もしも娘が高橋ひかるだったら…
「ただいまー」
壁の時計を見る。23時45分。
「おかえりー」
パタパタパタ。スリッパの音を鳴らしながら、ひかるがリビングに入ってくる。
「はぁー、つかれたぁ~」
「今日は早かったんだな」
「うん。思ったより撮影が早く終わったんだ。ママは?」
「もう寝てるよ。明日朝早いんだってさ」
「そっか」
最近は帰りが12時を過ぎることも多いひかるだが、できるだけ起きて待っているようにしている。
家に帰ってきたひかるが寂しくならないように、いつも安心できるように、いつだって甘えられるように。
「今日は? さんま御殿だったっけ?」
「そう。あー、お腹すいた」
ひかるはバッグをソファーに放り投げるとキッチンに行き冷蔵庫を開けた。
何が入ってるわけでもないのに外から帰ってくると冷蔵を開ける。小学生時代はソファーに放り投げるのがランドセルだったのだが、その頃から変わってないひかるのクセだ。
「あれ?プリンあったよね?」
「あ、あのプリン、ひかるのだったのか。ごめん、パパ食べちゃったよ」
「パパが食べたの?!えーーー、食べるの楽しみにしてたのに~」
「ごめーん。ママのかなと思って」
「もう~。じゃ、パパなんか作ってよ。お腹すいた」
2021年一番ブレイクした二十歳の女優、と言われているが中身はまだまだ子供だ。
「わかった。じゃあ、サッポロ一番とチキンラーメン、どっちがいい?」
「サッポロ一番!」
「よーし。じゃ、ひかるは座ってろ。疲れたろ」
「うん。ありがと。この前の録画してくれた?」
「うん。しておいたよ」
今年に入って急に忙しくなった仕事だが、今のところひかるはなんとか楽しめているようだ。
国民的美少女コンテストに優勝し事務所に入った時、ひかるはまだ14歳だった。
親としてうれしかった半面、とても心配でもあった。芸能界という特殊な世界で、ひかるがやっていけるかどうか、売れるだろうか、それより傷つけられることはないだろうか。
漠然とした不安はきっと本人よりも親の僕の方が大きかったと思う。
「パパー、これ見た?」
「ああ、スクール革命な。見たよ。ひかる、ウケてたな」
「でしょ? 井上さんのフリがよかったから。でも横でザキヤマさんが教えてくれてたんだけどね」
顔をくしゃくしゃにして笑うひかる。
井上さんとはノンスタイルの井上さん、ザキヤマさんとはアンタッチャブルの山崎さんだ。家のリビングで友達との会話を話すように娘の口から芸能人の名前がポンポン出るようになるとは。
「そうなんだな。さすがM1チャンピオンだな」
「うん。ねぇ、ほらここ、見て! めっちゃウケてるでしょ!」
「ホントだな」
バラエティーの仕事はひかるに向いているらしい。元々楽しいことが大好きな明るい子だった。小さい頃からひかるはいつも笑っていた。
「さあ、ラーメンできたぞー。あ、持っていくから、ひかるは座ってろ」
「はーい」
これまで親としてできることはなんでもしてきたつもりだ。だが今のひかるに何をしてあげたらいいのか。
つらいこともあるはずだ。失敗することもあるだろう。そんな時どう声をかけたらいいのか。
パパにはわからないでしょ、いつかそう言われるんじゃないだろうか。
その日が来るのが、とても怖い。
「はい、どうぞ」
「わーい、いただきまーす」
「熱いからな、慌てるなよ」
「もぉ、そんなことわかってるって」
「いや、小さい頃にな、熱いスープ飲んで火傷したんだよ。ワーって泣いて大変だったんだから」
「それ毎回聞くけどさぁ、私ももう大人なんだから」
「そうだけど」
「んー、おいしい! パパ天才!」
「だろ? パパは塩ラーメン作らせたら日本一なんだから」
今のひかるにパパがしてやれることなんてこれくらいだけど。でも、これくらいのことで喜んでくれるならいつでもお安い御用だ。
「そういえばさ、お正月だけど。パパはお仕事?」
「うん、まあね」
「あれ、あやしいな。どっか飲みに行こうとしてない?」
「違うよ、ホントに仕事」
「夜は?」
「んー、夜はね。ちょっと予定が入るかもしれない」
「あれ~、あやしいぞぉ~、ママに言いつけちゃおうかな~」
もうオマセという歳でもないが、ひかるは昔から大人をからかうのが得意だった。そしてひかるにからかわれるのは今でも楽しい。
「いやいや、ママに余計な心配させちゃいかんだろ」
「えー、ホントにお仕事?」
「ああ、ホントだ」
「ホントのホント?」
「うん、ホントのホント」
「えー、久しぶりにパパとデートしたいなと思ったのに」
「そうなのか?」
「うん。仮予定で入ってた仕事がバラシになっちゃって。マネージャーさんに聞いたらその日は休みでいいよって言われたんだ」
ひかるが丸一日休めるなんて久しぶりだ。しかもそんな日に一緒にいたいと言ってくれるなんて。
「何日?」
「1月3日」
「そ、そうか」
「でも、ダメなんでしょ?」
「いや、仕事なんだけど。夜はなんとかなるかも」
なんとかするさ、仕事くらい。ひかるとデートできるなら。
「ホント?!恵比寿に行きたい!」
「ジュエル・ロブションか?」
「うん!」
「ちょっと予約見てみるか」
スマホで見ると二人で87,000円のコースで空席がある。
いいだろう、ひかるとなら。明日から一人の時はずっと牛丼食べればいい。
「どう?いけそう?」
「うん。行ける」
「やった!!! パパありがとう!大好き!」
「おいおい、大袈裟だろ、こんなことくらいで抱き着くなよ。おい、もぉ~離れろ、もう二十歳なんだからな~ 」
この笑顔。赤ちゃんのころと一緒だ。
この笑顔を守る、これまでそれだけを考えてきたけれど。
大丈夫。大丈夫だ。
きっとひかるは大丈夫なのだろう。
ひかるは僕が思っているよりもきっと大人だ。
まだまだ子供だと思いたいのは、ひかるとずっと一緒にいたい僕の願望なのかもしれない。
でももう二十歳だ。立派な大人だ。
これからのひかるに必要なのは、親の子離れ、か。
「ふぅ~、お腹いっぱい」
「眠そうな顔してるぞ。ひかる、明日も朝早いんだろ」
「6時起き。ロケが入ってるんだ」
「じゃ、もう寝なさい」
「うん。もう寝るー。 パパ… ありがとね 」
「 ん? 」
「その… ラーメン。作ってくれてありがとう」
「うん。こちらこそ。食べてくれてありがとう」
「じゃ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
でも、もう少しだけ。
パパでいさせくれ。
あ゛あ゛あ゛あ゛ああぁぁーーーーーーーーーー!!!あっあーーーーーーーっっ!!!!!あ゛あ゛ああーーーもうーーーーすきっ!
すきでぇーーーーっっす!!!!!
はぁはぁ。もたない…こんな生活、心もお金ももたないよ……。
勘弁してください。。。
僕には、たまに帰ってくる息子が、課には女性しかいないはずなのに「昨日は先輩のうちに泊まってきた」と言うのをしれっと聞き流したり、正月はずっと彼女と一緒なんだろうなと想像したり、頼むから避妊だけはちゃんとしておけよと心の中で願うくらいの生活が、ちょうど良さそうです。
今後とも末長くよろしくお願いいたします。
おしまい。
#エッセイ #妄想の達人 #我慢に代わる私の選択肢 #高橋ひかる
この記事は斉藤ナミさんの『もしも夫が高橋一生だったら…』をモチーフに書かせていただきました。ナミさん、いつも楽しい記事を本当にありがとうございます。
新年一発目の記事でこんなんでいいのかなとも思ったけど… いいんです。これでいいんです。
俺らはいつだって完全妄想Dreamerだよ! 2022年もいくぜぇー!
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