オンラインとリアルのブレストの比較実験
試みとして、学会発表する論文を、事前に公開します。
この実験について詳しく聞きたいという方や、創造が好きな方は、ぜひ秋の学会でディスカッションしましょう。
要旨:
オンラインではリアルよりもブレインストーミング(以下ブレストと略す)が捗らないという問題について比較する実験を行いました。
結果は、アイデア生成数、創造的反応、ともにオンライン側の方が少なくなりました。
しかし、意外な点として、アイデアを練りあげるような高度な思考作業の面では、オンライン側の方が質の高いものが多くなりました。さらに追加実験を行い、考察を行いました。
キーワード:社会的促進,オンライン・ブレインストーミング,創造的孤独
1.アイデア数は減る
オンラインの方がリアルよりもブレインストーミングが捗らないという問題について比較する実験を行いました。
60名強の参加者が、オンライン会場とリアル会場に分かれ、ブレストを行います。(※0)
結果としてはブレスト中のアイデア生成数は半減していました。
(生成数のO/R=0.54)
(O/R=オンラインの参加者の値の平均をリアルのそれで割った値)(※1)
またオンラインでは、ブレストにおいて手応えがないと感じることも気のせいではなく「創造的反応」――ブレストの会話中、アイデアや情報要素を持たない音声要素であり具体的には「笑い、共感、鬨の声」――が少なくなっています。
同実験では、創造的反応が2〜4割ほど減っていました。
(笑いのO/R=0.64)(※2)、
(共感のO/R=0.84)(※3)、
(鬨の声のO/R=0.78)(※4)
ここまではこの1年間で多くの人が感じていた事の分析的な追認に過ぎませんが、この比較実験ではもう少し踏み込んだことをしています。
2.アイデアの質は上がった。なぜ?
この調査では”アイデアソン”というアイデア創出活動をしています。
まず皆でブレストをし、その後各自でそれらのアイデアを材料にしてアイデアスケッチを書き上げ、それらの中で魅力を感じるものに各自が評価(星つけを)していく活動です。(※5)(※6)
このアイデアソンを実施した直後に、「オンライン会場の上位3案」と「リアル会場の上位3案」を全員(=リアルとオンラインの会場の全参加者)でレビューします。
そして、計6案の中でどのアイデアに最も魅力を感じたかを、回答してもらいました。
その結果は[オンライン側がかなり多い]という結果になりました。
(リアル上位案支持=36%、
オンライン上位案支持=63%、
どちらも支持しない=3%)(※7)
アイデア創出作業に関する一般傾向として「量が質を生む」という傾向があります。
であればブレスト時のアイデア生成数が多かったリアル会場の方が質の高いアイデアをうむはずです。
しかし結果は逆でした。
このことについて様々なオンライン活動の専門家と討議をして、一つの仮説が浮かび上がりました。
これは社会的促進(及び、社会的抑制)によるものではないか、と。
具体的には以下の通りです。
まずアイデアスケッチを書き上げる段階(※8)では、オンライン会場の人は[カメラもマイクもオフにして完全に個々人での作業]をしています。
一方、リアル会場の人は[”3人組の島状”の机に向かい合い着席し、このパートだけは個々人で作業をする状態]にしています。(※9)
オンラインの人はカメラマイクをオフにした状態では、早めに休憩に入りコーヒーを飲んだり自分一人でくつろいでアイデアスケッチを書くことができます。
リアル会場の人は、基本的には黙って作業するとはいえ同じ島に座っている人の作業の様子が見え、書き込む音が聞こえます。
また早く終えて休憩をとる人がそばを通るなどをしています。
社会的促進(※10)は「慣れている行為に関しては周囲に人がいると促進され、不慣れな行為に関しては逆に抑制される」というものです。
【初期段階のブレスト】のように[頭に浮かんだことをとりあえず言葉にしてみる]や[人が話したアイデアの良い点をコメントしてみる]という作業は、単純で慣れている雑談に近い作業であり、周辺に人がいることで社会的促進が起こるものと思われます。
一方【話し合われたアイデアのかけらを材料にしながら練り上げて一枚のアイデアスケッチに仕上げていく】という高度な思考作業は、多くの人には不慣れであり、周辺に人がいることで社会的抑制が起こるものと思われます。
今回の【ブレスト】はリアルの方が有利であるが、その後の【アイデアスケッチの書き上げ】はオンラインの方が有利である、という結果を社会的促進を通してみるとよく説明がつきます。(※11)
3.実験の環境(長崎大学)
実験の場は長崎大学のアントレプレナーシップコース、筆者の担当するアイデア創出の授業です。
オンライン会場とリアル会場をつなぐテクニカルサポート(高度な配信スキルを持つTA)3名により、2会場の同時進行を実現しています。
この実験の回の参加者数は60名強であり、AグループとBグループに分けられています。
参加する会場(オンライン会場とリアル会場)は毎週交代制です。
この比較実験の実施までに、両グループとも一回は、私の講義のリアル会場に参加しています。
グループ間に発想力や授業への参画意識に顕著な違いはないように分けられており、実際そのように感じられました。
4.考察(1)「創造的孤独」
企画作業の後半は、[リアルに集まり一つの部屋に皆でいる状態]よりも[物理的に他者のいないリモート参加状態]の方が有利である可能性があります。
いわば[創造的孤独](※12)とでも呼ぶべき利点です。
さて、ここまで来て、もう一段階進んだ疑問が現れます。
オンラインでグループで企画的な作業をする上で、ビデオ会議システムにいるメンバーに[創造的孤独]の環境を提供するには「ビデオもマイクもチャットもOFFにした状態がいいのか」あるいは「ビデオONにして相互に作業の様子をモニターできる状態でもいいのか」という点です。
5.追加の実験(早稲田大学編)
この創造的孤独にクローズアップし、追加で別の実験もしてみました。
今度は実験の会場を移し早稲田大学における実験です。(※13)
およそ90名弱の参加者(全員オンライン参加)で、オンライン・アイデアソンを行いました。
プロセスは先の実験とほぼ同じです。
違いは、長崎の方は参加者がリアル会場とオンライン会場の半々であったのに対し、早稲田では、全員がオンライン会場で参加している、という点です。
さて早稲田では、アイデアスケッチを始める前に、[三種類の実験条件]に別れてもらいアイデアスケッチを書き出してもらいました。(※14)
● [実験条件 A] の人達には、Zoomの小部屋で3人組になってもらいカメラやマイクをオンにした状態でアイデアスケッチを書いてもらいました。「その作業時間中に雑談をしたり私語をしても構いません。もちろん黙っても構いません。」と指示しておきました。
● [実験条件 B] の人達も、同様に三人組になってもらい、カメラのみオンにして、マイクはオフ、そしてチャットも使用禁止としました。”他の人が作業しているのが視覚的に見えるけれど、話しかけたり話しかけられたりはしない”という状態です。
● [実験条件 C]の人達は、実験条件をそろえるために、3人組で小部屋に送るのですが、カメラもマイクもオフチャットも使用禁止としました。「Zoomからログアウトしてもよい」としました。
6.たくさん出す群、質の高いものを出す群
さて、全員がアイデアスケッチを書き上げた所で、アイデアスケッチの枚数をカウントしました。
結果は「A=76個、B=72個、C=87個」となりました。
人数で割った、一人当たりのアイデアスケッチ数は「A=2.8個、B=2.4個、C=3.1個」となりました。
つまり数の面では、「C」がもっとも生産性が高いという結果になりました。
では、質はどうでしょうか?
まず、どの実験条件の参加者も、全アイデアスケッチ(つまり、他の実験条件のアイデアスケッチも対象にして)を見て回り、魅力を感じるものに☆をつけました。
その結果、☆を多くとったのは「A」と「C」でした。(※15)
これらの結果を踏まえ、参加者達に、小さい集団での討議タイムを与え、どうしてこのなったかを検討してもらったところこのような意見が上がりました。
[実験条件 C] は創造的孤独の状態にあり作業がしやすい。
[実験条件 B] は、他のメンバーから無言で見られていてそのことが意識され集中しにくかった。ストレスになった。
[実験条件 A] は他者に見られていたり話しかけられたりするので、一人でいるような集中状態にはなれないものの、頭の中で練り上げていくアイデアについて時々他者に話して意見をもらうことでブラッシュアップが進んだためアイデアの質が高くなった。
対話の分、時間がかかるので、Cには負ける。
これらの結果を通して、この実験結果をまとめると次のようになります。(※16)
高度な思考作業(アイデアスケッチを練り上げる作業)は、完全に創造的孤独の状態にできる状況(実験条件 C) が有利である。
他者に見られていることに意識が取られ集中度が低い状況(実験条件 B)は不利である。
7.考察(2)「顔出しで遂行レベルが下がる」
参加者の様子をモニターするためにカメラを常時オンにすることを強制するケースがありますが、作業内容が[当人にとって不慣れな内容]、[高度な思考作業を伴う内容]であれば、カメラONの状態では社会的抑制(つまり、遂行レベルの低下)が生じます。
可能であれば、オンラインでのチーム活動中の[高度な思考作業を要する局面]においては会議システムの中にいても、カメラもマイクもオフにした創造的孤独の状態を作ってあげることが肝要と考えられます。
8.まとめと提案
本内容をまとめます。(●実験結果と→■提案)
●ブレストにおけるアイデア生成数はオンラインでは5割減。
→■対面と同じぐらいのアイデアが欲しい場合は2倍の時間を用意する。
●ブレストにおける創造的反応(=笑い、共感、鬨の声)はオンラインでは2~4割減。
→■オンラインのブレストでは創造的な反応は、薄くて当然であり気にしないようにする。あるいは、互いに対面の時よりも3割ぐらい多めに行う。
●高度な思考作業を行う局面では、個々人で作業を行う場合は、社会的抑制が生じてしまわないように、創造的孤独の状態を作ってあげるほうが良い。
→■オンラインのグループ作業中でも、各人がカメラやマイクをオフにするか、会議システムを抜けて作業をしてよいようにする。
(謝辞)
本研究に実験の場を提供してくださった長崎大学・早稲田大学の教員の皆様、TAの皆様には心から御礼を申し上げます。
注の一覧
※0・・・実験は2021年7月長崎大学。受講者の大半は1年生。リアル会場とオンライン会場の同時開催。
※1・・・
ブレストにおけるオンラインの参加者のアイデア創出数の平均数は、対面の参加者のそれの「54%」であった。
[アイデア創出数]は、各自がセッションを振り返りカウントしたもの。
※2・・・
ブレスト・パートにおける、オンラインの参加者の[笑った回数]の平均は、対面の参加者のそれの「64%」であった。
笑った回数の定義は[自分が笑った回数]+[他者が笑った回数]を足したもの。
[回数]は、各自がブレストのセッションを振り返りカウントしたもの。
[他者とともに自分が笑ったケース]は、前者にカウントするとし、重複カウントはない。
なお[0回、1回、2回、、、、9回、10回以上]という選択肢からの回答とし、平均値を出すうえで[10回以上]は10として扱った。
この点は、アンケート設問の設計がやや不十分であった。
というのもリアル側は[10回以上]を選ぶ人が多く、実際は13回や21回であったことも想像されるが、それらが皆10回になってしまっている。
ゆえに、リアル参加者の実際の平均回数は今回のデータよりも更に多いと考えられる。
そのため、上述した「64%」という数字は、調査精度をあげて行っていれば、分母が大きくなり、64%よりも値は小さくなる。
※3、※4についても、同様の定義、同様の問題を含んでいる。
※3・・・
ブレスト・パートにおける、オンラインの参加者の[共感した]回数の平均は、対面の参加者のそれの「84%」であった。
[共感した回数]の定義は[自分が共感を示した回数]と[他者が共感を示した回数]を足したもの。
共感は、「いいね」「なるほど」等の音声の他、音声情報から外れるが、[相槌を行った]/[相槌を行っているのを見た]こともカウントに含めた。
※4・・・
ブレスト・パートにおける、オンラインの参加者の[鬨の声]回数の平均は、対面の参加者のそれの「78%」であった。
[鬨の声]は、「おおー!」や「あー!」という複数人が同時に発する感嘆詞とした。
[鬨の声の回数]は、[自身も発話した回数]と[自身は発話しなかったケースの回数]を足したもの。
※5・・・
アイデアソンの詳細プロセスは『すごいブレスト』3章(のオンライン・アイデアソン)のプロセスに準拠して行った。
※6・・・
なお、この時は、会場毎に☆つけを行った。
すなわちオンライン参加者の方がオンラインの全アイデアスケッチを、リアル参加者の方がリアル会場の全アイデアスケッチを対象にして、星をつけて魅力的なアイデアを抽出するという作業した。
※7・・・
「リアル上位案」「どちらにも支持しない」「オンライン上位案」の得票を、リアル会場とオンライン会場(ただし母数をリアル会場と同じになるように調整したもの)を合計しパーセンテージを算出した。
母数を調整した理由は、母数の多いリアル会場側の影響が強く出てしまうことを回避するため。
その結果、支持されたのは「リアル上位案=36%」「オンライン上位案=61%」「どちらにも支持しない=3%」であった。
※8・・・
アイデアスケッチの作業は、筆が遅い人にも配慮し「アイデアの素描時間15分間」と「10分間の休憩」をあわせ「25分間」を与え、各人の裁量に任せ、自由に行動がしてよいとした。
※9・・・
リアル会場では、個人作業を指示していたが、時々、島の中で会話をする姿がみられた。
長く話し込むケースについてはファシリテータ(教員)が、”周辺の人の思考作業の邪魔にならないよう”に配慮を求め、会話を終了させている。
※10・・・
社会的促進は、一般概念の辞典である大辞泉によると「集団で作業をすると、同じ仕事をする他者の存在が刺激となって、一人でやるよりも達成効果が増大する現象」とされている。
ノーマン・トリプレット(1898)やフロイド・オールポート(1924)が源流とされる。
※11・・・
この実験結果の一般化には限界がある。
実験では、アイデア生成数や反応の数は本人の振り返りによるカウントであること。
特に※2に記した点。
また1回の実験におけるデータからの分析であり再現性があるのかはここからは何も言えないこと。異なる属性の人々に対しての適用が可能であるのかは定かではないこと。などがこの実験の弱い点としてあげられる。
※12・・・
”創造的孤独”という語はアーティストなどが使う用語であり、学術的な認知度はなく定義もない。
ここでは「創造的な思考作業をするために一人になれる環境」と定義して用いる。
※13・・・
筆者の担当する講義(早稲田大学 デザイン論 夏季集中講義)。
完全オンラインであり、受講者人数の内、リアルタイム授業を望んだ受講者(90名弱)を対象に実験を行った。
受講者の大半は大学一年生。
(実験上望ましいのは、実験環境を継続することであったが、長崎大学は筆者の担当回が終わってしまったため、早稲田大学で同年次の学生にて実験を行ったもの。)
※14・・・
ABCの参加者は、ブレイクアウトルームのランダムな振り分け機能で分けた。
3人部屋を作る都合上、完全に均等にはできず「A=27名、B=30名、C=28名」の人数構成とした。
※15・・・
各条件の得票上位5つは「A=38,38,34,27,26」「B=29,27,24,24,24」「C=38,34,27,26,25」であった。
※16・・・
なお、この追加実験も実施回数は1回であり、データ数が少ない。
また他の属性での適用ができるかはこれだけでははっきり言えない。この実験結果をもって言い切れない可能性が過分に無視している点については、重々承知の上で、現在の社会環境に必要な知見と考え、今回学会発表を行うこととした。
ー論文ここまでー
最後まで読んでくださってありがとうございました。
この辺に興味のある方がいらしたらぜひ、この秋の学会でディスカッションをして、ともに知識創造をしましょう。
(石井発表時刻=10月3日12:00~12:30)(Cというグループです。)(開催はZoomにて。学会員でなくても参加できます。要参加申込)
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