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テレビで洋楽が流れた時代。

80年代マイナーメタルの話から始めたのですが、ここで思い出したのが、この時代の洋楽全般についてはその情報を入手するのが本当に大変だったてこと。洋楽に目覚めた人間は、必ず飢えていたんだよね、情報に。マイナーメタルどころか、TOP40の情報だって、ラジオ日本とか、雑誌をチェックするぐらいしか無かった。(この辺はまた面白おかしく書けるようにしたい)

ラジオも雑誌も面白かったよ。知識豊富なDJ、編集者が多かった。ためになったね。でもね、映像には勝てないよ。動く姿をみたい。なにせこっちは飢えてるんだもん。

テレビで洋楽を始めていたのはぎんざNOW。オリコン小池社長のコーナー。でも今では考えられないような劣悪な映像だよ。音と映像が合っていないライブ映像なんてざらだった。でもそれを見るしかなかったんだよ。これは余計飢える。

ベストヒットUSAが1981年開始だそうだ。当方が見始めたのが1983年からだから、その2年前からやってたんだね。この番組はまた別途。

1983年ごろから、アメリカではMTVという24時間音楽しか流さない放送局が有名になっているということを噂程度に耳にする機会が増えてきたことを覚えてる。これね、ネトフリとかアマプラが当たり前になるはるか40年前の話。放送局と言えばニュースもドラマもコメディも歌番組も放送するのが当たり前の時代に音楽しか放送しないって、どういうことなの?って感じだったんだよね。わけわからんよね。

世はMTVの影響が強くなり、プロモーションビデオが増えてきた。だから日本でも単発的なプロモを流す音楽番組が増えたんだけど、すぐ終わったり、ベストヒットUSAのレベルに達しないとかでいまいちのが多かった。だから本家のMTVがどんなものなのか、見てみたいと切望する輩が続出してんじゃないかと思う。24時間音楽ばかりなんて夢のようだ。

それで始まったのが日本版MTV,放送局はテレビ朝日だから、ベストヒットUSAと同じ。いやがうえにも期待は高まるよ。VJはセーラ・ロウエルさん。懐かしい。番組は青いバックにMTVのロゴが映ったテレビの横にセーラさんが座っている姿で始まる。地味。なんだこれは。放送時間も土日の夜中だったから眠いのもあるかもしれない。でも殺風景だ。

放送時間は2時間だったかなあ。プロモが次つぎ放送されるのはよかったけれど、飽きるのも早いんだなというのが正直な感想だった。耳だけでならば、何日も何回も聴いていられるんだけど、ビデオだ毎週1回づつ見るだけで飽きるんだ。不思議。

そんなこんなでMTVの深夜放送も長続きしなかったんだよね。で印象に一番残っているのが、VJのセーラさん。彼女はキャロル久末さん、服部まこさん、西森マリーさんなど後に続く洋楽レディの先駆者だった。笑顔が素晴らく印象に残っているが、2011年、50歳(当方と同じ!)で子宮頸がんで亡くなられたとのこと。

洋楽好きにとって忘れられないのはミュージシャンだけじゃない。

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