オールの小部屋から㉘ 林真理子さんと皇室の将来
週刊文春9月12日号(いま出てる号です)を開いて、おおっ、と思わず声が漏れました。林真理子さんの緊急寄稿に、オール讀物のことが出てくるではありませんか。
以前、この編集部だよりで、林さんの短篇「皇后は闘うことにした」について書きました(林真理子さんと松本清張)。「母より」はそれにつづく作品で、こちらもオール発売直後から評判を呼んでいます。林さんが書いておられるように読者の「皇族への関心」が強いのはもちろんですが、なんといっても皇室を描くときの林さんの筆が乗りに乗っていて、ため息が出るほどすばらしいのです。
「母より」にも、「皇后は闘うことにした」につづいて貞明皇后(作中ではすでに皇太后)が登場しますが、主人公は秩父宮妃・勢津子さんです。
秩父宮は大正天皇と貞明皇后の第二皇子。昭和天皇の弟で、頭脳明晰、明朗快活、母の寵愛を一身に集めたことで知られています。軍人として青年将校たちと親交を深め、二・二六事件の際には赴任先の弘前から急遽上京し、動静が注目を集めました。スポーツに親しみ、スキーやラグビーの振興に尽力したことでも有名ですが、昭和15年(1940年)に肺病に倒れ、戦後、50歳の若さで亡くなっています。
林さんの短篇「母より」は、病を得て、御殿場で療養生活をおくる秩父宮を、母である皇太后が訪ねてくる場面から始まります。秩父宮妃・勢津子にとっても、皇太后は特別な存在でした。平民の娘、会津藩主(朝敵です)の血筋である勢津子は、本来なら妃の候補に入るべくもなかったところ、「息子の嫁は私が選ぶ」という皇太后の格別の執着によって白羽の矢が立った。「私がすべて教える」と、皇太后自らお妃教育を施して宮中に迎え入れたのが勢津子妃だったのです。
病に倒れ、死の影が迫りつつある秩父宮を挟んで、母(皇太后)と妻(勢津子妃)が対峙する――このシチュエーションだけでものすごく面白そうでしょう? しかも皇太后は息子を溺愛している。そうした義母を前に、勢津子妃は何を思うのか。原稿用紙30数枚の短篇なのですが、涙なしには読み進められない人間模様が描かれていきます。ぜひ、多くの方に読んでいただきたい一篇です。
歴史を題材に小説を書く方はみなさんそうだと思いますが、歴史上の出来事をテーマにしつつ、物語世界には現代にも通じる普遍的な「何か」が投影されています。林さんの皇室短篇が多くの人の心をひきつけてやまないのも、そこに令和の皇室、ひいては私たちも含めた現代の家族のありようが示唆されているからではないでしょうか。
知恵や教訓めいたものを小説から読み取ろうとするのは、小説の読み方としては「品のない」「野暮な」ものかもしれません。うかつなことを書いて、林さんや林さんの愛読者に怒られるかもしれませんけれども、林さんの強烈な筆が浮き彫りにしていく貞明皇后の生涯は本当にすさまじくて、一読、現代の皇室、将来の皇室について思いを馳せずにはいられなくなります。
林真理子さんについては、ひそかにスペシャル企画の準備を進めています。近いうちにこの編集部だよりで告知できると思いますので、「母より」掲載のオール讀物9・10月号をお読みいただきつつ、「オールの小部屋から」のチェックもお願いします!
(オールの小部屋から㉘ 終わり)