読んでもオモロイ演芸台本❷ 大木こだまひびき『マニアの心理』 制作マル秘エピソード!!
ども。イシヤマです。
「こんなネタを書いてきた」の第2回目でございます。
今回は、大木こだまひびき『マニアの心理』をご紹介いたします。
なのですが、今回は台本公開の前に
制作にまつわる『マル秘エピソード』をご紹介してみたいと思います。
さして『マル秘』でもないんだけど、引きがええかと思て付けてみましたヤラシイな。
このネタは、当時、若手作家育成のためにNHKが立ち上げた「BK台本研究会」というものがありその一環で書かせていただいたものでございます。
なんとなんと1組の演者に数名の作家が書いて、どれか1本が採用になるという過酷なコンペ形式!でも、それぐらいのハードルを超えていかんとプロになれんでな!と若手がみな頑張るスタイル。
アドバイザーとして、織田正吉先生、中田明成先生、大池晶先生、片山良文先生など、漫才作家の大御所方に、担当の演者さん、さらにNHKのディレクターさんたちが参加。台本についてご意見をくださり、私たち作家はそれを元に第2稿、第3稿、(最終稿)へと仕上げていくのです。
この台本の日付を見ると、
第1稿作成日が、7月23日。
第3稿(最終稿)作成日が、9月12日。
第1稿から仕上げまで、1ヶ月半も有しとるわけです。
そんなに!?
すんごい時間かかってるやん。
それでは一体どんな流れだったのか当時の日記を紐解いてみよう。
2001.7.31(火)おばあちゃんに○○(子供の名)を預けBK台本研究会へ。久しぶりの大阪は酷暑。白シャツ、パリッとアイロンかけたのにクニャクニャ。財布に金入れ忘れ、電車は反対行きに飛び乗ってしまう。サイアク。研究会の評価は5割ってところ。こだまひびき来てないし。19:00に○○迎えに行き、ご飯よばれて帰る。
おいおいおい!当時もいろいろやらかしとんな!財布に金ないまま反対行きの電車に飛び乗って!それでもちゃんとBKに辿り着いてるってすごいわな〜自分。
あと、「こだまひびき」って呼び捨てにしてる。日記だからと、かなり気を抜いている様子。さらに、他の演者さんは来てるのに、自分担当のこだまひびきのお二人が研究会に来られてないことにもご不満な感じです。
そしてもう一個わかることは、長男がこの時、生後3ヶ月だったこと。お婆ちゃん(ギボ)に赤ん坊を預け、研究会に行ってます。あ〜、この頃、そうやったなあ。子供が生まれて朝も夜もない生活真っ只中だったけど、せっかくいただいた書くチャンスを逃したくなくて引き受けたのでした。
いわゆる「必死」ってやつな。
さて。
第1稿の台本に対して、アドバイザーの方からいただいたコメントメモが書いてあるので少しご紹介しましょう。
織田先生●こだまひびきは、流れがあるものはやりにくいかも●自分(作家)が使いたいものは大半捨てること。固執しない
中田先生●タコ焼きのところ、面白くなる●バカバカしさをもっと出したらもっと楽しくなる●例を出すともっとよい
片山先生●前半は面白い●こだまファンの「コダマー」をどうするか
他に、ディレクターさん数名からいろいろ厳しい意見が出ています。……と、ここで思い出した。この研究会って作家の先生方のアドバイスは優しいねん。プラスのアドバイスしてくださる方が多くって、特に中田明成先生、チョー優しかった。とにかく褒めてくれるの。この時も「もっとよくなる」「もっと楽しくなる」「もっともっと」ってめっちゃ励ましてくれてるやん涙。
対して、NHKの方はほとんどの方が辛口でした。心折れまくってた。でも的を得た指摘だらけ。的を得てるからこそ凹んだんだわな。それも超勉強になった。
そんな甘辛半々な研究会を終え(あ、だから評価は5割って書いてんのか)、19:00に夫の実家へ子供を迎えに行ってます。そのままご飯よばれて帰っとるのよね。ギボ、ありがとう。
2001.8.3(土) こだまひびきを早く片付けたいが、○○泣くし、ずっと抱っこで昼間はダメ。ナイトスクープも見れなかった。やっとメドついた現在1:20。昨日の郵便局員が謝りにきた。
なんだよ。昨日の郵便局員が謝りに来たってなんだよ。ペラ(ページをめくってみる)なるほど!ホホホホ〜〜〜!こんなことがあったんかい。そら謝りに来るわ。このネタも紹介したいけどそれはまた別の機会に。
にしてもだな
昼間、子供をずっと抱っこ、深夜に台本書き。
まじで「必死」かよ。
あと、
「こだまひびき」とやはり呼び捨て。
2001.8.29 (水) 秋っぽくなったので、夜はクリームシチュー。ゆうべ1:00すぎまで○○泣きまくってて、往生しまっせ〜〜〜。
ギャグを。
新生児抱えて激やつれの子育て中に
こだま師匠のギャグを入れている。
わいは
ほんまに
根っからか。
2001.8.30(木) こだまひびきの台本、採用決まる。嬉しいが、○○をまた預けなければ……。
やったやん!コンペ勝ったやん!けど、子供を預けなあかんことに一抹の思いがある感じ。優しいギボだが度重なるとやはり心苦しいのと、この頃の私は「赤ちゃんはお母さんと一緒にいるべき神話」にまだ支配されていて、息子に対する罪悪感とでブルーになっているのだな。
またしても
「こだまひびき」と安定の呼び捨て。
2001.9.11 (火) NGKにて、こだまひびきさんとのネタ打ち合わせ。「運びの難しいネタやな」と言われるも改善点アドバイスよく勉強になった。打ち合わせ後、Iさんから「やすよともこ書いてみん?」と。ついに直の依頼!ニューヨークが燃えている。
ニューヨークが燃えている。
そうか。初めてこだまひびき師匠にお会いした日は、あの9.11だったのか。
台本に関しては織田先生がおっしゃったように、ご本人にもやはり「運びの難しいネタ」と言われている。こだま師匠はご自身でも台本を書かれる方なので、アドバイスがとてもこまやかだった。実際、この台本の後半にはこだま師匠のアイデアを何箇所か入れさせていただいた。そしてこの日は呼び捨てにせず「さん」を付けとるわ。
IさんとはNHKのディレクター氏で、この打ち合わせの後、やすともさんの台本依頼をしてくださったのだった。初めてコンペではなく、イシヤマに決め打ちのオファー。ひとつ階段を登った日。
2001.9.13 NHKに、こだまひびき最終稿をFAX。お風呂、ミルク、終わり21:30。とーさん(夫)の帰るの待てずに寝てしまいそう。ZZZ。
ちょっとちょっとちょーーっと!あんた!この頃、寝んとオットの帰り待ってたんかい?どえらい「良妻ブリッ子」やっとってんな!そんなもんサッサと寝たらええのや!台本も書き終えて、赤ん坊の風呂もミルクも終わって夜の9時半や。遠慮せんと寝たらええのやでーーー!!って、この頃の自分に言いに行きたい今すぐに!!!(泣)
そして
「こだまひびき」と不動の呼び捨て。
こうしてやっと1本の漫才台本が出来上がり、後日、晴れてこだまひびき師匠に演じていただけたのでした。収録地と日時の資料がないのが残念。
こだまひびき師匠はもうあのスタイルを確立されていたので、新ネタを書く場合、どこまでお二人に寄せてどこまで作家(自分)の色を入れるか、というところで非常に苦しんだ作品です。
そんな苦心の漫才台本、『マニアの心理』(※第1稿は『マニアの極意』とある)の全文を公開したら、読む〜〜〜〜?
↑こだま師匠の「聞く〜〜〜〜?」のトーンで言うてみたよ!
ほんで追記です:研究会での片山先生のコメント、「コダマー」をどうするか。について。こだま師匠の濃いファンを「コダマー」と名付けてネタに入れてたのですが第3稿ではボツになっておりやした。
淘汰!!
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