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うんコレ誕生物語 前編~同人サークルが世界を変える日?~

2020年にスマホゲーム「うんコレ」がリリースされました。このゲームは、腸内細菌の擬人化キャラクターが主人公で、病気の早期発見やユーザーの健康への行動変容を促すことを目的としています。

ゲーム制作には多くの医療職、エンジニア、クリエイターなどなどが参加し、力を合わせて制作を進めました。予想以上の反響と賞も受け、多くの方に大腸がんの知識を広めることができました。しかし、ボランティア運営の組織は拡大に伴いメンバーの離脱もありました。そんな中でも、ゲーム制作の楽しさを忘れずに、常に前向きに面白がって突き進んできた結果、日本うんこ学会及びうんコレの原案が誕生してから10周年を迎えることができました。

これを記念して第一回日本うんこ学会学術大会と、ほぼ10周年記念祭を行う
こととしています。
以下のPeatixページから是非ご参加ください。

そして特にだれから求められたわけでもないのですが、僕の辿ってきた道のりをまとめてみることにしました。シンプルにこれまで応援してくれた方へのメッセージとして、これから同人ゲームを作成したい方、医療職として何か別ジャンルにアプローチしたい方へ、色々な思いを込めて書いてみたので、気が向いたら読んでみて。みんなとの思い出を思い返していたら、めちゃくちゃ短縮しても前後編合わせて2万字になったよ。


大腸がんの早期発見を目指すスマホゲーム「うんコレ」誕生


「3、2、1、リリース!」パチパチパチパチ。
オンラインでリモート参加していたメンバー全員から、歓喜の拍手が上がった。
2020年11月15日を「いいうんこの日」と勝手に定め、この日、僕らスタッフは約7年の歳月をかけたプロジェクト「うんコレ」を、一般公開することができた。
「長かったけど、みんなが少しずつ力を持ち寄って一般公開をすることができました。まだまだ誰かの命を助けた訳ではないので道半ばですが、ひとまず乾杯ー!」

僕は、仲間たちと歓喜をわかちあった。残念なことに、コロナ禍のため全員が離れ離れのリモート参加となったリリース記念。仲間達みんなと、過去の苦労話を振り返ることとなった。

「うんコレ」とは、「うんこコレクション」の略。スマホ(スマートフォン)ゲームの名前であり、腸内細菌の擬人化キャラクターが、「ウントピア」という仮想の国を守るために「クリーブス」と呼ばれる敵と戦う物語である。
この「うんコレ」は、医療情報とエンターテイメントを掛け合わせたもので、病気の早期発見やユーザー(ゲームの参加者)自身の健康への行動変容を起こすことを目的に作ったスマホゲームアプリなのだが、発表後には、予想していなかったほど多くの賞をいただくことになった。
メディアが取材してくださる中で、結果として多くの方に大腸がんのことを知ってもらうことができ、一躍ちょっとだけ有名なゲーム作品になることができた。

制作に関わったのは、医師、看護師、歯科医師、獣医師、研究者、エンジニア、アニメーター、イラストレーター、声優、ナレーター、音楽家など、総勢は約100人超え。多種多様な人達が参加し、それぞれの能力や特技をゲーム制作に惜しげもなく提供してくれた。
登場人物や背景画を描いたのも、フルボイスの吹き替えをしたのも、BGMを作ったのも、シナリオを書いたのも、ゲームのプログラミングをしたのも、すべてボランティアで参加したメンバーだった。

うんコレのメインビジュアル

大腸がんとうんこの関係

「うんコレ」のことを思いついたのは、今から10年以上前、僕が横浜市立市民病院で外科医として毎日がむしゃらに働いていた頃だった。

外科医になって2年目のこと、大好きだった祖母の面影を重ねながら治療をした大腸がんの患者さんがいた。手術はしたものの、すでにがんが相当に進行していて、僕はどうしても助けることができなかった。
そんな辛い思いをした手術の日から、僕は予防医療にも関心を向けるようになっていた。
「病院に来た時点で手遅れになっているとしたら、僕ら外科医にはどうしようもない。病院にくる前に勝負はついてしまっているんだ。」

大腸がんは、通称「サイレントキラー」と呼ばれ、病気がかなり進行するまで症状が出ない。そんな中で症状として一番に出てくるのが「うんこ」なのだ。大腸がんが出来ると、うんこの通り道である大腸が少しずつ狭くなっていくため、
便が細くなる、
下痢と便秘を繰り返す、
残便感があるなど、
そして、血便が出る(癌から血が出やすい)

便が通過しにくくなることで起きる症状が現れる。また大腸がんに限らず、僕が10代で経験した潰瘍性大腸炎などの大腸の病気でも、うんこに異常が出ることが多い。大腸がんをはじめとする消化器疾患の多くは、うんこと切っても切れない関係にあるのだ。

また40歳を超えると大腸がんのリスクが上がるため、厚生労働省では、できれば1年に1度、大腸がん検診を受けようと呼びかけている。この検診は、まずは「便潜血」と呼ばれる検便、つまりうんこを採取することから始まる。便に潜んでいる目に見えないほどのわずかな出血を見つけ出すことで、症状が出る前に早期に発見することが出来る。

大腸がんはまず最初にうんこから変化が起きる

そんな感じで大腸がんは、うんこからわかることが多いので、僕は、うんこを見て早く病気に気づいてもらうにはどうしたらいいか、なんとなく考えるようになっていった。

うんことおっぱい

ちょうどその頃、僕は以前から好きだった、ちょっと悪ふざけをしたような企画ばかりをする会社が一同に会する「バカサミット」というイベントに参加した。2013年のことだ。
このとき登壇していたブロガーのヨシナガさんが、こんなことを何気なく発した。
「自分のブログ記事を分析すると、『うんこ』と『おっぱい』は非常に拡散されやすい。特にツイッター(現 X)と相性がいいんですよー」

この言葉を聞いて突然ひらめいた。

もしかすると「うんこ」というパワーワードを利用することで、より多くの人に、大腸がんのことを知ってもらえるような何かが出来るのではないか。「うんこ」という言葉を使った何かを作ることで、大腸がんのことが勝手に拡散される仕組みをつくるのだ……。
僕はこの着想をもとに、少しずつ自分のできることを整理していった。

体からの大きなお便り

「どんなものなら、大腸がんに興味のない人が大腸がんに関心を持ってくれるんだろう?」

自分が診療をしてきた患者さんは、老若男女を問わず実に様々だった。
例えば、僕が手術で助けられなかった60代の女性は、なぜ進行する前に治療を受けなかったのか。問診をした際に「確かに便が細くなっていたけど、それが病気だと思わなかった」と話してくれた。便が細くなっていることが病気のサインであることを知らなかったのだ。
自分の健康や病気にめちゃくちゃ関心のある心配性な人なら、この段階で自分で調べたり、病院にいったりしているだろうか?

最も健康に関心が薄く、自分の体のことや治療に関心を持てないような人にも届けようと思うとだれが対象になるんだろう?

あ、自分だ!

最初に思いついたのは高校生の時の「自分」、まさにあの頃の僕だった。
僕は15歳で潰瘍性大腸炎という難病を発症、自暴自棄な高校生活を送り、19歳で大腸全摘手術を行い、人工肛門になっていた。(詳しくは自己紹介noteや書籍などを。)


あの頃の僕は全てに絶望していて、誰の言葉にも耳を傾けなかった。そしてただひたすら、ゲームや漫画、映画に音楽、あらゆるエンターテイメントの世界に没入し逃げ込むことで、その日を生き延びるような生活をしていた。
「そうか、病気になった時に僕が逃げ込んだ先は、大好きだったゲームや漫画の世界だったなぁ。医療情報はもちろん、ニュースも新聞も読まなかった。うんこのゲームや漫画の中に医療情報を埋める……」
僕はそんなことを考えながらトイレに入ると、自分が今でもスマホゲームに課金をしようとしていることに気がついたのだ。

課金は、ゲーム内でお金を払って強いキャラクターやアイテムを手に入れることだ。これにより、強い敵を撃破できるようになる。この課金の代わりに排便報告をすることでキャラクターを手に入れられるようになれば、もしかしたら僕のようなゲームばっかりしている人にも、うんこを見る習慣を届けて、気がついたときには大腸がんの早期発見のチャンスを伝えることができるのではないか。

「うんこのゲームで、大腸がん検診を普及させる。そして、毎日便を見る習慣を身につけてもらい、いずれ大腸がんになるような年齢のときに、自分の便の変化から大腸がんの症状に気づいてもらえないだろうか」

そうして僕は、「うんこのゲーム」のアイデアを伝えるためにスケッチをするようになった。例えば毎日、自分のうんこを観察して報告すると、たまごっちみたいに、うんこのゆるキャラがどんどん成長するゲーム。三国志のようなキャラクターの中で「運超」や「雲萍」というような全部「うん」が付くキャラにしようかなどなど。沢山アイデアを出してはボツを繰り返していた。


当時のイラスト、今思えばこれは色々だめだ…


一方で、自分の発想に限界を感じてもいた。そもそも自分は、ゲームに必要なコードも絵も描けない。つまりゲームを作るなんて夢のような話で、自分一人では達成できないことがわかっていた。

東京って怖いところって聞いてます

人生というものは不思議なもので、何かやりたいことを見つけて、次にやりたいことを毎日強く念じていると、引き寄せるものも強くなるのではないかと思う。

ちょうど、この「うんこ」のコンテンツを作りたいと思っていた頃、高知大学医学部時代から一緒に活動をしている鈴木裕介先生(今やベストセラー作家になってしまいましたこちらも是非読んでみてください)と一緒に、高知での研修医をしていた頃に「コーチレジ」という研修医のために行った活動について東京で話をする機会に恵まれた。
その講演先に、東京でいろいろなコネクションを持っている知り合いの医療系研究者の丸山さんがいた。「代官山の親友の家で、面白い人をつなぐホームパーティーをするからおいでよ」。こう声をかけてくれたのだ。

そして当日。横浜から代官山へ向かう途中の電車の中で、「お腹痛いから今日は欠席します、すいません」と書いたメールを作成し、送信する手前までいっていた。

代官山で開催されるホームパーティーなどという自分にふさわしくない場で、初めての人達に会うことにとても緊張していた。
「もしかして麻薬とか配っていたらどうしよう…」

そんな映画でしか起きないようなことを妄想しつつ、ここは頑張ってでも行くべきところだと、腹をくくって代官山で降りた。
「いらっしゃい」とドアが開くと男性が現れた。「ここの家の主で、パーティの主催者である木野瀬くんです」。
緊張したままパーティーは定刻通りに開催され、木野瀬くんが企画趣旨等を説明する。
「この会は、人と人とがつながることで少しでも世の中がよくなる活動が生まれればいいなと思って開いた、縁を作る場です」
その後、自己紹介タイムが続いた。参加者は起業家、有名企業の社員、官僚、作曲家など実に様々な職種の人達で構成されていた。駅で偶然見かけたモデルのような女性が、厚生労働省の医系技官だったことも知った。自分がやっている仕事や事業のビジョンをしっかり語れる人が多かったように思うが、緊張していてあまり覚えていない。

外科医として忙しい日々を送っており、事前に何も考えていなかった僕は舞い上がってしまったのか、何も手をつけてない夢のようなことを語ってしまった。
「医療はまだまだ敷居が高くて、患者さんにとってはバリアがあるように思います。難しく硬く感じられる医療を、エンターテイメントの力を借りて楽しくわかりやすくバリアフリーにするような活動をしたいんです」

なんとなくやりたいことの方向性は決まっていたが、もちろん実績は何もなく、漠然とした話しかできなかった。

そんな僕に興味を持ってくれた人がいた。それが、主催者である木野瀬友人くんこと「きのっぴ」だった。
きのっぴは、学生時代から情報科学を専攻しており、その後「ニコニコ動画」を生み出したニワンゴ社に創業期メンバーのエンジニアとして参加。あのひろゆき達と一緒に仕事をしていた。当時は、ニワンゴ社の役員と自分の会社の取締役を兼任していた。
そんな若きエンジニアが何故か「石井先生の話は全然よくわからなかったけど、以前からヘルスケア領域に興味があるので、また別の機会に一緒に話しましょう」と誘ってくれたのだった。

「うんコレ」の原案が生まれた瞬間


ホームパーティーから2週間程たった日曜日だったと思う。
きのっぴと会って、これまで自分がやってきたこと、現在の医療業界が抱える問題点などを話した。
すると、「ヘルスケア業界は面白いので、ぜひ何かエンジニアの力で解決できそうなことがあったら教えてくれない?」という嬉しい言葉をかけてもらった。

僕は自分が考え得る限り、医療が良くなると思われるIT事業に関して、いろいろと伝えてみた。
AIを使って、問診による自動診断装置ができないかとか、ICTを利用した救急のリンクシステムがつくれないかとか、PHRがとか、電子カルテがとかとか壮大な話をしていると、きのっぴは話の腰を折ってきた。
「それって国単位でやったり、大学が研究から始めたりするようなことだよね?大きな会社を巻き込むみたいな話は、小さいことが出来てからだと思うので……。まずは僕ら二人でも実装できそうなアイデアってなんかないかな?」

僕は、ビジネスの基本や、ITのプロダクト制作の基本も知らなかったため、どの程度の要件が今の自分達に適切なものなのかが分かっていなかった。自分達でも実装できそうなアイデア……。

「そうだ、うんこのゲームだ。そのことを話そう」

出会って2回目、話した総時間30分程度の相手に話すにはちょっとだけ気が引けてしまったが、ゲームアプリ「うんコレ」の原案となる「うんこの話がもりもり出てくるゲーム」を作成し、大腸がんの知識を普及させるというアイデアを伝えてみることにした。
そして、自分が消化器外科医であること、大腸がんで助けられなかった患者さんがたくさんいたこと、「うんこ」と「おっぱい」は魔法の言葉であること、うんこの魔力を使って一人でも多くの人に大腸がんの早期発見のポイントを伝えたいこと……。
僕が一方的にしゃべり続けたと思う。
「それ面白いじゃん」
きのっぴは、ローテンションながら今日一番のリアクションをしたのだ。
「これなら課外活動で自分たちだけで出来る現実可能性があるね」

仲間との出会い~「日本うんこ学会」誕生


次の打ち合わせの時、きのっぴが、以前からの知り合いでアニメプロデューサーの前田地生さん、通称「地生さん」を呼んでくれた。きのっぴと地生さん、最初に3人であったのは、渋谷のど真ん中にあるおしゃれなカフェベーカリー「VIRON」だった。(本当に美味しい朝食なのでおすすめです)
この日、この店では優雅なご婦人たちが朝食を食べていた。
僕は電車の遅延で、一番最後に遅刻して店に入った。一番奥の席に、きのっぴの顔が見える。その向かいには長髪パーマで細身の、明らかに後ろ姿は女性が座っていた。
「あれ? 地生さんって女性だったんだ。確かに女性みたいな名前だよね」
「はじめまして石井です」
振り返ると、ド派手なシャツを身にまとった長髪パーマの男性だった。
「はじめまして、何をやっているかと聞かれると難しいんだけど、いろいろとやってる前田地生と申します。僕の母も薬剤師で、一家は結構医療系が多いんですよ」
どう見ても怪しげな業界人オーラ丸出しの地生さんだったが、とても真摯に、僕がうんこのゲームを作りたいという話を聞いてくれた。

「うんこの擬人化キャラでね、要するに『うんコレ』だね」。

地生さんは第一声で「うんコレ」という言葉を出してきた。それいいねと一発でタイトルが決まった。これにより擬人化キャラが活躍する艦隊これくしょんのようなゲームという方針も瞬間的に決まった。

「医師が監修する『うんコレ』か、絶対面白いよ。最高のクソゲーとか言われそう」

地生さんも、きのっぴも、二人とも「いける」手応えを感じてくれたらしい。
僕たち3人はずっとうんこの話をしていた。「運超」のスケッチなども見せながら、
「うんこを擬人化するのは、キャラの幅的に限界があるように思うけど、無数にあるようなもので、うんこに関連するものはないの?」と聞かれた。
「うーん、そういえば……」
今日ここに来る前に、病院に立ち寄って見た検査結果を思い出した。受け持ちだった患者さんが尿路感染症になってしまい、その原因菌を調べた検査に「E.coli」と記載されていたのだ。日本語で言うと大腸菌のことなのだが、これをドイツ語読みでは「エシェリヒ・コライ」と読むらしい。
腸内細菌なら無数にあるし、ラテン語を語源としているケースが多いため、中高生の心をくすぐるような名前が多いということを伝えた。
「それ面白いね」と好感触。

抗生物質は細菌には効くがウィルスには効かないこと、細菌には種や属がありアイドルグループのように集団の中では似たような格好をしていることなど、二人は僕がマニアックに細菌の話をする姿に興味津々に耳を傾けてくれた。
こうして、腸内細菌の擬人化キャラクターが活躍して腫瘍をモチーフにした敵キャラを「早期に撃破」するゲームであり、課金の代わりに排便ログ(記録)をとるというコンセプトが固まった。

その喫茶店では多数のジャムを並べておいてくれるサービスがあった。僕は周りの目を気にせず、きのっぴと地生さんに「血便ってのはこんな色で、胃潰瘍になるとこんな色になるんだ」とジャムを例示に話をした。今思えばお店にとってはテロのような行為だったが、
「そうやって、ちゃんと医療の話をうんこに乗せられるのも医者の強みだよね!何か医者っぽく真面目にうんこのことを議論できる場所って作れないかな?めっちゃ参加したいよ」
地生さんの問に応えた、
「学術的に探求をする人が集まる場所は『学会』だね。そう、例えば、日本うんこ学会」
一同、周囲のマダムたちをよそに爆笑した。

「うんコレ」と「日本うんこ学会」が誕生した瞬間だった。

その日のうちに大学時代の後輩で書家の「雪書(ゆきかき)」こと、ゆきちゃんに「日本うんこ学会」の題字を書いてもらうことにした。
「うんこって書道で書いたことある?」
「あるわけないじゃないですか」
「だよね、きっと一生書くことないと思うけど、これを機に書いてくんない?」
きっと本人は覚えてないだろうが、僕は学生時代にいつかきっと書道の仕事を依頼すると約束をした。まさか「うんこ」を書く仕事の依頼をされるとは思っていなかっただろう。


書道家による本気の学会ロゴ


こうして「日本うんこ学会」が誕生し、「うんコレ」の開発がスタートした。

(後編に続く)
まだ折り返しだよ!

そして、日本うんこ学会って面白そうかも…と思ったかたは是非イベントにも来てみてね。くつ王こと忽那先生や、セクシー男優のしみけんさん、記事内にも出てきたヨシナガさんらを特別講演にお招き、優秀演題8人が当日口頭発表してくれます!


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