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【恋する異世界】瞬間移動の聖女はスッポンポンで王子を救う

「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
 王宮の庭に絹を裂くような叫び声が響きます。
 きっと入ったばかりの侍女さんなんでしょう。
 目の前のわたくしの姿ですっかり驚かせてしまいました。
「ごめんね。スッポンポンで」
 一糸まとわぬ姿で現れたわたくしを見て、驚きの表情で固まっている彼女にお願いしてみます。
「もしよろしければ、パンツお貸しいただけると嬉しいのですが」

 わたくし、サージュ・ドートリッシュはこの王国に仕える聖女です。
 王家より賜った二つ名は「瞬間移動の聖女」
 わたくしは幼い頃より、一瞬のうちに我が身を移動させる事ができたのでした。
 この国の中なら、どこからでも王宮へ飛ぶ事ができます。
 有事の際に、急を要する伝令の務めに応じられるよう、わたくしは普段から王宮で暮らしているのです。

 無論、何事もない平和な時期であっても、瞬間移動の聖女としての鍛錬は欠かすことはできません。
 今日は王宮からすこし離れた丘から瞬間移動を行ったのです。

 この瞬間移動の術、飛べるのはわたくし自身の体だけ。服などは元の場所に残ったまま。移動した先では、わたくしはスッポンポンでございます。
 これが町中にでてしまったら、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうです。
 幸い、飛び出す先は王宮の中です。
 侍女たちなど関係者は皆、わたくしが出現する時はスッポンポンと分かっているのでさほどの騒ぎにはなりません。
 わたくし自身も小さな子供の頃からなので、さほどに羞恥心は感じないのが常なのですが、今日は違いました。

「おう、サージュではないか。いつも練習ご苦労だな」
 笑顔で近づいてきたのはアルトゥール様、この国の王子様です。
 すらりと伸びた背、ふわりと柔らかな金髪の間からは青い瞳がいたずらっぽくわたくしを見つめています。
 子どもの頃からこの王宮に暮らしてきたわたくしとはすっかり顔なじみなのですが、さすがにこの姿では恥ずかしくって顔から火が出る思いでうつむきました。

「スッポンポンでは風邪をひくぞ。これでどうだ」
 アル様はそのマントでわたくしを包んでくださいました。
 マントの中で肩を抱いていただけるなんて!幸せすぎて声も出ません。
「……ありがとうございます」
 かろうじてお礼を伝えた頃、王宮付の魔導士達がやっと服をもってやってきました。
「おまたせいたしました。聖女さま」
 彼らに向かって叱るような顔はしましたけど。
 心の中ではもっと遅くってもいいのにって考えていたのは内緒です。

 わたくしはアル様に恋焦がれています。
 小さな頃にはまるで気にせずスッポンポンで抱き着いていたのですが、恋する心に気が付いてからは、王宮の庭でお会いしても、はしたなく感じられるばかりなのです。
 もう、なかなか昔のようにはお話もできなくなってしまいました。
 今日は偶然なのでしょうか?アル様がお庭におられたおかげで久しぶりに声を聞けました。
 今夜はきっと素敵な夢を見られそうです。

*----------*

 アルトゥール王子は自分の執務室で、昨日見かけた聖女サージュの様子を思い返していた。いつもながらのスッポンポンで仕事をする彼女は小さな頃とはうって変わってまぶしく見えた。
 仕事の手を止めて、想いを巡らせてみる。
 昔は夏なら二人してスッポンポンで遊んでいた頃もあったなと懐かしく思い出していた。
 その横では愛妻家のガウス宰相は王子に向かって延々と妻の自慢話を続けていた。笑顔を褒めて怒った顔を褒めて寝顔を褒めて同意を王子に求めると、次は歌声を自慢して歩く姿を自慢してエクボを自慢するのだ。
 いつもなら、適当なところで遮って自分の執務に戻るよう促すのだが、王子は一通りガウスの話を聞いてから、思う質問を口にした。
「ガウスよ、もうじき結婚記念日と言っていたな。プレゼントはどうするのだ」
 アルトゥール王子は、聖女サージュになにか贈り物をしたいと考えていた。この前も彼女が頑張っている姿を見て、プレゼントを贈ってねぎらおうと何かいい案を探していたのだ。
「ほう。わが伯爵家秘伝の夫婦和合の品でございますので、王子といえどもお答えするのはちとはばかられるのです」
 こいつ、もったいぶっているなと思いながら王子はさらに問いかけた。
「女性に贈るプレゼント、なにか良いものを探しているのだが」
 ガウスはさらにもったいぶっていった。
「わたくしと愚妻のごとく、長年知った仲ならいざしらず。プレゼントといえば花束が無難というものでございます」
 十分に妻の自慢を聞かせるだけ聞かせてガウスは執務室から退去した。

 王子は忍びの心得のある従者をそっと呼んで、命令した。
 ガウス宰相が妻へ贈るプレゼントを探り出して、同じものを準備せよと。
 数日のうちに従者は王子の命令のとおり、かのプレゼントの品物を持ってきた。
 プレゼント用に赤い包装に白いリボン。
 メッセージをつけられるよう、ちょっとしたカードも一緒にデスクに置かれていた。
 王子は聖女への感謝を込めて、ねぎらいの言葉をメッセージにしたため、プレゼントと一緒に聖女へ贈った。

*----------*

 アル様からプレゼントを頂戴できるなんて。
 わたくしは天にも昇る思いで、赤い包装紙をやぶり、中にはいっているプレゼントを取り出しました。
 それは、赤い色の小さな布地に赤い色のヒモが2本ついています。
――なんでしょう。これ?
 年配の侍女に見せてみたら、顔を真っ赤にして教えてくれました。
 これは下着なのですと。
 なんでも「ひもパン」というもので、身に着けていると殿方がとても喜ぶのだそうです。

 アル様はこのようなものがお好みなのですね。
 愛するアル様からのプレゼントの赤いひもパン、ちょっと恥ずかしいけれど、いつも身につけていました。
 そして、物思いが尽きないのです。
 この姿をアル様に披露できる日が来るとしたら。
 後ろ姿もお見せするのかしら?
 その時は二人きりなのかしら?
 きっとそれはアル様に全部ぜんぶお見せする時なのでしょうね。
 思い浮かべるだけで胸の鼓動は高くなります。
 そんなわたくし、きっと顔にも紅色があふれているのでしょう。

*-----*

 今日も、瞬間移動の聖女としての鍛錬です。
 目をつぶって念じれば視界は光に包まれ、わたくしは王宮の庭へこの身を運んでいくのです。
 残念ですけど、今日はアル様はお忙しいらしく、お姿を拝見する事はありませんでした。
 残念だなぁと思っていると、王宮魔導士の一人が声を掛けてきました。
「聖女様、その赤いヒモは?いかがなさったのですか?」
 そういえば、今までは瞬間移動の時は服もなにもかも置いたまま飛んできていました。
「聖女様、そのヒモはどちらで手に入れられたのですか?」
 正直にこの国の王子であるアル様に頂いたと言ってしまっていいのかしら?
 なんとなく、下着、それも赤いひもパンをアル様にもらったと殿方に言うのは気恥ずかしくて、なんとか言葉を濁してその場を取り繕いました。
 でも、本当に不思議ですね。
 なぜ赤いひもパンはわたくしと離れないのでしょう?

*-----*

 今日は辺境の視察でアル様と一緒の馬車に乗っています。
 実際には、わたくしがほぼ国境から王宮へ瞬間移動できるかの確認の為の旅行です。
 アル様の視察というのは、忙しい王子の息抜きとして、宰相様がとってつけた仕事のようです。
 急ぐ事もなく順調に、無事国境の付近まで参りました。

 馬車の中、アル様のお顔は美しく、輝く笑顔がわたくしに向けられるたびに胸がいっぱいになってしまって、満足に言葉を交わすこともままなりません。
「プレゼント、受け取ってくれたと聞いている」
 アル様の言葉にわたくしは赤いひもパンを思い出し、顔が赤らみました。
「どうした。気分でも悪いのか?」
 笑顔を曇らせて心配しているアル様もとても美しく、私はまたうつむいて、はにかんでしまいます。
「大丈夫です。プレゼント、今もしっかり身に着けております」
 それを聞いたアル様は笑顔でおっしゃいました。
「そうか、見てみたいな」

ーーこんなところで!
 アル様の言葉を聞いて、わたくしは覚悟を決めました。
いつでもお見せしたいと思っていましたから。
「ご披露いたします」
 そういって立ち上がって服に手を掛けた時、馬車は大きく揺れて止まってしまいました。
 異変が起こったのです。

 隣国の兵たちが、国境を越えて押し寄せてきたのです。
 かねてより警戒こそしていたものの、しばらくは戦火の可能性も低いだろうというこちらの油断をついて、攻め込んできたのでした。
 アル様は騎士たちを指揮し、奮戦しましたが、攻め寄せる軍勢は雲霞のように襲い掛かり、騎士たちはひとりまたひとりと打ち取られていきます。
 やがてわたくしとアル様二人きりですっかり取り囲まれてしまいました。
アル様も手傷を負い、自らの血なのか、返り血なのか、顔は赤く塗りつぶされて、見分けもつかないようです。

 アル様は、わたくしに言うのです。
「サージュよ、早く行きなさい。お前ひとりなら難なくこの囲みを越えられる」
 嫌なのです。わたくしは嫌なのです。
 泣きながらアル様に取りすがります。
 アル様は朦朧としながらも、思いついたように言葉をくださいました。
「そうだ、プレゼントを身に着けている姿を見たいな」
 わたくしは服を脱ぎ、アル様の目の前に立って披露しました。
 くるりと回って、全部ぜんぶ見ていただいたのです。
 もう意識をつなぐこともつらいのかアル様はうわ言のように言葉をくださいます。
「サージュ、珍しいな。今日はスッポンポンではないのか」

 周囲の喧騒はしっかり静まり返っています。
 取り囲んだ敵兵たちはもはやわたくし達に生きる道はないとおもってか、手を出してきません。

 わたくしはアル様にいただいた赤いひもパンと一緒に王宮へ逃れるのかと思った時、それは閃きました。
「アル様、いえアルトゥール王子様、お願いがございます」
 大きな声で告げました。
「わたくし、アルトゥール王子様を頂戴したく願い出ます」
 何を言ってるんだとアル様は訝し気にこちらを見ましたが、ひるむことなく、言葉を続けます。
「どうかアル様、どうか全部ぜんぶ、わたくしに。あなたのすべてをわたくしにください」
 アル様はもはや意識をつなぐことも難しいのか返事をしてくれません。
 わたくしは半狂乱になって泣きながらアル様の両のほおを掌でくるんで叫びました。
「うんと言え うんと」
 かすかにアル様の頭は動きました。

 わたくしはアル様からアル様を頂戴したのです。
 そう、あの赤いひもパンのように。
 かすかにうなづいたアル様の頭を胸にかき抱いてわたくしは瞬間移動の術をおこないました。

 いつもの光に包まれて、
 いつもと違って二人で、
 王宮の庭へと運ばれて行きます。

 王子が襲われたとの知らせを受けた王宮の大騒ぎの真っ最中、
 人であふれる王宮の庭に、
 抱き合った二人が一糸まとわぬスッポンポンで飛び出しました。

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 今日の王宮は晴天に恵まれ、大広間は人々の笑顔で彩られています。
 そしてアル様はいつもにも増して美しく、その気高さは天の音楽のように人々を酔わせています。
 アル様の傍らには……わたくしが並んでいるのです。
 今日はアルトゥール王子の婚礼の儀、花嫁はわたくしなのです。

 あの日、スッポンポンで抱き合う姿を数多くの皆さんに見られた以上、けじめをつけるというのはあくまでも表向きの理由なのです。結びの神事の最中ですけど、二人向かい合った時、小さな声で申し上げました。
「あの時、約束してくださいました。アル様は全部ぜんぶわたくしの物なのです」
 目を離さずに笑顔でうなづいてくださるアル様への愛はいつまでも続くのです。


お読みいただいてありがとうございます。ゆるーい異世界のお話を【恋する異世界】として、更新しています。

それぞれ短いお話です。どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。


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