両国酒店
氷点下にもなろうかという寒い夜。
徳島の冬がこんなに寒いとは思ってもみなかった。
四国って南国じゃなかったのか。
駅前から眉山へと椰子の木がずらりと並んでいる光景を見て、ああ、さすがは南国だ、と早とちりするのは、ヤラカスシティホールの裏を歩いていて、並んだ家々から「こんにちは!」「こんにちは!」と窓やら玄関口から次々に声をかけられるのを、ああ、徳島の人はフレンドリーで道ゆく人に挨拶するのが当たり前の素敵な町なんだなあ、と勘違いするのと同じくらい罪な事である。
そして震えながら新町川、両国橋。
営業してるのかどうか、という以前に、本当にここが飲み屋なのかどうか、というレベルで判断できずに店の前で思わず立ちすくむ。
伝え聞いたところによると、この謎の酒場、かなり好みの分かれるクセの強い店らしいが。
ええい、ままよ。
この両国酒店がどんな酒場だろうが、真っ当な酒呑みを慰めてくれる酒くらいあるはずだ、と、思い切って薄暗い階段を登る。
行こう、おばさん、父さんの言った道だ。父さんは帰ってきたよ。
いや、おばさんて誰だよ。
などと、くだらない事を独りごちながら入り口の引き戸を開けると、細長い店内に、朱塗の年季の入ったカウンター。
なるほどね。なるほど、なるほど。
「いらっしゃい」
さて、
メニューらしきものは・・・、と見回すが、それらしきものは見当たらず。
カウンター正面の壁に、額に入った文字を見つけ、これがおそらくはメニューなのでしょう。
なになに・・・
湯豆腐、寄鍋、
焼魚、煮魚
刺身、いかさし
関東煮、ねぎ焼
酢物、季節料理
各種天麩羅、焼肉
以上
読める、読めるぞ!
以上、とある以上、それ以外は無いんでしょうなあ。
とりあえずビールを頼むと、すかさずスードラの大瓶が出てくる。
焼き魚は何がありますか?と聞いてみると、
「今日は・・・鯖だね、」
と。
鯖か。結構結構。
このカウンターの、ちょっと中途半端な高さと、妙な椅子。
これおそらく昔は立ち飲み屋だったのではないかと想像する。
そういえば屋号は酒店。
階下の閉められて相当な年月が経っているように見受けられる店舗跡は酒屋さんだった佇まいだ。
たぶん元々は角打ちをしてたのでは、と。
いやはやなんだか不思議な体験だったなあ、と狭い急な階段を降りながら思うのでした。
こういうのも良いよね。