【ショートショート】火の中と外
炎は天井に達しそうだった。燃え盛り、煙で満たされる寸前の部屋の中で私は口にハンカチを当て焦っていた。火災訓練では『まずは逃げろ』が原則だと教わるが現実問題そうはいかない。炭になった財産は元には戻らない。財産一文無しになるわけにはい。財布と持てるだけの金品をポケットに詰め込む。脱出する寸前、部屋の隅で小さくなって声を上げている猫を見つけた。
私が部屋から飛び出した直後、引火したガスが爆発を起こす。命からがら脱出できた。
駆け寄ってきた老年の女性に猫を渡す。感謝され礼をしたいと名前を聞かれたが「名乗るほどでは…」と言って断った。
まさか「火事場泥棒です」と名乗るわけにはいかない。
燃える我が家を眺める飼い主の肩から顔を出した猫がニャアァンと鳴いた。私は振り返り、人差し指を鼻の前に持ってきて「しぃー」と小さく呟いた。
そして今日の稼ぎを持って家路についた。