久遠の即身仏
亜光速宇宙船『ハガネ』のカメラが”それ”を捉えたとき、ビルは思わず椅子から跳ね上がった。
「マジかよ。マジで見つけやがった!」
それはハガネより2時の方向。亜光速をはるかに越えるスピードで飛んでいる。
半年前。超光速航行の実験中宇宙船が爆発する事故が起きた。ほとんどのクルーは爆発前に脱出したが、船長の村上芳美は最期の瞬間まで超光速空間の安定を一人で務めた。
この世紀に残る大事故は村上芳美の犠牲で幕を閉じたかのように思えた。
しかし──そう、慣性の法則。
それにより村上芳美の魂は超光速で宇宙を彷徨うことになる。
念仏は届かない。音速では、光速に届かない。
このままでは村上芳美の魂が悪霊化し、銀河に厄災をもたらすこととなる。
だが、この危機に立ち上がった男がいた。
ビルはマウンテンデューを握りしめる。
「俺の仕事はここまでだ」
ぐいと煽ると炭酸が腹の中で弾けた。
「あとはあんたの役目だぜ、お坊さんよォ!」
その声はブリッジの外壁を越え、フルメタル作務衣に身を包んだ男の耳へ届く。
条雲僧侶は静かに目を開く。
「応」
フルメタル作務衣のブーディストドライブが起動する。超圧燃料がうねりをあげ、ブースターから噴射される。
船体からパージしたフルメタル作務衣はぐんぐんとハガネを引き離し、超光速の世界へと突入する。
「さて、仏さんはどこだ」
サポートAI『ANANDA』が村上芳美の方向を指示する。
『角度上方3ミリ修正』
「応」
条雲は仏教徒の冷静さと繊細さでフルメタル作務衣を緻密に操作する。
フルメタル作務衣のモニターと条雲の目は、確実に村上芳美の魂を捉えた。
「いま成仏させてやる」
条雲は村上芳美に向かって念仏を唱える。しかし、
「ムッ!」
突如、フルメタル作務衣が減速する。このままでは超光速空間から離脱してしまう。
「ANANDA!」
『超光速デノ負荷ガ予想以上ダ』
「チィ……あと少しだってのに」
村上芳美との距離が徐々に離れていく。このままでは孤独の魂が超光速空間で永遠に苦しむことになる。
「……おい」
条雲は静かに言う。
「減速用エネルギーを加速に使え」
「……! シカシソレデハ減速ガ!」
「禅問答不要! ブーディストドライブ噴射!」
条雲は超加速する。フルメタル作務衣は光速空間から超光速空間へと突入する。
『目標マデ距離50、40……』
超光速空間へと突入したことで全ての星は流れ星となる。
『20、10……』
光も音も全て置き去りににし、一人の僧侶は超光速で突き進む。村上芳美の魂へと。そして、
『念仏圏内デス!』
「うおおおおおおお行くぜ般若心経!」
孤独の空間に一つの念仏が響き渡った。
超光速空間の中、条雲は速さに身を任せるがままにしている。
『村上条雲』
エネルギーを使い果たし、機能停止しかけたANANDAが声をかける。
『コレカラドウスルノダ?』
「ン、まあそうだな」
見上げると、無空の彼方を流れ星が埋め尽くしていた。
「このまま念仏を唱え続けるのも悪くねえや」