ガンマン 対 空とぶギロチン 暗黒決斗
荒野。
どこまでも吹き荒れる風の中、二人の男が向かい合う。
一方は熊のような髭を蓄えたガンマン然とした男。目元に深く刻まれた皺は猛々しい荒野を生き抜いてきた歴史を思わせる。その腰に収められるは、強者の象徴であるケント社リボルバー。通称龍殺し。
もう一方は黒のロングコートに高いテンガロンハット。荒野にあるまじき蒼白の肌をしたアジア人の男。皺ひとつなく、女性的な顔立ちをしている。その手には、長いチェーンに繋がれた龍の意匠をしつらえた鍋蓋のようなものが握られている。
それを見てガンマンは片目を細める。
ふざけているのか?
最初、このアジア人の男が酒場で対決を申し込まれたとき、何かの間違えかと思った。
この荒野において、ガンマンとガンマンが争いあうのは避けられぬ宿命である。だが、あろうことかこのアジア人は拳銃を所持していなかった。
最初は適当にあしらってそのまま娼館にしけこむつもりだった。だが、このアジア人は手配書を突き付けてきた。
間違いなく、それはガンマンへの手配書だった。生死を問わず。その通り。列車強盗をしたとき、目撃者は全て皆殺しにしたはずだが、子供を一人見逃していたようだ。
手配書を持ったやつと闘わない理由はない。アジア人をその場で殺してもよかったが、ガンマンにも誉れというものがある。対決を申し込まれた以上は、それに最大限応えねばならない。
ガンマンは、アジア人に拳銃を調達する猶予を与えるため、対決日を三日後に指定した。
現在。指定場所に現れたアジア人は鍋蓋のようなものを振り回している。
ガンマンは深いため息を吐く。
「おい、イエロー野郎。やめだ。おままごとじゃねえんだぞ」
アジア人は動じず鍋蓋を振り回している。ヒュンヒュンと不気味な風を切る音がする。
「未開の国から来たんじゃ知らねえかもだが、この国には銃ってもんがある。死ぬのは百科事典を開いてからでも遅くねえ」
「……なるほどな」
アジア人は静かに口を開く。
「貴重な情報をどうも。ところでこの国におしめはあるか?」
「なに?」
「決闘を途中で降りる腰抜けに必要なものだ」
「てめぇ……」
ガンマンは目を細める。ガンマンの直観が、このアジア人の物言いからアウトローの気配を感じ取った。それも、殺戮者としてのアウトローの気配。すなわち同類の匂いだ。
「気に入ったぜ。なかなかタフな物言いだ」
ガンマンは鼻を鳴らし、拳銃のグリップに手を添える。
「お望み通り殺してやるよ」
風が。大きな風が吹いた。風が両者の間にあるものを全て吹き飛ばした。
隔てるものは何もなく、ただ視線だけが交差する。
じりじりと、太陽が二人の男を焦がす。
どれほどの時が経っただろうか。もはやこの荒野で身動ぎするものはいない。
サソリすらも、二人の決闘者に敬意を払うように息を潜めている。
やがて、ガンマンの頬を伝う汗が地面を濡らす。
──沈黙が破られた。
ガンマンが銃を抜く。アジア人は龍の意匠を設えた鍋蓋を放つ。
鍋蓋は、高速回転をしながら飛翔する。
それを見たガンマンは驚愕に目を見開く。
「こ、これは……!」
──遅い。あまりにも遅すぎる。
無論、鍋蓋を投げるという行為では驚くべき速度である。しかし、0.001秒を争うガンマンの世界においてその鍋蓋は、牛の歩みと言わざるを得ない。
ガンマンは失望を目に浮かばせる。あのアジア人から感じた血の匂いは気のせいだったのだろうか。だが躊躇う必要はない。
光のような速度で引き金を引く。
その時である。
鍋蓋に設えられた龍の口から火が噴き出した。
「なにっ」
内部に収納された火薬筒が高速回転する鍋蓋との摩擦で発火し、爆発的推進力を生みだしたのだ。回転、回転、猛回転。
灼熱のジャイロ回転をはじめた鍋蓋は豪加速し、銃弾をも巻き込み弾き飛ばす。
「ば、馬鹿な……!」
目を見張るガンマンの頭部に鍋蓋が収まり、視界が漆黒の帳で包まれる。
その時、ガンマンのアウトロー知識が中国に伝わる闇の歴史に接続される。それは、雍正帝直属の暗殺処刑部隊「血滴子」が用いたとされる暗殺処刑兵器。どんな存在も100歩の距離から首を切り落とす遠距離型必殺処刑兵器。そのあまりにもブルータルな様から、雍正帝が反逆を恐れ暗黒の歴史へと葬りさった闇の処刑兵器。
その名を……。
「空飛ぶ!」
ギロチンの刃がガンマンの首を切断する。
首を収めた空とぶギロチンは逆回転しながら急速旋回し、アジア人の男の手の元へと収まる。
それを見下ろしたアジア人は、喜びに唇を歪ませる。
「ついに100個集めたぞ! 生首を!」
その時である。腐敗した200本の腕が地面から伸びる。
アジア人の男は大きく跳躍する。
「貴様に捧げてやる。雍正帝! 復活せよ!!」
地面から次々と意思を持った腐乱死体が湧き上がる。
「そしてもう一度殺してやる!」
アジア人の男は空とぶギロチンを放った。
終劇
THE END