ショートショート 12,動物園のような……
「ハッハッ、ハックショーーーン」
とてつもない風が、鼻腔を突き抜けて轟く。塞がっていようものなら鼻の穴が3つになるほどの勢いだった。
冬眠中の熊でさえ飛び起きる銃声のような音に会場は静まり返ったが、程なくして圧倒的完成度を誇る盛大なくしゃみに、会場からは割れんばかりの拍手が送られた。
会場が歓喜に包まれ異様な空間が生まれていたのだが、ただ1人くしゃみの音が気に入らなかったのか、拍手どころか微動だにせずただ自分の時間を過ごしている少年がいた。
そんな彼を尻目にこの異様な雰囲気はいつまでも続く。
「グエッップゥゥゥウ」
今度は別の人がバリウム検査を我慢できなかった人の如く、長く深く続くゲップを放った。やはり一瞬の無音から、割れんばかりの歓声に包まれたが、それでも少年は微動だにしなかった。
次は何をしてやろうかと、皆がそんな想いを抱いた時……
「バン!」
今度は誰かが、古び薄汚れた黒い壁に思い切り平手打ち。手のひらが真っ赤に腫れ上がる渾身の一撃に、会場に緊張が走る。それにも少年は全く動じない。会場内の誰もが少年の反応が見たいと躍起になった。
地団駄、指笛、おなら。あらゆる手を使ったが、少年からの反応は得られない。
全員がおもいおもいの音を出し、自席を離れ動き回る光景はカオスという言葉でも形容することができないほどに現実離れしているが、少年の半径50センチの空間だけは無を生み出していた。
誰もが彼を動かすことは不可能だと思った刹那、誰もがよく聞く、今この空間では決して出てはいけない音が少年の足元から大音量で鳴った。
会場の喧騒にかき消されることなく一直線に鳴り響くその音は全ての人を注目させ、笑わせ、不安にさせた。
その音を聞いた少年も反射的に飛び起き、
「テテテ、テテテ、テテテ、テテテン」(iPhone着信音)
と繰り返し教室中に鳴り響く音を、無意識のうちに自らが覆い被さるようにして必死に隠した。
さっきまで楽しんでいた動物園での光景が、夢か現かの判別もついていない彼の耳に、今まで何度も聞いてきた声が届いてきた。
「おはよう、ねぼすけ君。スマホは没収ね」
深く眠りこける生徒1人を起こすために始まった、ちょっぴり治安が悪い愉快な教室での一幕であった。