愛さざるをえないひとよ
ああ、想像よりも、かわいい声のひと。
わたしが彼女にもった第一印象は、声だ。
彼女とわたしはその日、知り合って初めてお喋りをしていた。知人の紹介で「お話しませんか?」と声をかけてくれた彼女のことはわたしも元々知っていた。ドイツにいること。雑誌の取材を受けるような、自分らしいお仕事のスタイルを持っていること。写真で見た、お人形さんのような薄い色素の肌と、ほほのえくぼ。
スピーカーからゆるやかな弧を描いて耳に、そして頭の中に彼女の声が届く。わたしたちは日本とドイツという超遠距離でありながら、Wi-Fiの波に乗って対話をした。すぐ目の前にいるように、語り合った。
あれは2018年9月20日。日本時間21時半。深夜まで営業するスタバの飲み物を持ってテラス席に座った。
声をかけられたとき、彼女のことをきっと、かわいくてスマートですてきな人なんだろう、と思っていた。
通話が始まって、わたしの勝手な予想は大当たりだとわかったのだけれど、大事な要素が抜けていた。
彼女は、かわいくてスマートですてきで、そして変なひと、だった。
仕事の話から、マンガの話、恋愛の話、これまでの人生の話。彼女の大好きな天井の話もしたと思う。天井がすきって、なに?えっ、ドイツってそんな気軽に行くとこなの?
新しい話題になるたびに(あ、このひとは変なひとだ)と心の中で呟いていた。そしてドキドキしながら、わたし、このひとがすきだな、と思った。
「紆余曲折」なんてたった4文字で表すことがためらわれるような彼女のこれまで。それを速歩きするみたいなスピードで平然と語り、「ほんとウケるよねー」と笑う彼女の声。軽っ。内容と声のギャップなんなの?すこぶる軽いわ(悔しいけどその軽さにハマりつつあるなわたし…)
会話の中で、彼女がさらりと言った言葉があまりに金言だったので「あーーーーー、それ、たしかに。」と感嘆して空を仰いだとき、紺色の背景にはっきりと存在する星たちが見えたのを覚えている。輝く、というより踊っている。瞬かないのだ。ずっとそこで光っている。彼女の声が目の前の星をそんなふうに踊らせているのだろう。
スチール製のイスは冷たかったし、空気は少しずつ秋になり始めてかさかさと乾いていたけれど、彼女の言葉はそれらを飛び越えて、ずいぶん軽々とわたしに届いた。こんなかわいい声で、そんなこと喋るんだ。そうか、そうか…。
これが、出会いだった。
2019年、8月。彼女と初めて目の前で会う。わたしが福岡に移住して1年経たないうちに、彼女もはるばるドイツから福岡に来て住まいを持った。それから毎月、会っている。
いつ会っても、彼女は彼女だ。
からっと晴れた夏の日も、首元が心もとない秋も。そして冬も。彼女はいつ会っても会話のスタートはちょっと敬語で「おはようございますー、今日とっても寒いですよねー」みたいな、ちょっと他人のように会話を始める。なんともないことを喋り、少し空気があたたまってくると、ほどけたようにタメ口になる。「今朝、5℃だって。冬だよ、冬」と彼女が素みたいな声を出してくちをとがらせ、気を抜いてiPhoneをタップするのを見ると、つい嬉しくなってしまう。(彼女がiPhoneをタップするとき、爪がかつかつと画面にあたるのだけどその音がわたしはすきだ)
今朝の彼女は真っ白でふわふわのセーターを着ていた。左肩だけ半径5㎝ほど布地がなくて、まあるく肌をのぞけるのだ。ああ、わたしが彼女のママだったら、あるいは彼氏であったなら、すぐに上着を着せてしまうだろう。こんな隙があるひとだから、みんな彼女をほっとかないんだろうなぁ、と思う。それを彼女がどう思うかは別として。
いつの間にか目が彼女を追ってしまうのだ。SNSに出てこないと心配になったりしてね。
真剣に仕事の話をして、PCを見つめる彼女の顔をわたしも見つめる。茶色いボブがあごのラインに沿って揺れ、彼女がちらりとこちらに目線をやるたびに、きれいな茶髪が波打つ。
全身に「かわいい」をまとった彼女のくちから出てくるお仕事の話は、歯切れがよい。いつでも言い切ってくれるからだ。もちろん彼女にも悩みや思うことはたくさんたくさんあって、どうしようと思うこともあるのだろうけれど、その手綱を自分の両手でしっかり握ってるのが伝わってくる。その小さな手が、彼女の意志の現れだろう。膝上丈の赤いスカートは、勝負のときにひく赤いルージュみたいに思えた。いつでも自分のありのままでいようとする彼女が、わたしは好きだ。
あるとき。彼女がハグをしてくれたことがある。そのとき初めて、この細い肩でどんな重たいものを背負ってきたのだろうと思い至って、わたしはその日の帰り道に少し涙が出た。もっともっと彼女にわたしができることがあるはずだと唇を結ぶ。ああ、「ファン」ってこうやって、気づかないうちになってしまって、そして気づかないうちにこちらが勝手に元気付けられてしまうものなんだ。
わたしはいま、彼女のその手で、表情で、言葉で、支えられている。鼓舞させられている。だからこうやって、書いているのだ。彼女の在り方を。
彼女は、かわいくて、変なひとで、思わず肩に手を触れたくなるような隙があって、そしてもう愛さざるをえないひとだ。
愛さざるをえない人は今日も、あの声で笑う。
抱きとめてしまいたくなるような細い肩の上で、茶色のボブが、さらさらと揺れた。
--------
彼女こと、まなさんのnoteはこちら。
https://note.com/manalog29
サポートは3匹の猫の爪とぎか本の購入費用にします。