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バイバイ・バンバン

 このろくでもない現実について、なんと表現するべきだろうか。
付喪神というものが存在することは知識として知っていた。だがそれが実在し、よりにもよって多重積務者の頭をいまぶち抜かんとする拳銃に宿るとは思わなかった。
「やめてくれ」懇願する声が聞こえる。「あんたにも親があるだろう」
 ああその通りだ。だが、親もいない拳銃なんかに親のことで諭されたくはなかった。
「頼む、俺はもう人を殺したくないんだ」
「そうか。俺はまだまだ殺したい」
 なぜなら仕事だから。この後もぶち抜かれ待ちの多重債務者が列をなして待っている。成果主義のこの仕事はやればやるほど儲かる。
「だから、殺してやる」
 そういって引き金を引こうとするも、不可思議な力によって阻害される。
「させない」付喪神はいう。「もう二度と、誰も殺させない」
 くさっても付喪神といったところか。神通力らしき力で、引き金はびくともしなかった。
「なあ、あんた。これはあんた自身の心の声とも解釈できないか?」
「なんだって?」
  膠着状態の最中、付喪神はなにを思ったのか諭すように言う。
「つまり、俺は人を殺しすぎて精神が疲弊しちまったあんたの心の声なんだよ」
「つまり、お前は俺の良心?」
「そうだ、兄弟。その通りだ」
 なるほど。この付喪神野郎のいうことにも一理あった。こういう仕事なので心が病んでしまったやつを何人もみてきたし、自分がそうならないとは言い切れなかった。殺しの日々が走馬灯のように頭の中を過る。
「なるほど。よくわかったよ」
 拳銃を机の上に置く。結局こうするしかなかった。
「それでいい」拳銃がいう。「それでいいんだ」
 その言葉を聞きながら、俺は拳銃のすぐそばに置いてある金槌に握り替えた。それで多重積務者の頭を殴りつける。
「ああ!」
 拳銃の静止を聞かず何度も何度も殴りつける。息の根が止まったと確信できるまで。
「……お前、いかれてるのか?」
「お前の声が幻聴なら、そうかもな」
 だが、俺はその声に打ち勝った。揺らぎもしなかった。それは神に対する勝利とも言えた。
「ところで」付喪神に向かって言う。「引き金の引けない拳銃に用はないんだが」
「殺すのか? 俺を」
「かもな」
 金槌を握り直す。この冷たい廃倉庫の中。多重積務者の死体を挟んで、付喪神の宿った冷たい銃口と向かい合っていた。
「生き残ってみせろよ。殺す気でな」
 そういって、金槌を大きく振りかぶった。

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