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整数のつくり方〜自然数に順序対を添えて〜



この記事は次のアドベントカレンダーの2日目です。
Math Advent Calendar 2024


整数をつくろう!! ただし使っていいのは自然数の加法と乗法の性質だけ!! という内容です。本記事を読むには、大学数学における集合論の同値関係well-definedという概念に関する知識が要求されます。

整数は中学校で既習であるため、わざわざ再定義する意義はさほどないようにも思われますが、よく知っている整数という対象を敢えて扱うということで、大学で学ぶ数学の作法に集中できると考えて題材に選びました。

また、アドカレへの参加を急遽決めたため、さっと書ける内容ということで選んだという経緯もあります。

自然数の加法と乗法という、よく知っていてすでに手にしているものを使い倒して整数に拡張できるということ、すでに得られた結果を再利用して思考を省力化することの面白さを味わっていただけると幸いです。

なお、本記事の内容は末尾の参考文献に挙げた『数学のすすめ』という本の第1章を焼き直したものです。この本では「自然数は神の創り給いしもの、その他はすべて人間のしわざ」というクロネッカーの言葉が引用されています。


『数学のすすめ』という書籍の画像
『数学のすすめ』

1. 自然数から整数をつくる

早速ですが私たちは自然数$${\N}$$についてはよく知っているとします。ただし、$${\N:=\{1,2,3,\ldots\}}$$とします。0は自然数に含まないとしています。0を自然数に含む流儀もあるのですが、私たちはそれとは違う流儀を選ぶということです。

$${\N}$$には加法$${+}$$と乗法$${\times}$$が備わっており、下記のように交換法則、結合法則、分配法則という性質があることは小学校で習ったとおりです。ただし、乗法の記号$${\times}$$は省略することが多いということも中学校で習っています。

$${a,b,c\in\N}$$に対して、
 $${a+b=b+a}$$、$${ab=ba}$$ (交換法則
 $${(a+b)+c=a+(b+c)}$$、$${(ab)c=a(bc)}$$ (結合法則
 $${(a+b)c=ac+bc}$$ (分配法則

私たちが手にしている道具はこれだけです。ここから整数への拡張を考えるのです。マイナスの記号「$${-}$$」と零「0」はこれから定義するため、それが済むまでは使用禁止です。しかし、今持っている道具だけではどうにもできないため、順序対というものを導入します。

$$
\text{順序対} (m,n) (m,n\in\N)
$$

順序対は括弧$${(\cdot,\cdot)}$$の中に自然数を順番に並べたものです。1つ目と2つ目の位置は区別されています。すわなち、$${m\neq n}$$ならば$${(m,n)}$$と$${(n,m)}$$は異なるものです。

この順序対という新たな武器を手に、整数への拡張を見ていきます。整数として等しいとはどういうことか、整数における加法と乗法の定義、そして減法の定義を確かめていきます。その過程で私たちは負の数や零を再発見するのです(記事冒頭で自然数の性質だけで整数をつくるって言っていたのに、順序対とかいう飛び道具は使っていいのかよという批判があるのは重々承知しております)。

2. 整数として等しいということの定義

上記で順序対を導入しました。私たちが考える対象は$${\N\times\N}$$に移りました。私たちは集合論もちょっと知っているので、$${(m,n)\in\N\times\N}$$($${m,n\in\N}$$)などと書いたりして、どんな集合のどんな要素を見ているのかを明記したりするわけです。

さて、この$${\N\times\N}$$に次の関係を導入します。

$$
\begin{align*}
&(m,n),(p,q)\in\N\times\N,\\
&(m,n)\sim (p,q) \Leftrightarrow m+q=n+p
\end{align*}
$$

これは整数を知っているメタな立場から見ると、$${m-n=p-q}$$と同値であるため、それによって整数を定義したいということです。しかし、$${\N}$$の中ではマイナスは閉じていないため、まだ使用禁止です。そこで加法だけで整数を定義するにはどうすればよいかとなると、上記のような関係を考えることになるのです。

私たちは同値関係についてはよく知っており、上記の関係が同値関係であることにはとっくに勘づいてるのですが、それをきちんと確かめておきます。

同値関係であることの確認

$${(m,n)\sim(m,n)}$$は$${m+n=m+n}$$から言える。よって反射律は満たされる。

$${(m,n)\sim(p,q)\Rightarrow(p,q)\sim(m,n)}$$は、$${m+q=n+p}$$が$${\N}$$の加法の交換法則などより、$${p+n=q+m}$$と書けることから言える。よって対称律も満たされる。

$${(m,n)\sim(p,q),(p,q)\sim(r,s)\Rightarrow(p,q)\sim(r,s)}$$については、次の計算を見てください。

$$
\begin{align*}
&(m+q)+s\\
=&(n+p)+s ((m,n)\sim(p,q)より)\\
=&n+(p+s) (\Nの加法の結合法則より)\\
=&n+(q+r) ((p,q)\sim(r,s)より)
\end{align*}
$$

最初と最後を見ると、$${m+q+s=n+q+r}$$です。もし$${m+s\neq n+r}$$とすると矛盾が生じますから、$${m+s=n+r}$$に帰結します。すなわち、$${(m,n)\sim(r,s)}$$です。なお、ここで素直に両辺から$${q}$$を引かなかったのは、マイナスを使用禁止にしていたからです(小学校でやったように$${\N}$$の範囲内では引き算を使ってもいいのですが、本記事ではまだ使わないでおきます)。これで推移律が満たされることも分かりました。

集合として整数を定義

以上で、私たちの鋭い勘は当たっており、上記の関係は同値関係でした。晴れて得られた同値関係による類別によって、

$$
\Z:=\N\times\N/\sim
$$

と定義します。$${(m,n)}$$を含む類のことを$${[m,n]}$$と書くことにします。再度、メタな立場で見ると、$${[m,n]=m-n}$$なのですが、私たちはまだマイナスの使用を禁じられているので、そのことには気づいていないフリをして話を続けていきます。

3. 加法の定義

上記で$${\Z}$$という集合は定義されましたが、これが$${\N}$$の拡張であることを確認するため、$${\N}$$に備わっていた演算が$${\Z}$$でも実行可能であることを確かめる必要があります。まずは加法です。

加法は次のように定義します。$${\N}$$における加法と区別できるように記号$${\oplus}$$で書いています。

$$
[m,n]\oplus[p,q]:=[m+p,n+q]
$$

ここで重要なのが、この加法$${\oplus}$$がwell-definedであることの確認です。$${\Z}$$の要素を$${[m,n],[p,q]}$$と書いていますが、これは代表元として$${(m,n),(p,q)}$$を選んでいるわけで、これとは異なる代表元を選んで加法を実行しても上記の定義と辻褄が合っていることが要求されます。

well-definednessを確かめるためには、$${(m,n)\sim(m',n'),(p,q)\sim(p',q')}$$のとき$${(m+p,n+q)\sim(m'+p',n'+q')}$$であることを見ればよいです。これは、

$$
\begin{align*}
&(m+p)+(n'+q')\\
=&(m+n')+(p+q')\\
=&(n+m')+(q+p')\\
=&(n+q)+(m'+p')
\end{align*}
$$

という計算から分かります。この計算の各段階では、与えられた同値関係と$${\N}$$の加法の交換法則・結合法則しか使っていないことに注目してください。

$${\oplus}$$が交換法則と結合法則を満たすことも$${\N}$$における加法の性質から導かれますが、簡単なのでここでは割愛します。これで$${\Z}$$の加法が定義できたことになります。

ところで、$${[m+1,1]\oplus[n+1,1]=[m+n+2,2]}$$ですが、$${(m+n+2)+1=2+(m+n+1)}$$という計算から、$${[m+n+2,2]=[m+n+1,1]}$$です。
よって、$${[m+1,1]\oplus[n+1,1]=[m+n+1,1]}$$であり、加法では$${[m+1,1]}$$という形の要素が自然数$${m}$$に対応することが分かります。つまり、$${\oplus}$$は$${\N}$$における加法の拡張になっています。

4. 乗法の定義

加法と同様にして、乗法の定義とwell-definednessを見ていきます。乗法は次のように定めます。

$$
[m,n]\otimes[p,q]:=[mp+nq,mq+np]
$$

ここでも$${\N}$$の乗法と混同しないように、$${\otimes}$$という記号を使用しています。加法の定義より複雑ですが、メタな立場でじっと見つめると、自然な定義に思えてくるでしょう。

この乗法の定義がwell-definedであることは、$${(m,n)\sim(m',n'),(p,q)\sim(p',q')}$$のとき$${[m,n]\otimes[p,q]=[m',n']\otimes[p',q']}$$を確かめれば分かります。しかし、これを一気に計算しようとするとうまくいきません。その代わり、$${[m,n]\otimes[p,q]=[m,n]\otimes[p',q']}$$、$${[m,n]\otimes[p',q']=[m',n']\otimes[p',q']}$$と二段階に分けてみればうまくいきます。しかも、二段階目は一段階目とほとんど同じであるため、一段階目の議論を使いまわせばよいです。ここに思考の省力化があります。串カツは二度付け禁止ですが、数学の議論は何度でも流用可能です!!

ただし、具体的な計算は皆さんにお任せして、本記事では割愛します。

$${\otimes}$$が交換法則・結合法則を満たすこと、さらにさきほど定義した$${\oplus}$$と合わせて分配法則を満たすことも証明できます。しかし、それらも皆さんにお任せします。

なお、加法でも見たように、

$$
\begin{align*}
&[m+1,1]\otimes[n+1,1]\\
=&[(m+1)(n+1)+1,(m+1)+(n+1)]\\
=&[mn+m+n+2,m+n+2]\\
=&[mn+1,1]
\end{align*}
$$

という計算から、乗法でも$${[m+1,1]}$$という形の要素が自然数$${m}$$に対応することが分かります。つまり、$${\otimes}$$は$${\N}$$における乗法の拡張になっています。
※上記の式の3行目から4行目に移る際に、減法を使っているように見える箇所がありますが、さきほどと同じように背理法で回避していると思ってください。というか、そのような命題を用意しておいた方がよかったですね。

5. 減法の定義

さて、いよいよ減法の定義です。$${\N}$$では加法と乗法しか許されていないというのが私たちの立場でしたので、そこから新たな演算ができるのは何とも不思議な気がします。しかし、メタな視点では次の定義で減法になっていることが分かるでしょう。

$$
[m,n]\ominus[p,q]:=[m+q,n+p](=[m,n]\oplus[q,p])
$$

記号$${\ominus}$$を使っている理由はこれまでと同じく、混同を避けるためです。この定義の最右辺のように、減法は引く数の順序対の前後を入れ替えてから$${\oplus}$$の演算を実行すればよいのです。そのため、減法のwell-definednessは加法のときの議論を再利用できます。ここにも思考の省力化があります。串カツyeah!!

余談ですが、マイナス掛けるマイナスがなぜプラスなのかという問いに対して、順序対の前後を入れ替える操作を2回行うと元に戻る、と回答することができるのです。

6. 零の再発見

減法の定義から、順序対の前後の入れ替えという操作が重要だと気づきます。$${[m,n]}$$に対して$${[n,m]}$$という要素です。私たちはメタな見方もできるので、これがマイナスを付ける操作と同等であるということは心の中では気づいていますが口には出しません。その代わりに、次のような計算をしてみます。

$$
\begin{align*}
&[m,n]\ominus[m,n]\\
=&[m,n]\oplus[n,m]\\
=&[m+n,n+m]\\
=&[m+n,m+n]
\end{align*}
$$

このように、順序対の前後が等しい$${[a,a]}$$という形の要素が得られます。このような形の要素について、少し調べてみます。

まず加法について、$${[m,n]\oplus[a,a]=[m+a,n+a]}$$ですが、$${(m+a)+n=(n+a)+m}$$であることから、$${[m+a,n+a]=[m,n]}$$です。つまり、$${[a,a]}$$を足しても値は変わりません

さらに乗法については、$${[m,n]\otimes[a,a]=[ma+na,ma+na]}$$であり、再び順序対の前後が等しい形が現れます

つまり、$${[a,a]}$$が零の役割を果たすわけなのです。私たちは零の再発見をしてしまいました!!

7. まとめ

私たちは、$${\N}$$と順序対という道具だけから、$${\Z}$$を定義し、そこでの加法と乗法を定義することに成功しました。それらは$${\N}$$における加法と乗法の拡張であったのでした。さらに、順序対の前後を入れ替えるという操作の重要性に気づき、減法も定義できました。そして零を再発見しました。

随所でメタな見方をしてズルをしました。また、well-definednessの確認のうち、いくつかは打ち込むのが面倒……皆さんの楽しみのために割愛しました。

8. 感想など

中学校では自然数に負の数も合わせて整数を考えましたが、本記事のように自然数の対をつくるという、異なる方向への拡張もできるのが面白かったです。私も自然数を見習って、新しいことにチャレンジして可能性を伸ばしていきたいです。

一つ補足です。本記事での$${\Z}$$の定義は、順序対の成分を$${x}$$座標、$${y}$$座標と思うことにすると、次の図のような斜め45°の直線の一本一本を整数と見做すことに対応します。

デカルト座標の斜め45°の直線に整数が対応する
デカルト座標の斜め45°の直線と整数

普段、整数を扱うとき、何の感慨もなく足し算や掛け算などを行っていましたが、一つの整数$${m}$$に無限の順序対$${[m+1,1]=[m+2,2]=[m+3,3]=\cdots}$$が連なっていることに壮大さを感じました。それはまるで、私自身が今のこの瞬間に存在するためには、先祖代々の血が絶えることなく受け継がれていなければならなかったように……などとスピリチュアルなことに思いを馳せたりするのでした。

今回は自然数から整数への拡張を見ましたが、整数から有理数への拡張や、実数から複素数への拡張も同様にできると思います。複素数の実在性が巷では定期的に問われるのですが、本記事の自然数から整数への拡張を見れば、そして複素数も同様の方法で実数からの拡張で得られると知っていれば、確かに複素数としての構造を備えた対象が実装できることが分かるというものです。なお、有理数から実数への拡張は連続性の付与という別種の作業が必要です。よって実数の実在性の問題の方が重大な気がします。というか実在性って何だ?

整数への拡張は、順序対を用意すればできました。それは自然数を単純に2つ並べるだけです。演算の定義は、メタな視点の力も借りて少々工夫を要しました。ここからは妄想ですが、自然数を2つよりも多く、3つ並べるとどうなるのでしょうか。有理数を作れそうな気がしますが、それは整数から有理数への拡張と同等だと思うので、さほど面白くないようです。それなら、4つ以上並べる場合、何か考察の価値があるものはあるのでしょうか。うーん、分からん。何か思いついたら、また報告します。(おしまい)

参考文献

赤攝也・前原昭二・村田全 編、『数学のすすめ』、筑摩書房、1969年
竹之内脩、『数学的構造』、朝倉書店、1978年
※後で気づきましたが、この2冊目の文献に本記事の内容は全部書かれていました。他にもきっと文献はあるはずですが、見つけていません。

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