【ショートショート】よいやみの夢オチ
「....…ってい…すか。.…..は...….ん...…すよ....…」
美奈子は毎晩のように殺される死ぬ夢を見る。朝、冷や汗で枕やパジャマ、シーツが湿っている。スマホで『殺される夢』と検索する。
【殺される夢。それは、新しい自分に生まれ変わる予兆】
それを見たその日は安心した。しかし、またその夢を見ると、とても良い夢とは思えなかった。
夜道を歩いていると肩を掴まれる。振り向くと、腹に暖かさを感じる。そして、熱くなる。痛くはない......…。
「ってます?、ねえ先輩、聞いてます」
「え、あうん何だっけ」
後輩の由香の声が美奈子を現実に引き戻す。カフェのテラス席。コーヒーが目の前に置かれている。
「もー。夢、先輩の夢の話ですよ。殺される夢。こんなふうに」
由香が身を乗り出してナイフを美奈子の腹に突き入れている。昼下がりのカフェのテラスに似つかわしくない刺々しいサバイバルナイフ。まずは熱い、淹れたてのコーヒーをこぼしたように、しかし冷めずにどんどん熱くなる。白いシャツを赤く濡らす。
「知ってます?殺される夢って、良い夢らしいですよ」
笑顔の由香の周りが黒くなっていく。ブラックアウト。
きっと、目が覚める。美奈子は温かな浮遊感に包まれながらぼんやり意識している。
「……い!おーい!おーい!大丈夫か、君ぃ。今日はもう帰った?」
「すいません、課長」
課長が美奈子を見下ろしている。居眠りをしてしまったらしい。
「大丈夫か。例の夢のせいで寝不足何じゃないか、何なら有給でもとってさ、」
「いえ、大丈夫です。...…私、課長に夢の話しま、」
言いかけたとき、腹にあの熱さを感じた。
「したよ。刺されるんだろ、ナイフで、こんなふうに。良い夢らしいね、殺されるって」課長は倒置法で言いながらスーツ姿に似合わない毒々しいナイフで美奈子の腹を突き刺していた。
課長の顔を中心にブラックアウトしていく。そして、そして、また身体を闇に浮かべ。
また夢を見ているのだろう。
どうせナイフで刺されて死ぬ夢だ。
目が覚めると、そこは夜道で、美奈子はナイフ刺されている。美奈子の腹にナイフを挿し込んだまま男が語りかける。由美子の知らない男。
「死ぬ夢はね、死ぬ練習なんだよ」
「あら、あなたに私の夢の話、したかしら?」
美奈子は腹に熱さを感じながらそう尋ねる。
男はナイフを抜き取り、月明かりでナイフを確かめるように見ながら再び口を開いた。
「違うよ。僕が夢で見たんだ。貴女を殺す夢」
美奈子は流れ出る生暖かい血を感じながら仰向けに倒れ込む。強く頭を打ち付けたからか声が出ない。(あなたは誰、由香って誰、課長って何...…私ってだれ)
「じゃあね、美奈子」男はそう呟いてナイフを大事そうに懐にしまって立ち去る。
(美奈子、って、わた...…し?分からないわからない)
分からないが美奈子は腹から流れる血と痛みが夢であってくれと願うしかない。
コレが僕が毎日見る夢。
美奈子って誰なんですかね。