会計探偵 ~ 数字の嘘はまるっとお見通しだ!
最近、個人間M&Aが流行ってるなんて話を聞きます。例えば従業員3名の一店舗だけで営業しているとか規模の小さい企業の売買ですね。
売る方も買う方も、そしてそれを仲介する業者もみんなしあわせになればいいのですが。僕が見てる限りでは、たいていの場合、誰かが損をするようです。
田舎の小さい企業には、たまに「いい会社ありますよ。買いませんか?」なんていう話が入ってきます。
数億単位の大きい案件はそれなりに大きな企業に行くのでうちにはまわってきません。うちに来るのは数千万~1億程度の案件で、そうしたものは逆に大企業には相手にされないようです。
経理財務、お金周りの仕事全般を担当している僕は、こうした業者の相手をすることも仕事の一つです。
「いい会社ありますよ。買いませんか?」
そう業者から電話が入ると僕は
「どうれ。拝見しようではないか。越後屋、お主も悪よのぉ~」
と心の中でつぶやきながら、アポの調整をします。
当日、バリっと高そうなスーツを着こなした越後屋(業者)はきらびやかな資料を持って颯爽と登場します。そしてこの企業がいかにすばらしいかを説明し始めます。核心部分をうまく隠して。
売上は好調です、まあコロナの影響があって下がってはいますが持ち直すことでしょう、従業員も安定しそのまま雇用可能、地元の信頼も厚く経営は問題ないかと、スラスラと説明をします。マイナス部分をうまく隠して。
一通り説明を聞き終わった僕は
「そうですか。PLとBSは拝見できないのですか?」
と言います。お約束のセリフです。
PL 損益計算書、BS 貸借対照表。
とても重要な数字が掲載されている資料です。血液検査の数値、と思っていただくとわかりやすいかもしれません。
この数値を見ると、病気なのか健康なのか、どこが悪くてどんな治療が必要なのか、なんとなくわかってきます。
逆にこの数値を見ない限りは、この会社が健康なのかどうかすらわからない、PLとBSはそういう大切なものです。
しかし。
越後屋は見せてくれません。越後屋もお決まりのセリフで返してきます。
「PLとBSは、秘密保持契約をいただかないとお見せできかねます」と。
まあね、それもわかります。
役員報酬なども掲載されてるので、小さな会社だと社長の給料まで見えてしまいます。もちろん会社の預貯金の額まで。非常にプライベートなことですよね。だから秘密保持契約後にしか開示できない。うん、ごもっともでしょう。
僕もサクッと秘密保持契約しちゃえばいいのですが、話を進めるまでもない案件なら、もうここで断っちゃいたい。なので、ちょっと越後屋をつつきます。
「ざっくりでいいので、今の純資産はいくらくらいなんですか? 」
純資産=資産から負債を引いた金額
預貯金は資産、在庫も資産、でも借金は負債です。例えば、貯金が100万、在庫が100万、資産だけ見れば合計200万。でも借金が50万あればそれは負債となり、純資産は150万ということになります。
個人で考えると、50万のローンを組んでロレックスを買った。この場合、
資産:ロレックス(50万)、負債:借金(50万)、で純資産ゼロ。
客の腕時計を「ロレックス、すご~い」と喜ぶキャバ嬢には知って欲しい。そいつの純資産はゼロなんだぞ、と。(たいていのキャバ嬢はそれくらいのことはわかってるんですけどね)
とにかく純資産、これが大切なわけです。純資産はその時点の会社の価値、会社の値段を表していると言ってもいいかもしれません。
越後屋、さあ、答えろ。
お主の持ってきた企業の純資産はいくらなのだ。
「まあ、ざっくりとですが… 1000万くらいですね」
ほぉ~。1,000万。なるほど、わかった。ではその次の質問だ。
「純資産1,000万ですか。わかりました。買収額はおいくらなんですか?」
「現段階の先方のご希望で交渉の余地はありますが、9,000万ほどで考えております。しっかり利益も出ていますし、その価値はあるかと」
越後屋、お主、やはり。
かなりの悪よのぉ~。
純資産1,000万の会社を、9,000万で買えだと?
むちゃくちゃでござる!
その8,000万、どこから持ってきた!
越後屋、もう一つ聞いておこう。
「そうですか。ところで、仲介料は?」
つまり、越後屋の取り分は?
「当社の仲介料は、買収額の25%です」
25%だと?!
越後屋!お主、極悪ではないか!!!
純資産1,000万の会社を、9,000万で売りつけ、2,250万の手数料を持っていく、そんなバカな話があるか?!
いや、ある!そんなバカな話が、今ここにある!
越後屋、お前はバカなのか?!
説明しよう! 越後屋はバカではない。彼らは頭がいい。彼らがバカにしているのは、売り手と買い手なのだ。
売り手には「へっへっへ、9,000万で売れまっせ」と話し、買い手には「9,000万の価値ありまっせ」と話し、バカ二人をつなげて、2,000万ボロ儲けしようとしているのだ!
越後屋がその気なら、こっちも遠慮はしない。目には目をだ。
「なるほど。それなら検討の余地はありそうですね。話を進めましょう」
僕はその会社を絶対に買わないィィィィ!
だが、買いそうなフリをして中身を全部見てやるゥゥゥゥ!!!
秘密保持契約書にサインだァァァ! だが、買収は断る!
こうしてやっとPLとBSを入手することができるのですが。
ここからはほぼ探偵業務です。
改ざん、とまでは言わないですが数字のおかしなところがあったりするのです。
例えば…
最終年度だけなんとか黒字になっている会社がありました。
売り上げを見るとそれほど上昇していない。経費を見てもあまり変化がない。だが人件費が小さくなっている。
なるほど、リストラをして会社を立て直したのか、と推測しました。
そこで従業員数をたずねると、それがなんと従業員数は変わってない。どういうことだ?
社員それぞれの給料を全体に下げたのかと思い従業員別の給料を聞くと、一人の給料だけが大幅に下がっていることがわかった。生活が困るレベルに。
その従業員の下がった給料の金額が、赤字部分をほぼ埋めている。
あやしい、限りなくあやしい。
今期の数字を黒字に見せるために、従業員の給料を下げた。
さらに調べると、その従業員は社長の親族だった。
さあ、そうなると社長とその従業員の金の流れが気になる。
社長の自宅の登記簿を取り寄せて見ると、なんと社長はその従業員に自宅の権利を移していた。
つまり! 社長は従業員の給料を下げることで会社を黒字に見せかけ、その従業員に対しては自宅を売って下げた給料分を補填していたのだ!
そして「どうぞ。黒字の会社でございますよ」と越後屋を通して売りつける。
なんと卑劣なやり方!
絵を描いたのが社長本人なのか、悪徳税理士なのか、越後屋なのか、誰なのかわかりませんが、ここまでしなくちゃ売れないヒドイ案件ということです。こんなの売りつけられたらたまったもんじゃないです。
僕の経験上ですが、M&Aにはこうしたケースがけっこうあります。
だからね、何が言いたいかといえば。
もし会社経営にご興味がある方がいらっしゃったら、会計を勉強しましょう。それほど詳しくなる必要はないです。基本程度でまずは十分だと思います。
基本がわかってなければ、騙されますよ。
この本を読めば、これであなたも会計探偵です。
さて、今日はクリスマスイヴ。
なぜ今日この記事を書いたかというと。
11時に業者がやってきます。
「いいM&Aの案件がございまして」だそうです。
やってくるのがサンタクロースなのか、越後屋なのか、ちょっと楽しみです。