【連作小説】こちら、ゆがみ市調整係/プロローグ
そこは日本中の空白地を集めた街。
日本の総面積は37万8千平方キロメートル。地球は丸い惑星である。平面だと思って暮らし、歩き、見ている大地も巨大すぎるが故に感知できていない。私達はそんな曲面上で暮らしている。しかし、都市化が進む程に区画整理され土地の境界は直線で引かれる。すると僅かに《ズレ》が生じる。その《ズレ》を集め調整するために造られた街。それが空白の街『ゆがみ市』
無機質な音声が駅のホームに響く。
「4バンセン二電車ガマイリマス。危ナイデスカラ黄色イ線マデサガッテ、オ待チクダサイ」
しかし、誰も聞いていない。
車輪とレールが擦れ合う耳障りな金切声を上げながら四両編成の古い車両が乗客達が待っている場所を狙って上手に滑り込む、苦しそうにドアを開いた。
渡辺 美空は夜勤明けの疲れた足を引きずるように、電車に乗り込もうとした。その瞬間、《りん》と冷たい鈴の音が聞こえた。千恵子が目線を上げると乗り込もうとしていた扉の内側には入口を塞ぐように墓が置かれていた。本来なら家名が刻まれる場所は黒塗りにされている。僅かに線香の匂い残し、扉を閉じ、金切声を上げながら次の駅を目指して走り始めた。
鈴の音がした方を振り返ると僧形男が立って托鉢をしていた。ただ、数珠の代わりに彼の手にあったのは銭湯でよく見るロッカーの鍵だった。家庭用の電話の受話器と本体をつなぐコードのようなグルグルの紐の先に鍵とタグが付いている......。
国中の《ズレ》を集め、空白を一手に引き受ける街、ゆがみ市。街も人も建物も少しズレた街。