることに時間がかかりましたね」(川崎移籍当時のポープ・ウィリアム)
J2リーグの試合で出ていたプロですらそう感じたのだから、大学生からプロになったばかりの早坂勇希ならば、絶望的な気分になってもおかしくありません。
しかし早坂勇希がすごいと思うのは、そこでへこたれず、「じゃあ、自分はどうするのか」と自分の矢印を向けて、自分の努力に切り替えていけることです。絶望的な気分になったのは初日だけで、あとは必死に食らいついてシュートストップに少しずつ感触を口にしていると明るく話していました。
「数日が経って、目も慣れてきました。タイミングも、自分なりに試行錯誤もありましたし、それで止められた時に自信もついてきます。だから、メンタルが落ち込んだのは一瞬だけです(笑)」
プロ1年目は、見るもの全てが成長の糧になっていたようでした。
そして、あれから約2年半が過ぎた2024年8月17日、ついに早坂勇希がゴールマウスに立つことになりました。
守護神であるチョン・ソンリョンのコンディション不良というアクシデントによって巡ってきたプロ初出場。試合当日に早坂勇希がスタメンだと知ったチームメートも多かったようでした。
試合開始45分前から始まるウォーミングアップ。ゴールキーパー陣は、フィールドプレイヤーよりも先にピッチに出て行います。
新加入の山口瑠伊よりも先頭でピッチに現れる早坂勇希。いつもよりも大きく、そして温かい早坂コールが起きて、この日にお披露目となったモーニング娘。の「ザ☆ピ〜ス!」が原曲のチャントが歌われていました。
試合前の選手紹介で早坂勇希のアナウンスがされると、一際大きな歓声と拍手と起きていました。等々力を包む、あの空気感。
サポーターはみんなわかっているのです。
アカデミー育ちである彼がゴールマウスに立つことの意味を。
※8月20日の練習後、早坂勇希が自身の初出場や、試合後の反響をあらためて振り返ってくれました。緊張していた彼に声をかけてくれた先輩たちのエピソードや、PKを決められたアンデルソン・ロペスとのやりとりも明かしてくれています。約2500文字の追記です。ぜひどうぞ。
■(※追記)「そういう人たちが周りにいることが心の安定剤になりました」(早坂勇希)。緊張する自分をうまく支えてくれた先輩たちに対する感謝の言葉。そしてP Kで対峙したA・ロペスからの言葉。自身のデビュー戦を語るとき、早坂勇希が語ったこと。
※8月21日に、佐々木旭に関する追記をしました。センターバックとしてゴールを守れるだけではなく、ビルドアップで相手のプレスを剥がして運び、かつ決定機も演出しています。開始5分には山田新の幻のゴール(オフサイド)につながるスルーパスを配給し、その後は積極的な持ち運びから逆サイドの家長昭博に展開し、ポスト直撃弾もお膳立てしています。試合終盤には左サイドバックとしてエリソンの追撃弾をアシストしています。これまでにないほど凄みや頼もしさを感じさせる存在感を見せていますが、そのプレーの秘密を語ってくれました。ぜひどうぞ。
■(※追記その2)「自信がないと慌てちゃいますし、慌てると視野もどんどん狭まってきてしまう。今はすごく落ち着いて遠くまで見えているので、(プロ)3年目にしてようやくって感じです」(佐々木旭)。なぜ佐々木旭は最終ラインから決定機を作り出せるようになったのか。複数の選択肢を持てるようになった背景とは?
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